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第4部 溺れる愛
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しおりを挟む「今度……炬燵、買うか」
「無駄遣い、しちゃ……ダメです」
「いやいや、炬燵に蜜柑は必須だろうに」
「──でも、私炬燵……初めてなんです」
「やっぱり絶対買う。あと、半纏も」
「半纏?」
「ええ……カルチャーショックなのか……? 暖かい部屋用の上着? なんて説明すれば良いんだあれは……防寒具的な物?」
「お揃いの……なら」
「半纏着て年越し蕎麦は今度こそ、炬燵で寛ぎながら食べよう。楽しみだな、冬も?」
「はい、忠さんに蜜柑剥いてあげたいですし」
「俺がアンタを甘やかしたいので、蜜柑剥く係は俺の物です」
「いや! 私の係です!」
「いーや、俺の係だ。譲らんこれは」
「変なところ、頑固ですね」
「意外と俺は……まあ、うん。陽菜さんを甘やかす術に関しては断固として譲れませんよ」
「うん、って……忠さん……きゅんって来たから一度キスして下さい」
「え、何処がときめく要素あったんだ……」
冬を一緒に過ごせる。未来を共に描ける幸せを噛み締めて、陽菜は最賀の腕の中で目を閉じた。
「やっぱりアンタ……住民票此処に移動し……」
「住民票……?」
「──いや、急かしてすまなかった。忘れてくれ」
最賀は口籠もって、それから掌で口元を覆った。ちらりと陽菜を一瞥して、手際良く素肌を晒した体をシャツで包んでくれる。
季節は冬至を迎え、暖房機器を使う寒さに身を震わせた。バイク通勤は体感温度がより低く感じる。防寒着を幾ら重ねようが、寒いものは寒い。
最近は遥か遠い隣家の関ばあから使わぬ軽自動車を安価で譲り受けた。息子の妻はペーパードライバーで買ってあげた意味が無いと持て余していたらしい。
──久し振りの運転だったけれど、何とかなって良かった……。
専ら、運転は陽菜が農道で試運転し、地元民あるあるなハンドル捌きで最賀と通勤している。最賀は車の運転は出来るが、急カーブに塗装されぬ凸凹道の多い田舎道は自信が無いらしい。遠出する際は最賀の運転、羽島周辺は陽菜が担当と言う形で収まった。
「足輪しなさい、ほら……なんだ、あれだ。レッグウォーマーだ」
洗面所では決まって横並びに歯を磨いたり、身支度を整える。裸足で過ごしていると、すかさず厚手の靴下を引っ張り出して、履かせる男は歳上の恋人である。
仏頂面で無愛想な怖い医者……とも以前は言われていたものの。今ではすっかり、飯田診療所の副院長として馴染んでいる。地域柄、懐に入って仕舞えば仲間、くらいの剽軽な患者が多い。美沢では数少ない病院の一角を担っているのだ。
最近の物は何でもかんでもカタカナ表記だ。男は歯ブラシを咥えたまましゃがみ込む。陽菜へレッグウォーマーを履かせ、上目遣いした。
恋人の彼シャツなる、大きな長袖シャツ一枚は太腿半分程隠れる。最賀とお揃いの半纏を肩に羽織っているが、すらりと伸びた陽菜の真っ白い足。そしてチラリズム。臀部までのラインが露わになれば、大抵の男は生唾を飲む。
「歯、磨かないと」
歯磨き粉が最賀の顎を伝って落ちそうなので、陽菜はタオルで拭う。歯茎に優しい歯科大学教授監修の歯ブラシを徐に男は持ち直した。
「俺のシャツ着て、足出してたら……朝は特に目の毒だ」
「言い訳するのは、良くないと思います」
「俺がフラフラ上半身裸でいた時は、キャーキャー騒いでたのに」
「だっ、駄目です、最近は特にダメッ!!」
胃潰瘍とストレスのコンボ技で、痩せていた最賀は今や見る影も無い。適度に筋肉トレーニングを再開してからは、より一層陽菜は直視出来なくなったのだ。良質な高タンパクの食事と運動は人を変える。
引き締まった筋肉質の最賀の体は、熱い情交を思い出してしまう。溜息が思わず出るくらい、美しい男の体である。陽菜には無い、男性らしい体つきは羨ましかった。
ともあれ、そんな葛藤を知らぬ最賀は訝しげに見詰めた。
「こうやって悪戯されたくなかったら、おズボン履いてくれ」
大きな掌が服の裾から差し込まれ、薄い陽菜の臀部を撫でくりまわした。いやらしい手付きにビクッと反応して、陽菜は堪らず首を縦に振って観念する。
「わか、分かりました……から」
「宜しい。期待したか?」
じわりとショーツに蜜液が滲んだのを股下に感じ取って、無意識に足を内側に閉じる。頬を赤らめた顔で、きっと最賀にはバレているだろうが。
陽菜は誤魔化したくて、歯を磨いた後は直ぐにメイクに取り掛かった。顔の傷を隠す特殊メイクをしなくなってからは、ぐんと仕上げまで早い。化粧水と乳液を兼ね備えた保湿液は本当に便利だ。肌に仕込んで、馴染ませてから赤みブラウンのシャドウを瞼に乗せる。
最賀も隣で保湿クリームを適当に塗っている。確かに、肌艶はとても良い。男性もスキンケアは必要である。
「ふ、今日も可愛いなあ」
顎を持たれて、唇にキスが落ちる。離れ難くて腕を首の後ろに回して、二回目を強請ってしまう。爪先立ちで、乾燥した唇へ自分の唇を押し付ける。口と口がくっつけば、舌を絡められて深い口付けへと早変わりする。
「陽菜、これ以上は遅刻するぞ」
唇に噛み付いたくせに、平然とキスを止められるのは大人の余裕なのだ。最賀は顔を離して、腰に腕を回すと支度へ誘導する。その上手いやり方に、陽菜は時折臍を曲げたくもなるが、最賀の掌に踊らされるのが関の山だ。
むう、と膨れっ面をしても、最賀は効かない。くすりと笑って頬の肉を摘むだけだ。
服のコーディネートはお互いが決めるのは習慣づいている。最賀は服に無頓着で、決まった物を適当にルーティン組みをしており、陽菜が見兼ねて考慮する。最賀は世間一般ではイケオジの部類だろう。
毎度惚れ惚れして、ネクタイをゆっくり締めてしまう。目に焼きつけたいからだ。
すると、最賀は陽菜の服をあーだこーだ言いながら決め始めた。自分のことは二の次で、陽菜を可愛い服で着飾る。何でも似合うと豪語しては、真顔でオンラインショップで買い漁ろうとするのだ。
全て切り刻まれたのだから、これからは金銭面を考えずお洒落を楽しみなさい、と。陽菜は安くて丈夫、毛玉の出来にくく、着られれば良いと同じく無頓着だった。人のことは言えないのである。
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