暴君みたいな女の魔手から俺がこの先生き残るには

水無月14

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始まりの恋愛相談

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 成績優秀、容姿端麗、スタイル抜群。
 ありとあらゆることを卒なくこなす事で女子からは常に一定以上の支持があり、クラスの野郎連中に好きな女子を挙げさせたらほぼ毎度のことながら上位に食い込む無敵超人。
 それが俺の腐れ縁……もとい幼馴染である一条(いちじょう)遙(はるか)という女の“一般的”な評価だった。


      ◇◇◇◇


 「でさ、私に告ってくるのが、揃いも揃って最悪な理由は男のアンタから見てどうしてだと思う?」
 「さあ? どうしてでしょうね……?」
 「質問してるのは私。答えるはアンタ。ここまでは分かる?」
 「はい……」
 ここは俺の部屋のはずだったが、なぜか俺は床の上で正座。
 そんな俺の前にはベッドの上で足を組んで不機嫌そうな顔をするハルカさん。
 本来なら見えて然るべきスカートの中身が見えそうで見えないのは、もはや純真な俺の男心を弄ぶ嫌がらせとしか思えない。
 当然ながら期待するのはエロ漫画みたいな展開だったが、もちろんそれは剣や魔法の世界と同列に並べられるぐらい空想的なことだと分かりきっている為、俺は仕方なくハルカのどうでもいい話に付き合ってやることにした。
 「その前に先日の一件、何があったか教えてくれます? 不肖この私、桐原(きりはら)灯馬(とうま)が思うに原因はそこにあると思うんですよ」
 「殴った」
 「は……?」
 「だから私に告白してきた先輩を殴った。強引にキスしようとしてきたから」
 「んん……? OKの返事を出したからキスしようとしたんだよな?」
 「そーよ。その直後とか普通に考えてあり得なくない?」
 殴っただけで全治一ヵ月の大怪我を負わせるなんて常軌を逸してると言わざるを得ない。引退したとはいえ、その先輩は元運動部の副部長だったと聞いている。
 肉体強度(フィジカル)は並の高校生を凌駕するはずだが……。
 「また例のごとく、そうゆうのは雰囲気がないとダメ……ってやつ?」
 「本当にそれ! 男ってなんで付き合った瞬間から急に馴れ馴れしくなるの? 私がOKの返事出す直前までは「さん」付けだったのに付き合った直後に呼び捨てよ? しかも下の名前」
 「別にいいじゃん。付き合ったのなら……」
 「無理無理無理。絶対に無理。無理だから速攻で別れた」
 生理的に無理とばかりに断固として首を横に振るハルカさん。
 それなら何故付き合ったのかという根本的な疑問を投げ掛けたくもなったが、そんなことを言えば俺が先輩の肩を持っていると判断されて面倒事になりかねない。
 下手に首を突っ込んで痛い目を見るのは御免蒙るので、ここは無難に聞き流すことにした。
 「はぁ……そーっすか……」
 「なにその投げやりな態度は?」
 「投げやりだなんてとんでもない! 真剣に考えてますよ。本当です」
 この一条遥という女を普通の女として見てはいけない。
 父方が先祖代々武闘家を輩出している家系らしく俺が知るだけでも、柔道、空手、剣道、合気道、キックボクシングを始め、ありとあらゆるマーシャルアーツを習得している謂わば人間兵器と形容できるような存在。
 少なくても素人では太刀打ちできない。それは過去の“実績”から見ても明らか。
 俺みたいな一般ピープルからすれば、まさに触らぬ神になんとやらだ。
