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死合い
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天野(あまの)高校――。
学力的には並と評されるこの高校には中学時代の面子の六割ほどが通っている。
なぜなら近くにある他の高校といえば学費が無駄に馬鹿高い私立や極端にレベルの高い全国でも有数の進学校――それとは逆に自分の名前さえ書ければ誰でも合格できると噂の底辺校。
口にすると非難もされるだろうが、この辺りでは俺が通う高校が一番普通だった。
「うっす」
「おう、桐原。今日は遅刻ギリギリじゃないのか?」
「今朝はトイレで“格闘”する時間が短かったからな」
「かーッ……朝から最低な野郎だな。死ね」
俺の傑出したクジ運が引き当てた窓際一番後ろという王者の席。
俺が登校するまでの間――その席を我がもの顔で占領するのは中学時代からの悪友、遠藤と高林の野郎だ。相も変わらず女にモテないやつ特有のシケた面で凝視されると、運が裸足で逃げてしまいそうだから困る。
「特に期待はしてないが、なんか面白いネタはないか?」
「んー……昨日、俺の親父がエタクエをフラゲした」
「なんだと……!? 今日、お前ん家に行っていい!?」
「勝手に触ると怒られるの俺だから嫌だよ」
「そこをなんとか! なっ!? 頼むこの通り!」
「俺からも頼むよ」
「知るか。無理なものは無理だ。それよりさっさと解散しろ。ここは俺の席だ」
我が席に集う魑魅魍魎を追い払ってからの一息――。
そんな俺の前に奴は何の前触れもなく唐突にその姿を現した。
「おはよう桐原君。ちょっといいかな?」
「あっ!? ハルカさんじゃないですか。おはようございます!」
「いい加減その他人行儀はウザいから普通に話せ」
「はい……」
獅子をも黙らせそうなハルカの一喝。おかげで眠気が消し飛んだ。
これで一時間目から“睡眠学習”するという悪循環は回避できるだろう。
「で、隣のクラスからはるばる俺に何の用だ?」
「体操服貸して」
「断る。てか、そうゆうのは女子から借りろよ……」
「気が引けるからアンタに頼んでるのよ。予鈴が鳴るから早くして」
「その言い方なら俺なら気が引けないってことかよ?」
「当たり前でしょ」
お前の物は私の物だと言わんばかりの傍若無人なゴリ押し――。
昔からそうだが、学校でこの女と関わるとロクなことがない。
そーゆーわけで今回は断ろう。無理なものは無理だと断固として。
「じゃ、借りていくから」
「ちょっと……!?」
さも当たり前のように奪われていった俺の体操着袋。
どうやらハルカからすれば俺の許可など不要だったらしい。
おかげで周囲から突き刺さってくるのは朝からイチャラブするなよとばかりのブリザードを感じさせる永久凍土のような視線――。
身の程を弁え、一日一日を大切に過ごす俺にとっては不条理でしかなかった。
「あのさ、やっぱお前らって付き合ってんの?」
「俺がそんな選択“死”を選ぶと思うか……?」
「いや、なんというか……すまん」
「いいんだ。こうゆうのには慣れてる」
中学時代から俺のことを知る遠藤と高林は同情の眼差しを向けてくれた。
やっぱり持つべきものは友達だ。それが今、身に染みて分かった気がする。
後でこの二人にジュースでも奢ってやるとしよう。
なんせ俺達は親友――……。
「よしッ、確保! 今だッ!」
「いでででででッ!? お前ら、一体何を……!?」
不意に関節技を決められたことで俺の体は意図せず地面に這いつくばる。
直後に複数のドス黒い気配。
奴らは降って湧いたように現れ、瞬く間に俺を取り囲んだ。
「これより反逆者に対して教室裁判(クラスジャッジ)をおこなう」
「馬鹿な……。俺が何したってんだ!?」
「この野郎、しらばくれる気か? 裁判長(ジャッジマスター)!」
「被告、死刑」
「そんな……」
「今回ばかりは言い訳できないな。残念だよ。桐原」
