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第5部 同棲編
2-3 ※
しおりを挟む「……やっぱり、嫌な思いさせたな」
首を横に振るが、最賀は納得していない。苦笑して見せ、無理して明るく振る舞おうとしている。
最賀は陽菜が旅館に着いてから、概ね二時間後に帰って来た。居ても立っても居られず、靴を脱いでいた最賀に飛び付いた。倒れること無く、抱き留めた男は散々搾取された後だった。
角部屋に通された陽菜は、一人で悶々とテーブルに突っ伏していた。荷物は既に運ばれており、手配済みで。陽菜はただ、最賀の帰宅を待つ術しか無かった。
心配で心配で堪らなくて、木目調のテーブルに置かれた湯呑みと急須を眺める始末だ。
陽菜が最賀の立場ならば、同じ行動を取っていただろう。
家族の枠組みに押し込んで、魔法の言葉を操って搾取する。そんな身内がいるのならば、一刻も早く距離を取らせたい。そう考えるのは当たり前だ。
「部屋付きの露天風呂で良かった」
「……気兼ねなく入れますしね」
「それに、陽菜と入れるだろう?」
大浴場を利用するのを躊躇っていたのは、完全に見透かされている。陽菜の顔と内側の膝には痛々しい傷痕が刻まれ、隠し通すのは至難の業だ。一度、公共施設の浴場を利用した時、気味悪がられたからである。
服を脱いで、掛け湯をして体を手際良く洗った後に湯船に浸かる。体の隅々まで熱が行き渡っていく。
「あ、手のマッサージします」
大浴場とは異なって、部屋付きの露天風呂は格別だった。深く息を漏らし、髪をかき上げた壮年はやけに気怠げだ。眉間に刻まれたままの皺を、和らげたい。陽菜は最賀の掌を指圧して凝りを解す。
分厚い掌は、男性の手だ。指が短く手の小さい陽菜とは、大違いである。親指と人差し指の間のツボを押すと、微かに顔を歪ませた。合谷のツボは肩凝りや目の疲れに効くと言われている。
最賀の掌紋は中心から手首にかけて、途中で途切れており、不思議だった。
「……忠さん、あの」
不意に、額に張り付いた前髪を最賀に上げられる。傷が露わになって、唇を落とす男に身を預けた。まだこの行為に慣れない。傷を愛す人など、誰一人いなかったからだ。
目が合うと、最賀は優しく笑い掛けてくれる。疲労が滲んだ顔で、陽菜に心配を掛けさせぬように。
「無理して、笑わないで下さい……」
全部曝け出せたら良いのに、なんて。
小さな秘密の一つに、地元に帰りたく無いことを挙げた男が何故今回帰ったのか。幾ら姉の子供だろうと心配なのだ。定期的にコンタクトを取ることで、子供を守る第三者の大人がいると釘を刺す。
己が育った環境を見せるのは、腹の中を探られるのと同様に怖い行いだ。ましてや、最賀の姉は陽菜の母親と似た年上の女性である。心労は計り知れないだろう。
「……何でもお見通し、か」
「きっと、沢山の言葉を浴びたのかな……って」
「まあ、年を取ると多少面倒なことは付き纏うものだから」
「でも……忠さんが、辛い思いをするのは……」
家族は時として、一番深い傷で抉ってくる。無意識に、他意のないと言わんばかりに。最賀は針の筵の中で、ただ耐えていたのか。
その言葉の刃で散々傷付いたので良く分かっている。地獄なのだ。時間が早く過ぎ去れば良いと願うほどに。
陽菜は最賀の孤独に果たして寄り添えるのだろうか。
「…………アンタの熱が──欲しい、駄目か」
ざば、と熱めの湯が波を打つ。肌の保湿と疲労緩和に効果のある、濁り湯は揺らめく。陽菜の返答をじっと待つ男の獰猛な双眸は、烈火を灯す。
「全部、忠さんのもの、ですよ」
陽菜の答えは決まっている。頭のてっぺんから足先や毛先まで全て最賀のものであることを。
露天風呂の囲い岩に腰掛けさせられ、陽菜は思わず生唾を飲み込んだ。最賀は陽菜が許す限り、永遠と深い場所まで連れて行くからである。
膝の傷に唇が触れる。陽菜は恐る恐る足を広げた。促されている気がしたからだ。だが、最賀は目を丸くする。
「自分で足開いちゃって、そんなに舐められたかったのか?」
「だ、だって……いつも……」
「恥ずかしいのに好きだもんな、これ」
「う、好き……、です、はぁ……ッ」
くすりと笑う最賀に胸を撫で下ろした途端、足の間に顔を埋められる。唾液でぬるぬると滑る舌先と共に与えられる直接的な刺激に陽菜は身震いした。指とは別物の生温かい物が抜き差しを繰り返す。
「ダメッ、そこ、弱い……ッからぁ! あ、あぁ……」
秘所を味わわれると、霰もない声が口端から溢れてしまう。抗えずに快楽の渦に飲み込まれそうで、首を横に振る。容赦無く最賀は陽菜を追い詰めて、舐るのを止めない。
「気持ち良くて腰突き出してるのに?」
「ちが、違います……っ! 私、淫乱じゃ、ない……ちがい、ます」
「此処、涎みたいに垂らして俺を誘ってるじゃないか」
「ぅ、う……ッ、ひ、ぃん……っあ、ぁ……強く、吸っちゃ嫌です……」
やや強引な素振りを最賀は見せる。最賀は普段気遣って生きているのだから、陽菜の前だけでも苛立ちをぶつけて欲しかった。体を捻って、快楽を逃そうとするが、却って逆効果だったらしい。
陽菜の右太腿に、ビリリッと電流が走ったからだ。
あまりの鋭い衝撃の後にやって来た、ねっとりとする甘い纒わりにたじろぐ。呼吸が浅くなって、声が抑えられない。綺麗な歯並びの痕跡が肌を彩り、下半身に熱が急速に集まる。痛みと気持ち良いが合わさって、混乱した。
再開した舌先の愛撫は強烈で、より掻き乱す。頭の中は真っ白になりそうで、また無意識に最賀の前髪を掴んでしまう。
「気持ち良いの、誤魔化したら良くないぞ」
「誤魔化して、なんか……私、変になっちゃうから……ッ」
「最初に教えただろう?」
獰猛な眼光を向けられて、陽菜は息を呑んだ。体を支配された人形の様に、一気に脱力した。
力の入った太腿は途端に抵抗を無くしたことで、最賀はより秘所を露わにさせる。陽菜は身を委ねた。それを皮切りに、くっきりと涙を流して畝る媚肉に舌を這われるのだ。
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