 「いずれにしても格闘経験者が一般人に手を出しちゃダメだろう」
 「手加減してるからいいの」
 「いや、相手の男、骨折してるって聞いたぞ。流石に女にボコボコにされたとは言えないのか、階段から転んだって周囲には説明してるらしいが……」
 「私は襲われかけたのよ。婦女暴行という大罪が骨折だけで済めば安いものだと思わない?」
 ……婦女? それは誰のことを言ってるんだろう。
 男の立場から言えば、好きだった女に告白してOKもらえれば気分が高揚して普段はしない大胆な行為を“つい”とりたくもなるだろう。
 だが、思考が停止しているこのスイーツ女に限ってそれを理解できるとは到底思えない。ここも当たり障りなく適当に流してやるのが吉。経験上それ以外の選択肢など地雷を踏む行為としか思えなかった。
 「そーっすね。襲われたなら仕方ないですね……」
 「でしょ?」
 こんな女でも幼少期は他人を労われる優しい心の持ち主だった。
 しかし、武の道を極める過程でそれを捨ててしまったのか、今では女という仮面を被った修羅か羅刹に見えない。
 少なくても今の俺にとっては学園生活を脅かす恐怖の象徴でしかなかった。
 「まあ、性格的に合わなかったってことで次探せば?」
 「そんなことは分かってるし、そのセリフは前にも聞いた。私が聞きたいのはそんなことじゃないの」
 「じゃあ、なんだよ?」
 「その……なんていうか、アンタはどうなのよ?」
 「どうってなにが……?」
 「はぁ……もういい! 帰る!」
 そう言ってヒステリックにドアを叩いて嵐ように去っていったハルカさん。
 最近はカルシウム不足なのか、以前にも増してキレやすい。
 これじゃまるで動くニトログリセリン。爆発なんてすれば俺は死ぬ。
 問題なのは具体的な対処法がないということだ。
 「ちょっと今の何? 義姉さんが般若のような顔して出て行ったけど」
 「おおッ! カエデちゃんいらっしゃい。いつものことだから気にするな」
 「それならいいけど……」
 その般若と入れ違いで部屋に入ってきたのは一条(いちじょう)楓(かえで)。ハルカの義理の妹だ。
 相も変わらず知的な文学少女然とした美少女。
 学年は俺とハルカの一つ下にもかかわらず学年三指に数えられる成績のハルカを上回る学力を誇り、国が違えば飛び級確実と言われるほどの天才。
 教師の間で噂になるのも当然だ。俺なんかとはそもそも格が違う。
 「昨日、私が出した宿題はちゃんとやった?」
 「もちろんですとも、カエデ先生」
 学年でも下から数えた方が早い俺の成績を不安に思った母がつけた家庭教師。
 当初は同学年かつ家が隣であるハルカがその任に指名されたわけだが、家庭教師初日にして「なぜこんな簡単な問題が分からない!?」と声を荒げて俺をブチ殺す勢いでキレた為、その日のうちに俺が母に土下座してハルカをクビ……もとい更迭してもらった。
 その結果、新たに登用されたのがカエデ大先生。
 誰かさんと違ってキレることはないし、何より教え方が上手い。
 つまるところ俺にとっては救世主的なポジションだ。
 「んー……ここの式はあってるけど、答えが違う。もっかいやってみて」
 「はい」
 「あっ、ここはさっきの法則を使わないと解けないよ」
 「あー……なるほど……」
 「んで、ここはね――……」
 「ですよねー」
 俺は生まれて此の方、勉強なんてものが楽しいなんて思ったことがなかった。
 しかし、今は違う。なんだか問題を解けることが無性に楽しい。
 自分でもその変化に戸惑いを覚えるが、すべてはカエデ先生のおかげ。
 ありがてえ。ありがてえ。これで赤点回避は確実だろう。

