ひまわりが咲いた日〜手を離した元恋人はそれでも掌中の珠のように彼女を愛す〜

暁月蛍火

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第六章

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 その数日後の昼下がり、向日葵は清彦に予備に造った合鍵を渡した。藍と凛と三人でプラ板のキーホルダーを作ったのだ。保育園で手先が器用だと褒められて、先生に勧められたらしい。ふんふんと鼻息荒くして言うものだから、プラ板やヤスリ等必要な物を用意した。保育園児が指を切ったり危険を出来るだけ大人が取り除く必要があったので、プラ板にヤスリをかけたり事前準備は念入りに行った。これが意外と粉が飛び散るので、その手間暇は必要であることを育児サイトに注意事項として書いた親の気持ちを改めて体験した。

 イラストは熊に似ているから、熊を描きたいと凛が話したので塗り絵用のイラストを下敷きにして見本を渡すと、藍は知らぬ間に林檎の絵を描いていたのでカラーペンで塗ってもらった。みるみるうちに林檎の実の部分は青色になる。藍曰く、青の方が可愛いから、だと。凛が出来たよと手を挙げたので、プラ板に視線を落とすと熊はモンスターに見えるが、向日葵は熊だと言い張ることにした。

 キーホルダーにする為に穴あけパンチで開け、トースターで見守ること数分、縮みが落ち着いたところで取り出して厚みのある雑誌でプレスすると完成した。最後にチェーンを通すと仕上がった。

 チャリチャリと音が鳴る鍵に通されたキーホルダーは手作り感満載であったが、清彦は目を輝かせて喜んだ。



「俺にくれるの?!二人は天才だっ、絵がとても上手い!」



「ふふん、何だと思う?!」



「え……わんこ?」



「どう見てもくまじゃん!!おじさん、大人なのにくま見たことないのー?!」



「あー……確かにテレビで一瞬しか見たこと……ないかも……。」



「じゃあ凛が今度動物園に連れて行ってあげる、私が本当の熊を教えてあげるから。」



「おお、それは頼もしいなあ!藍もくま好き?」



「ぼくは……くますきじゃない……おかぴのほうがすき。」



「ピンポイントでマイナーな生き物きたな……。」



 二人を両手に抱えて清彦はその場で三周してはしゃいでいる。二人も強靭な太い腕に捕まって口を大きく開けて大声で笑って楽しそうだった。動物園に行く約束もしっかりと二人としているのも、やっぱり清彦は子供が好きなようだ。オカピが動物園で飼育されている場所は限定的なので、今度清彦はチャイルドシートを設置した義両親の車を借りると張り切った。



「ひまも鍵、ありがとう。……良いのか?」



「いつも来ているのに、変なひと。」



 向日葵も顔を綻ばせて、もし本当に家族になるとしたら、こんなにも温かい日常が送れるのかもしれないと心の内で穏やかな充足感がじんわりと沁み渡る。結婚指輪を購入するまでに道のりがあるので、向日葵自身も早く渡したかったのだ。

 実は、結婚指輪を買うのに足踏みをしていたのは、まだ清彦の義両親に挨拶に行っていなかった理由や、お互いの繁忙期を外してからが良いという配慮もあったからだ。そして、清彦がけじめをつけたいと、夜間定時制高校の卒業まで待ったこと、養子縁組の目処が立ってからが良いことなど色々重なったことであっという間に季節は過ぎ去って行った。指輪の購入を先送りとした代わりに、何か形としてお互いに渡したい気持ちが偶然にも同じタイミングだったのかもしれない。

 向日葵も時短勤務の申請や引き継ぎで日々げっそりと色白な顔をしながら、何とか日々育児と仕事を辛うじて両立させていた。それは、清彦が仕事で新築の注文住宅の施工を担って疲れていても、家事や向日葵の送迎等支えてくれたお陰であった。向日葵の繁忙期は避けてから、ゆっくり未来の事を進めようと清彦から申し出があってか、向日葵の精神的な負担は減った。

 料理は苦手だと三年前苦笑いをした清彦は今では失敗しない簡単に作れる料理、と言うタイトルの初心者向けの料理本を片手に向日葵と二人の夕食を作ることが多くなったのだ。最初は卵が完熟過ぎてやや固めだったり、オムライスはケチャップチキンライスの上に炒り卵が乗った歪な出来ではあったものの、少しずつ上達している。そして、凛と藍と一緒にテーブルで人参を花の形に模ったり、ポテトサラダを作ったりと面倒を良く見てくれた。



「ひまちゃん、みて、おはな。かわいいの、ひまちゃんみたい。」



 藍が花弁の大きい型で取った、人参を掌に乗せて向日葵に見せた。



「あれ……この形って……。」



「ああ、向日葵の形をした型が売っていて。野菜とかこうやって象ったら、苦手な物も好きになるかなって思って。」



「かわいい……。クッキー作りも楽しめるね。」



「ひまちゃん、今度作ろうよ!友達のみみちゃんとアブくんにもあげたい!」



 アブくんとみみちゃんとは、凛と藍が通園している保育園の同じクラスの子達である。みみちゃんはいつもツインテールにピンク色のぼんぼんを身に付けている可愛い女の子だ。

 また、アブくんはインドの血が流れている、褐色肌に大きな瞳がチャームポイントの男の子である。向日葵が二人を迎えに行くと、必ず四人で遊んでいるので顔馴染みだった。



「そうだね、今度みみちゃんとアブくんのママ達に聞いてみるね。」



「おかしぱーてぃー?たのしみだなあ。」



 アレルギーの有無や宗教上のこと、また保育園の友達の保護者に許可を得るのは、親としての役割だ。椿はあまり交流を持たなかったので、向日葵は積極的に友好関係を広げる必要があった。もしも、凛や藍が進学した場合に学区内が一緒であれば必然的に交流を持つからだ。早めに親交を深めるべきだと、瞬時に向日葵は思った。ただでさえ、叔母としての立ち位置が強かったせいで、子育てをする他の家庭からは異質な目で見られていたのだから。

 向日葵は課題が多く伸し掛かっていたが、不思議と不安は無かった。それは、清彦の存在の大きさだったからかもしれない。


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