暴君みたいな女の魔手から俺がこの先生き残るには

水無月14

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体育の時間

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 「本来なら俺がその体操服を……」
 「いいや、オレだったね絶対」
 「なにを!?」
 「なんだよ!?」
 女々しくも体育の授業に入ってからも火花を散らす二人の変態。
 俺の体操服はハルカが着ていたというだけで、もはやプレミア扱いだ。
 「匂い……せめて匂いを嗅がせてくれよ」
 「俺も嗅ぎたい」
 「やめろよ。気持ち悪い」
 ゾンビのようにまとわりついてくる遠藤と高林。
 理由はどうであれ現状男が着ている体操服を嗅ぎたいなんてどうかしてる。
 そんな“高尚な趣味”を理解できるほど俺の心にゆとりなんてものはない。
 「それより女子のドッヂボール見ようぜ。そっちのほうがよっぽど有意義だろう」
 男子コートではクラスの野郎どもが汚ねえ汗水を垂れ流しながらバスケットボールに興じているが、トーナメント表一回戦敗退の我々にとってはどうでもいい話だ。
 男子側の体育教師は試合の審判に手一杯。つまるところ我々には自由がある。
 「仕方ないな……おっ! 高橋は相変わらずスタイルいいな」
 食い入るように高橋さんにエロい視線を送る遠藤。
 客観的に見れば、逮捕されてもなんらおかしくない気持ち悪さだ。
 「高橋とかどうでもいいよ。そんなことよりオレは断然あの子の方が……」
 「チッ、このロリコンが……」
 「ロリコンで何が悪いッ!? 言ってみろよ!? ああっ!?」
 売り言葉に買い言葉。不毛な争いを始める遠藤と高林――。
 俺はそんな二人を無視して意味もなくボールの行方を目で追った。
 「なぁーに見てんの?」
 「…………」
 「聞いてる?」
 「…………」
 図々しくも誰かが俺の隣に座ってきたことでようやく俺に掛けられた声だと分かった。
 しかし、何者だ? 我々の領域に足を踏み入れる人間などいないはずだが……。
 「あッ!? カオル君!? カオル君じゃないか!」
 「……モテたければ女の子を君付けするのはやめたほうがいいかもね」
 「いやいや、そんなことより女子が男子コートに紛れ込んできていいのか?」
 「外野とか暇だしー。それより君達を観察している方が面白そうだしさ」
 一見するだけでは性別を判断することが困難なぐらい中性的なその容姿――。
 犬歯と小悪魔的な笑みが特徴的な女の子、青葉(あおば)馨(かおる)は堂々と俺にそう言った。
 「それより朝の騒動は見てて面白かったよ。またやってくれない?」
 「あれは偶然の成り行きだからやれと言われてやれるものじゃないっての」
 「それは残念」
 「まあ……運がよければ、また見れるかもな」
 「なら、せいぜいその運とやらに期待するかな。それにしてもこの匂い……なんか気のせいか君から一条さんと同じ香水の匂いがするんだけど……?」
 見た目はボーイッシュなイケメンでも性別は女。さすがに鋭い。
 今朝の一件をできるだけは早く鎮静化させたい俺に選択の余地はなかった。
 「同じ香水を使ってるんだよ」
 「へえー……体操服を貸したとかじゃなくて?」
 グサッと核心を突くその一言。俺は誤魔化すことを諦めた。
 「……人が悪いな。知ってるのなら聞かないでくれ」
 「アハハ、メンゴメンゴ。ところで君達は付き合ってるのかい?」
 累計で数十回は聞かれたであろうその質問――。
 対して答えそのものに変化が生じるなんてことは断じてない。
 「まさか」
 「同じ体操服を着るほどの仲なのに付き合ってないの?」
 「勝手にとられただけだっての」
 「ふーん……」
 何かを勘繰るような顔をしてニヤニヤするカオル君。
 それについては何を勘繰っているのか考えたくない。
 「それならさ。ボクと付き合ってみない?」
 「突然なにを言い出す?」
 「だって、君と一緒にいると退屈しそうにないし」
 「それなら別に友達でもいいだろ。付き合うとかは好きな相手だけにしとけよ」
 「うーん……そっか、それもそうだね」
 冷静沈着なくせにどこか抜けてるこの感じ――。
 頼りなさに定評がある俺がいうのもなんだが心配だ。
 「じゃ、そろそろボクは戻るとするよ。これ以上ここにいると怒られそうだし」
 そう言って目立たないように女子コートへと帰っていくカオル君。
 結局のところ彼女は何をしにきたのだろうという疑問だけが残った。
 「き~り~は~ら~~~~~~~」
 「うわっ……!? なんだお前ら!?」
 「性懲りもなく、また女子とイチャつきやがったな?」
 「極刑だ。極刑を求刑する」
 嫉妬という名のドス黒いオーラを纏いし二人の暗黒闘士――。
 そこにはもはや俺が知る友人の面影はなかった。
 「まあ待て。今のはカオル君だ。よく見ろ」
 「チッ、そうゆうことか。それなら命拾いしたな」
 「やれやれ、そうゆうことはもっと早く言ってくれよ。おかげで無駄な体力を消耗してしまったじゃないか」
 そう言って何事もなかったかのように普段の姿に戻る遠藤と高林。
 俺が言うのもなんだが、女子を女子扱いしないのは如何なものなのか。
 「おっ……それより男子の方は準決勝か。四チームの内どこが優勝するか賭けようぜ」
 「それならいつも通りジュース一本でどうだ?」
 「すまん。今日は十三円しか持ってないから俺はパス」
 所持金が十三円とか高林は何をしに学校に来てるのだろう。 
 俺ですら三百円は持ってるというのに。 
 しかし、残念ながら我々に棄権などといった甘えは断固として許されない。
 「何言ってんだ? 要は勝てばいいんだよ」
 「……それもそうか」
 「ジャンケンで勝ったやつから順にどのチームに賭けるか決めるってことで」
 「オーケイ」
 「それじゃ、やるぞ。最初はグー、ジャンケン――……」
 あいこなく一回で決まった選択順位。
 後にそれが直接結果に反映されることになろうとはこの時は知る由もない。
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