 「あっ……いけない。もうこんな時間」

 その声に釣られて時計を見てみると時刻は八時頃。
 カーテンの隙間から見える外はすっかり暗くなっていた。
 「晩飯、ウチで食べていけば?」
 「義母さんが作ってくれてるし、大丈夫」
 「そっか……」
 「ありがとね。それじゃ、また明日」
 とくに無駄話をするわけでもなくそそくさと帰っていくカエデさん。
 俺はそんな彼女の背中を名残惜しくも目で追うことぐらいしかできなかった。
 「あれ? カエデちゃんは?」
 「今帰ったよ」
 「こんな時間まで馬鹿なアンタの勉強に付き合ってくれるなんて本当いい子ね」
 「そーっすね」
 「アンタが一人で勉強できる子ならカエデちゃんの手を煩わせることもないのに」
 「そーっすね」
 「はぁ……まるで他人事ね。いったい誰に似たのかしら……」
 「あなたです」
 「あ?」
 「いえ、何も……」
 絶望に満ちた顔をして、ため息交じりに俺を見てくるマイマザー。
 そうゆう事ばかり言ってると小ジワが増えますよと“親切”なアドバイスの一つでも送ろうかとも思ったが、そんなことをすれば倍返しどころか十倍にして返ってきそうな気がしたのでやめとく事にした。
 「あっ……そう言えば、今日ハルカちゃん来てたでしょ?」
 「きてたけど、それが何?」
 「やっぱりあの匂いは間違いないわね。で、二人で何をしてたの?」
 「別になにも」
 「てか、二人はもう付き合ってるって認識でいいの?」
 「それはあなたの願望でしょう」
 俺とハルカをトレードしたいって常日頃から言っちゃう親だから仕方ないね。
 この人は実の息子である俺のことを一体なんだと思ってるのだろう?
 たまに本当の意味で“見切り”をつけられそうな時があるから困ったものだ。
 「ハルカちゃんもカエデちゃんも本当に可愛いわよね~」
 「そーっすね」
 「アンタ馬鹿なんだから早いとこ、どっちか彼女にしなさい」
 「それなら、カエ――……」
 「わかってるとは思うけど、どっちも幸せにしないとアンタとは絶縁するからね」
 なんという無理難題。笑顔で何を言ってきやがるんだこのババアは……。
 一条姉妹贔屓もここまでくると、もはや病的。
 はやくどうにかしないと本当に俺の人生に悪影響を及ぼしかねない。
 「ただいマンモス」
 そんな中でごく自然に割り込むように耳に入ってきた声。
 「おかえリンゴ」
 不覚にも俺は何の疑いもせずにそう返事をしてしまった。
 習慣というものは実に恐ろしい。もはや条件反射と言ってもいいだろう。
 「あなた、おかえり」
 そんなわけでマイダッドの帰還。最初にネクタイを緩めるのはもはや見慣れた光景。外ではダンディー路線らしいが家の中では基本的につまらないことしか言わない。
 「帰りコンビニで卵買ってきてくれた?」
 「……忘れてた」
 「ホンット使えないわね。なんでメールの返信までしといて忘れるわけ?」
 「すまぬ……」
 帰宅三十秒で使えない粗大ゴミ扱いされるマイダッド。
 これでも肩書きは誰もが知ってる大企業の部長である。
 しかし、家の中ではマイマザーの尻に敷かれる走狗でしかなかった。
 「あッ、父さん! やっぱり買ってきたのか!?」
 「ククク、袋を見ただけで気付くとは流石は俺の息子よ。これがゲーム会社で働く知人を脅して――……じゃなくて独自のルートでフライングゲットした来週発売予定のエターナルクエスト初回限定盤だ!」
 いい齢こいたサラリーマンの手には辞書のような厚さを誇る新品ゲームソフトの箱。エターナルクエスト。通称“エタクエ”は今作で十八作目を数える。
 第一作目の発売は父の学生時代だったというのだから歴史そのものは俺よりも長く、発売当時は“エタクエ狩り”とかいうリアルハントが横行したらしい。
 「また無駄なもの買ったの?」
 「無駄じゃねぇーよ! これは俺の人生のバイブルだッ!」
 「はぁ……馬鹿馬鹿しい。ゲームなんて子供がするものでしょ。そんなにお金があり余ってるのなら小遣い減らすから」
 「何を馬鹿なッ……!? これは俺が煙草代とコーヒー代をケチって……」
 「ドラ息子が大学に行くのにいくらかかると思ってるの? 父親なら協力しなさい」
 「そんな……」
 「返事」
 「うおおおおおおおおおおおおッ! 母さんなんて大嫌いだああああああ!」
 絵に描いたような完全敗北。そして無様極まりない敗走。
 泣きながら自らを幽閉するようにマイダッドは自室に引き籠ってしまった。
 リビングに残されたのはそんな父が長年愛用し続けている擦れた鞄。
 漂う悲壮感はまるで父の人生を物語っているようではないか。
 ――合掌。
 「アンタもああなりたくなかったら、ちゃんと勉強しなさい」
 「はい……」
 その後、俺と母上はしばしの間――同じ空間を共有したが、お互いそれ以上は口を開くことがなかった。
 ――人生とはなんなのか。
 今日という日は俺にとってそんな事を考えさせられる哲学的な一日となったのは言うまでもない。
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