善良な市民であるはずの俺がなぜ死刑判決を受ける羽目に……。
やはりあの女、関わるとロクな事がない。
文句を言いに行きたい衝動に駆られたが、今はそれよりも嫉妬のオーラを纏う紳士諸氏と司法取引をしないと大変なことになる。それが封鎖的な“村社会”のようなクラスで俺が生き残る唯一の手段だった。
「よし、わかった。今日一日、俺の体操服をこの中の誰かに貸してやってもいい」
「何ィ――――――――――――!?」
「ただし“一名”だけだ。この意味は分かるな?」
「一名……それなら俺が……」
「いや、俺だ」
「悪いなお前ら、俺だ」
そう言って互いを牽制するように目で火花を散らす暗黒面の戦士達――。
ちょっと前まで徒党を組んでいたのがまるで嘘のようだ。
俺の策略で訪れたのは群雄割拠の時代。
あとは簡単だ。俺が彼らの背中を軽く一押ししてやればいい。
ハルカが着た体操服という名の玉璽(ぎょくじ)の本来の持ち主である俺にはその権利があった。
「我こそはと思うのならば、己の正義を示すのだ! 敵をすべて打ち滅ぼせッ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」
「ひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」
「ブチ殺せえええええええええええええええええええええええッ」
一致団結が瞬く間に血で血を洗う大乱闘に発展した瞬間である。
もはや誰にも彼らを止める術はない。
そう確信した俺は被害が及ばぬようすぐさま安全地帯にフェードアウトした。
「オラァッ! ボディーがガラ空きだぜッ!」
「ふはははは、次に俺様の石頭の犠牲になりたいのはどこのどいつだ?」
阿鼻叫喚の地獄絵図。またの名をリアルコロッセオ。
大昔に剣闘士と呼ばれた人たちはおそらくこんな感じに戦ったのだろう。
教室の端で身を寄せ合う女子たちの視線が軽くダイヤモンドダストだが、おそらく俺以外の男児は誰一人と気付いていないに違いない。まったくもって救いようがない愚かな連中だ。
「ちょっと、誰かあいつら止めなさいよ……」
「じゃあ、あんたが止めてよ」
「もうやだ。怖いよう……」
女子達が小声でそんな事を言い合っている間に一人、また一人と散ってゆく戦士たち。後に乱闘の決定的な証拠となるであろう窓ガラスを割ったり学校の備品を破壊したりしないのは流石といったところか。
それでも予鈴がなった今、彼らに残された時間は五分に満たない。
「ハァ……ハァ……ハァ……やはり最後に残ったのはお前か、高林……」
「遠藤か……それはこっちのセリフだぜ」
最後に残ったのは、満身創痍で足をフラつかせながらも気力だけで立ってるような状態の二人の暗黒戦士。
おそらくは生命力を削っているのだろう。どこか危ない人の目をしていた。
女子たちはそんな二人を蔑んだ目で見守り、誰一人として口を開こうとはしない。
「くけええええええッ!」
「うぴょおおおおおおッ!」
奇声を発すると同時に交差して互いの頬を鋭く抉る両者の拳――。
それと同時に本鈴のチャイムが鳴り響いた。
「んん? 教師の目の前で殴り合いとはいい度胸だな。停学希望か? ん?」
チャイムが鳴り終えると同時に教室に入ってきたのは我らが担任の先生。
やる気がなさそうな中高年特有のバーコード頭とズレた眼鏡――。
人の気を滅入らせてくれるプロフェッショナルは朝から良い仕事をしてくれた。
「いえいえ、スキンシップですよ先生。殴り合いなんてとんでもない」
「そうそう、真面目な僕達が喧嘩なんてするわけないじゃないですか」
気付けば遠藤と高林以外は何事もなかったかのような顔をして着席していた。
なんたる早業。まるで忍者のようではないか。
自己保身におけるフットワークの軽さにだけに言及すれば、我がクラスは全国でも屈指の実力を誇るに違いない。
「フン、ならば早く席につけ。欠席にするぞ」
「はいッ! ただちに!」
遠藤と高林が担任の指示に従ったところで教室は普段通り――。
