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第六章
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炎昼の最中アスファルトは熱気に包まれ、額から流れた汗を清彦は二の腕で拭った。蝉時雨が辺りを騒がせ、うだるような暑さにじっとりと背中を濡らす。
照りつく陽射しを遮る為に向日葵は麦藁帽子を被っていても、眩い太陽の光に目を凝らした。お盆の時期は先祖の為に墓参りをする習慣は日本だけだろうか。向日葵は例年通り、御盆に実家があった千葉へ帰省した。電車で数時間揺られ、途中で休憩を挟みながら、漸く辿り着いた霊園までは道則は果てしなく長く感じた。
去年までは一人で訪れた場所は、灰色が広がっていた気がしたが、緑豊かで風が吹き抜ける場所であることを今年は気付かされる。びゅう、と時折木漏れ日を通り抜けて、生温かい夏風が向日葵の頬を撫でるのだ。
水の入った手桶と柄杓、購入したばかりの線香、そして青紫色のスターチスの花束を持って一年ぶりに両親の眠る墓へ向日葵は訪れる。ゆらゆらと人が陽炎の合間から姿が垣間見えるので、きっと多くの人が手を合わせに来たのだろう。
今年は凛と藍の手を繋いで塗装された果てしなく続く道を歩いた。二人の手から汗がびっしょりと滲んでいる。
暑いよ、ひまちゃん、と流石に子供には堪えたようで日差しを遮るキャップを深く被り直した。向日葵は脱水症状を防ぐ為に適宜水筒に冷たい麦茶と塩タブレットを食べさせた。
「暑いよぉ、もう溶けちゃうよぉ!」
「はあ、確かに、暑いな。あ、アイス売ってる。少し休憩しないか?霊園まで結構距離あるし。」
「そ、うだね。そうしよう、アイス食べようか。」
「アイス!アイス!食べたーいっ!」
休憩所に設けられた、こじんまりとした売店には鮮やかな仏花で良く選ばれる白百合、菊、トルコキキョウから胡蝶蘭等並んでいる。また、線香に飲み物などもぽつんと端に陳列されたその売店のベンチに腰掛けて、向日葵は暑さに気分もぼーっとした。清彦と子供達はアイスを何味にするか悩んでいる姿をぼんやりと向日葵は見詰める。
義父と母の墓参りに、千葉へ帰省することを自宅で手捏ねハンバーグを食べながら向日葵は話すと、目の前に座って同じくハンバーグの欠片を口に運ぶ清彦の手がぴたりと止まった。そして、清彦はフォークとナイフを置いてから、俺も行くと言って聞かなかった。お願いだと眉を下げて懇願するものだから、向日葵は根負けしたのである。ハンバーグの熱々な湯気に、揺らめく戸惑いと似た悲哀が向日葵の視界を薫せた。
清彦と別れた後、直ぐに病状が悪化して肺炎を併発して旅立った母とは一度も会うことは無かったからか。向日葵は毎年の墓参りに行く度に懺悔と、何故私に枷をつけたのだと泣き崩れて、夕焼けの空の下長いアスファルトの道を下山するのである。好きだった恋人の手を離して待っていた先が、真の孤独だと気付くまで何度も向日葵は自分を責め続け、その度に心を殺して行った。
それが、毎年お盆の時期、向日葵が負う懺悔に似た、吐露でもあった。過去の向日葵は故人と向き合えず、家族のためだとか、二人っきりの姉妹だとか、そんなことばかり耳にタコが出来る程聞かされてきた。
「あれ……何処だっけ。」
「これだけ並んでいると迷いそう。それにしても此処は日当たりが良くていいな。」
霊園の中心に設置された太陽の光を反射させ水を沸き出す噴水は、まるで其処に眠る人々を見守るように聳え立っていた。暇を持て余した墓参りに来た子供達が楽しそうに水遊びをしている傍らで、墓を丁寧に綺麗に掃除をする大人達。穏やかな時間が彼等の孤独を、幸せだった思い出だけを呼び起こしてくれるのだろうか。
向日葵は毎年墓参りをしているが、場所を覚えることは出来なかった。納骨時も記憶があやふやだし、椿は寄り付かない場所でもあったからだ。照り付ける暑さの中で朧げな記憶を辿る。確か、目印に使っていた大木があったはずだ、と見渡すも伐採された後であった。
「ちょっと探してくる。アイス食べていてね。あ、ちゃんと座って食べてね!」
「はぁーい、おじさんが棒のアイスダメって言ったから、ラムネ味にしたもん!」
清彦が二人に棒付きのアイスの購入を止めてくれたようだった。まだ幼い彼等は突然走り出したりするので、棒が喉に刺さっても危険である。再会をしてから、すっかり子煩悩化した清彦には良く助けられる。向日葵の意図を汲み取って、清彦は向日葵が手が離せない場合は必ず代わって、子供にきちんと危険性を説明したり、言い聞かせたりするのだ。
「だって、喉にブスーって刺さる事故、多いんだぞ?凛と藍は痛い痛いしたくないだろ?」
「う……それは、やだ……。」
「だろう?俺も、ひまも、痛い思いする二人見たら悲しいよ。」
二人は大人しくラムネ味のアイスを食べるのを確認して、向日葵は蛇行するように歩いて回った。十五分しか経過していないのに、体感時間はひどく長く感じる程の熱気が向日葵を襲う。はあ、と深く息を吐き、漸く見付けると無惨にも雑草が生い茂り、土埃で墓石は黒く歪んでいた。仏花は枯れ果てており、何を供えられたのか分からぬほど朽ちており、長い間誰も訪れていないことを物語っていた。
向日葵が両親の墓を見付けたのを察したのか、清彦は二人を連れてざくざくと天然の芝を歩いて合流した。
墓石を掃除する為に周辺の雑草や落ち葉を除去し、墓石を手桶に入った水で洗い流し汚れを落とす。枯れた花と焼香の屑を袋に入れて掃除を終えた。清彦が線香にライターで火を点け、手で仰いで火を消すと二人がなんで息吹かないの?と尋ねた。
「えーと、確か仏様に人の汚れた息を拭くのは駄目なんだ。」
水鉢に綺麗な水を注いだ後に真新しい鮮やかに咲き誇るスターチスの花を供える。
「お空にいる私のパパとママに元気でやってるよーって、手を合わせてお祈りをこれからするんだ。」
「お空にいるひまちゃんのパパママ!ひまちゃんはー!元気だよー!」
ぱんっ、と小さな掌が叩いた音がした。墓石の前で大きな声で凛が挨拶をしたので、向日葵はとても微笑ましかった。藍も続いて元気だよと口をもごもごと恥ずかしそうに一輪のスターチスを献花した。
「……もう寂しい思いはさせません。ご挨拶が遅くなってすみません。とても幸せです。向日葵を産んで、育てて下さって、ありがとうございます。」
清彦が穏やかな声音で両親に挨拶をした。確かに向日葵は清彦の義両親へ挨拶を済ませていたが、清彦は既に亡くなっている向日葵の両親とは生前会うことは無かったのだ。頑なに帰省に一緒に行きたいと言った意味を知り、向日葵は眦に涙を溜めた。
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