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第5部 同棲編
2-1【確執の深さは着実に男を独りにする】
しおりを挟む亡くなった両親の墓は閑静な集合墓地にあった。花を手向けて、手を合わせる男。陽菜は桶を持ち直した。
待ち合わせの場所はローカルチェーン店だ。ハンバーグや定食の広告旗が風に揺られている。靡く髪を押さえて、陽菜は最賀の後をついて行く。
「遅かったわね、早く席に着いてよ」
姪達はまだ幼いらしく、ギャーギャー騒いでいる。お茶だけする予定だったが、食事会に変更となったらしい。最賀の財布目当てで、食事を抜かせたのは明白だった。
小さく朝御飯もトースト一枚だったと中学生の姪が液晶画面に打って見せたからだ。普段から食事を共にする際は、めいいっぱい食べさせる予定を組んでいるそうだった。
要するに、食事代を節約する為である。
陽菜は絶句する。育ち盛りの子供への親としての行いに対して。最賀は眉間に皺を寄せて、再度大きな溜息を吐いた。こんな時間まで何も食べさせないなんて、と小言漏らしたくなる気持ちに同意したかった。
「あたしは照り焼きチキン定食。ご飯多めで。子供達はお子様定食とハンバーグセットにするって」
取り敢えず二人は座り、注文する。メニューを陽菜へ押し付ける素振りから、最賀は何度も足を運んだことがあるらしい。また、姉の口振りも不機嫌の要因だ。
定食とは別に、次から次へと注文内容が増える。いや、それ自体は特段問題では無い。その態度に陽菜は呆れ果てた。
悪気も無く沢山頼む姿にモヤモヤする。最賀が挨拶行くのを微妙な顔をしたのが何と無くわかった。
「で? そのお若い子と結婚するの?」
「……その言い方は無いだろう」
「子供いつ作るの? 結婚式は? 籍いつ入れるの?」
「はあ、あんまり彼女を困らせないでやってくれ」
誕生日プレゼントやクリスマスプレゼント等、何かと金銭的な援助が欲しい時は最賀を呼び付けて子守りさせる様子だ。
そう言う人間だから、と半ば諦めた口調の裏にはこんな現状が待ち受けているとは思いもしなかった。
プロポーズはまだ、されていない。
家を売却し、晴れて本格的に同棲して一ヶ月。
何処かで見たことがある。最賀の顔は、怯えた子供の様だ。威圧されて、反論という選択肢を奪われてただ痛みが遠ざかるのを待つ子供。
そんな幼少期がいつだって邪魔をする。そんなものだ、過去は変えられない。消え失せない。褪せない忌まわしき記憶は影と同じく陽菜を付き纏う。
最賀は言葉を濁した。当たり前である。結婚とは一世一代のイベントだ。陽菜達にとっては、より慎重になる話題なのにも関わらず飄々とぶつけて来る。
「ママがね、誕生日に買ってくれたトミサラスの飛行機、おじちゃんにも見せてあげる!」
最賀が真剣に選んだ物であることを、陽菜は気付いてしまう。最賀が贈った物を、そのまま子供達に自分が買ってあげたことになっているのだ。
甥っ子である最賀幸太はまだ幼稚園生で、トイショップで売られている飛行機を振り回した。空中を舞う飛行機の玩具は優雅に泳いでいる。
中学生になったばかりの姪の菜々子には、音楽プレーヤーをプレゼントしたはずだ。頭を抱えて悩む最賀に助け舟を求められたからである。陽菜が中学生の頃に欲しかった物は、温かい普通の家族だった。
けれども、叶うはずはない。同級生が自慢する音楽プレーヤーは、正直とても羨ましかったものだ。
飲み物を取りに行く際に、姪達を連れてドリンクバーへ向かう。叔父が選ばなそうな物、とポケットから取り出したイヤホンに陽菜は困惑した。多感な時期に、部外者が掻き乱す行為をしてしまったと。
「叔父さん、変わったから」
「……え?」
「いいなぁ……私も、変われたら良いのに。早く大人になって、こんな家出て行ってやりたい。でも……」
姪はトミサラスの飛行機を持った幼い弟へ視線を落とした。彼女もまた、家族の輪にいる。
早く大人になれば、出て行ける。
うんと遠くに行ってしまえば、大丈夫。
十代の陽菜が目を腫らしながら、そう言い聞かせた言葉だ。遠くを見据える少女の嘆きと重なって、陽菜は目の奥が熱くなった。簡単に介入出来ることではない。
だから、最賀も付かず離れずの距離を保ち間接的に身を削ってでもそうしている。
「変な顔してるー」
顔を覗き込んだ最賀の甥っ子に、陽菜は我に返った。慌ててプラスチックのマグカップを用意する。
「コラッ、変な顔なんてしてないよ!」
「だってぇ、お姉ちゃんと変な顔してるから」
「もう。何飲むの? ご飯前だからジュースは駄目だよ」
「ええ! オレンジジュース飲みたい!」
「駄目ったら駄目! ご飯食べられなくなっちゃうよ!」
微笑ましい空気にガラリと変わって、陽菜は二人のやり取りを見守った。弟の拓実とは食卓を囲む機会は成人以降だったが、もしも普通の家庭ならば……と一瞬頭を過ぎる。
「あ、じゃあご飯を食べ終わったらジュース飲みましょうか」
「……でも、今飲みたい」
「オムライス、くまさんの形なんですって。気になるなあ」
「クマさん?! ええっ! ほんと?!」
「ほら。早くクマさん見に行こう」
お子様プレートには熊の形をしたオムライスが組み込まれていたはずだ。何とか宥めて食前のオレンジジュースは回避することに成功した。
席に戻ると、神妙な顔をした最賀と二人の子供の母親である最賀真由美がいた。
「遅いわよ、ご飯来ちゃったじゃない」
「す、すみません……」
「ママ、幸太がジュース飲みたがったから……」
「まさかジュース飲ませたの?!」
「違うって! 山藤さんが幸太に優しく言ってくれて、それで──」
「最近の子は好き勝手やるんだから、たまったもんじゃない。早く座って食べなさい」
「……はい」
坊ちゃん刈りをした幼稚園生と、中学生は押し黙ってしまった。目の前に置かれた食事に、無言で手を付ける。カチャカチャとスプーンの金属音が虚しく響き渡って、店内には景観と似つかわしく無い邦楽ロックが流れている。
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