そして聞き飽きた流れ作業のような出欠確認が始まった。
学力的には並と評されるこの高校には中学時代の面子の六割ほどが通っている。
なぜなら近くにある他の高校といえば学費が無駄に馬鹿高い私立や極端にレベルの高い全国でも有数の進学校――それとは逆に自分の名前さえ書ければ誰でも合格できると噂の底辺校。
口にすると非難もされるだろうが、この辺りでは俺が通う高校が一番普通だった。
「うっす」
「おう、桐原。今日は遅刻ギリギリじゃないのか?」
「今朝はトイレで“格闘”する時間が短かったからな」
「かーッ……朝から最低な野郎だな。死ね」
俺の傑出したクジ運が引き当てた窓際一番後ろという王者の席。
俺が登校するまでの間――その席を我がもの顔で占領するのは中学時代からの悪友、遠藤と高林の野郎だ。相も変わらず女にモテないやつ特有のシケた面で凝視されると、運が裸足で逃げてしまいそうだから困る。
「特に期待はしてないが、なんか面白いネタはないか?」
「んー……昨日、俺の親父がエタクエをフラゲした」
「なんだと……!? 今日、お前ん家に行っていい!?」
「勝手に触ると怒られるの俺だから嫌だよ」
「そこをなんとか! なっ!? 頼むこの通り!」
「俺からも頼むよ」
「知るか。無理なものは無理だ。それよりさっさと解散しろ。ここは俺の席だ」
我が席に集う魑魅魍魎を追い払ってからの一息――。
そんな俺の前に奴は何の前触れもなく唐突にその姿を現した。
「おはよう桐原君。ちょっといいかな?」
「あっ!? ハルカさんじゃないですか。おはようございます!」
「いい加減その他人行儀はウザいから普通に話せ」
「はい……」
獅子をも黙らせそうなハルカの一喝。おかげで眠気が消し飛んだ。
これで一時間目から“睡眠学習”するという悪循環は回避できるだろう。
「で、隣のクラスからはるばる俺に何の用だ?」
「体操服貸して」
「断る。てか、そうゆうのは女子から借りろよ……」
「気が引けるからアンタに頼んでるのよ。予鈴が鳴るから早くして」
「その言い方なら俺なら気が引けないってことかよ?」
「当たり前でしょ」
お前の物は私の物だと言わんばかりの傍若無人なゴリ押し――。
昔からそうだが、学校でこの女と関わるとロクなことがない。
そーゆーわけで今回は断ろう。無理なものは無理だと断固として。
「じゃ、借りていくから」
「ちょっと……!?」
さも当たり前のように奪われていった俺の体操着袋。
どうやらハルカからすれば俺の許可など不要だったらしい。
おかげで周囲から突き刺さってくるのは朝からイチャラブするなよとばかりのブリザードを感じさせる永久凍土のような視線――。
身の程を弁え、一日一日を大切に過ごす俺にとっては不条理でしかなかった。
「あのさ、やっぱお前らって付き合ってんの?」
「俺がそんな選択“死”を選ぶと思うか……?」
「いや、なんというか……すまん」
「いいんだ。こうゆうのには慣れてる」
中学時代から俺のことを知る遠藤と高林は同情の眼差しを向けてくれた。
やっぱり持つべきものは友達だ。それが今、身に染みて分かった気がする。
後でこの二人にジュースでも奢ってやるとしよう。
なんせ俺達は親友――……。
「よしッ、確保! 今だッ!」
「いでででででッ!? お前ら、一体何を……!?」
不意に関節技を決められたことで俺の体は意図せず地面に這いつくばる。
直後に複数のドス黒い気配。
奴らは降って湧いたように現れ、瞬く間に俺を取り囲んだ。
「これより反逆者に対して教室裁判(クラスジャッジ)をおこなう」
「馬鹿な……。俺が何したってんだ!?」
「この野郎、しらばくれる気か? 裁判長(ジャッジマスター)!」
「被告、死刑」
「そんな……」
「今回ばかりは言い訳できないな。残念だよ。桐原」
善良な市民であるはずの俺がなぜ死刑判決を受ける羽目に……。
やはりあの女、関わるとロクな事がない。
