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勝利万歳

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 開いた窓から心地の良い風が入ってきて睡眠学習が捗る今日この頃。
 可能なら全ての授業を寝て過ごしたかったが、それができない教科がある。
 ――体育だ。
 「おい、聞いたか? 今日の合同体育は二組とだってよ」
 「別にどこでもいいよ。いつも通り女子コートを見学して……ん? 二組?」
 二組はまずい。なぜなら二組にはハルカがいる。
 このままでは俺達の高尚な趣味にまた妙な難癖つけられかねない。
 今日の体育は真面目に取り組むフリをして擬態すべきか……?
 否、安直に決めていい事柄ではない。ここは熟考すべきだ。
 「二組女子かぁー……これは見物ですな」
 「二年生最強と謳われる二組女子と当たる我が組の女子……ズタボロに負かされる様なんて想像するだけで涎もんだぜ」
 怨敵ハルカの存在を忘れて下品な笑みを浮かべる遠藤と高林。
 じつに愚かな奴らだ。もしもここが戦場なら真っ先に死んでいただろう。
 当然ながら俺はこんな奴らとは違う。
 最悪の事態を想定してすでに何通りもの展開を脳内シミュレートしていた。
 「……まあ落ち着きたまえ、諸君」
 「桐原隊長。如何なされましたかな?」
 「二組には“あの”一条遥がいる。安易な行動は慎むべきではないのかな?」
 「な、なんと……」
 思い出したように狼狽える二人の同志――。
 だが、心配ご無用。事前に気付いた限りはいくらでも手の打ちようがある。
 「ふむ、どうしたものか……」
 「下手をすれば、また全滅という憂き目に……」
 「案ずるな。我に秘策あり」
 「おおッ……!? さすがは桐原隊長。して、その秘策とは……?」
 「まあ待てまあ待て。急いては事を仕損じると言うだろう」
 「男に二言なし。我が命、桐原隊長に預けまする」
 「右に同じく」
 「ふむ。全身全霊を以ってその命……預かろう」
 この任務の険しさをよく理解した上で二人はやり遂げようという顔をしていた。
 おかげで俺の心には若干の葛藤が蠢いたが、時には非情な選択も必要だ。
 生か死か――そんなものは今考えずとも結果が教えてくれるからそれで充分だ。
 「我々は今まで固まって行動していたから一網打尽にされた」
 「ま、まさか……」
 「フッ……さっそく気付いたようだな。遠藤二等兵。説明したまえ」
 「あえてバラけて最悪の事態になったとしても犠牲を最小限に抑える作戦ですね」
 「いかにも。配置箇所は女子コートに臨む左端、中央、右端の三点だ」
 「隊長はやはりもっとも危険な中央に布陣を……?」
 「……ん? ああ、その通りだ。部下であるお前達にこのような大役を任せるわけにはいかないからな」
 高林め。余計なことを言いやがって……。いつか殺す。
 俺の計画では真ん中は絶対に避ける予定だったが、高林の横槍の所為で完全に計画が狂った。
 しかし、ここでやめるなんて口が裂けても言えない。敵前逃亡は死罪だからな。
 「我らの勝利のためにッ!」
 「勝利万歳(ジークハイル)ッ!」
 互いの武運を祈った我々は急ぎ“戦場”を目指して進軍を開始した。
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