文句を言いに行きたい衝動に駆られたが、今はそれよりも嫉妬のオーラを纏う紳士諸氏と司法取引をしないと大変なことになる。それが封鎖的な“村社会”のようなクラスで俺が生き残る唯一の手段だった。
「よし、わかった。今日一日、俺の体操服をこの中の誰かに貸してやってもいい」
「何ィ――――――――――――!?」
「ただし“一名”だけだ。この意味は分かるな?」
「一名……それなら俺が……」
「いや、俺だ」
「悪いなお前ら、俺だ」
そう言って互いを牽制するように目で火花を散らす暗黒面の戦士達――。
ちょっと前まで徒党を組んでいたのがまるで嘘のようだ。
俺の策略で訪れたのは群雄割拠の時代。
あとは簡単だ。俺が彼らの背中を軽く一押ししてやればいい。
ハルカが着た体操服という名の玉璽(ぎょくじ)の本来の持ち主である俺にはその権利があった。
「我こそはと思うのならば、己の正義を示すのだ! 敵をすべて打ち滅ぼせッ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」
「ひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」
「ブチ殺せえええええええええええええええええええええええッ」
一致団結が瞬く間に血で血を洗う大乱闘に発展した瞬間である。
もはや誰にも彼らを止める術はない。
そう確信した俺は被害が及ばぬようすぐさま安全地帯にフェードアウトした。
「オラァッ! ボディーがガラ空きだぜッ!」
「ふはははは、次に俺様の石頭の犠牲になりたいのはどこのどいつだ?」
阿鼻叫喚の地獄絵図。またの名をリアルコロッセオ。
大昔に剣闘士と呼ばれた人たちはおそらくこんな感じに戦ったのだろう。
教室の端で身を寄せ合う女子たちの視線が軽くダイヤモンドダストだが、おそらく俺以外の男児は誰一人と気付いていないに違いない。まったくもって救いようがない愚かな連中だ。
「ちょっと、誰かあいつら止めなさいよ……」
「じゃあ、あんたが止めてよ」
「もうやだ。怖いよう……」
女子達が小声でそんな事を言い合っている間に一人、また一人と散ってゆく戦士たち。後に乱闘の決定的な証拠となるであろう窓ガラスを割ったり学校の備品を破壊したりしないのは流石といったところか。
それでも予鈴がなった今、彼らに残された時間は五分に満たない。
「ハァ……ハァ……ハァ……やはり最後に残ったのはお前か、高林……」
「遠藤か……それはこっちのセリフだぜ」
最後に残ったのは、満身創痍で足をフラつかせながらも気力だけで立ってるような状態の二人の暗黒戦士。
おそらくは生命力を削っているのだろう。どこか危ない人の目をしていた。
女子たちはそんな二人を蔑んだ目で見守り、誰一人として口を開こうとはしない。
「くけええええええッ!」
「うぴょおおおおおおッ!」
奇声を発すると同時に交差して互いの頬を鋭く抉る両者の拳――。
それと同時に本鈴のチャイムが鳴り響いた。
「んん? 教師の目の前で殴り合いとはいい度胸だな。停学希望か? ん?」
チャイムが鳴り終えると同時に教室に入ってきたのは我らが担任の先生。
やる気がなさそうな中高年特有のバーコード頭とズレた眼鏡――。
人の気を滅入らせてくれるプロフェッショナルは朝から良い仕事をしてくれた。
「いえいえ、スキンシップですよ先生。殴り合いなんてとんでもない」
「そうそう、真面目な僕達が喧嘩なんてするわけないじゃないですか」
気付けば遠藤と高林以外は何事もなかったかのような顔をして着席していた。
なんたる早業。まるで忍者のようではないか。
自己保身におけるフットワークの軽さにだけに言及すれば、我がクラスは全国でも屈指の実力を誇るに違いない。
「フン、ならば早く席につけ。欠席にするぞ」
「はいッ! ただちに!」
遠藤と高林が担任の指示に従ったところで教室は普段通り――。
そして聞き飽きた流れ作業のような出欠確認が始まった。
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