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第4部 溺れる愛

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「──俺の方が血圧高いんじゃないか?」

「血圧高くなること、してるから今は……」

 腕に巻く部分のことを言うマンシェットを陽菜の上腕に巻き付けた。聴診器を肩にぶら下げた最賀は乾いた唇を舐める。

「最賀先生……裸で悪いこと、してる」

「山藤の服引っぺがして?」

「それもあるけれど……聴診器、冷たいです」

 触れた金属部分が肌に当たると、ひんやりする。腕が圧迫され、加圧していくと聴診器を当てて測定する。バルブを回して空気を抜き、測定を行う。最賀は軽口を叩きながらも真剣な顔である。恐らく挿入されたままバイタルチェックをされるのは、陽菜くらいだ。

「少し……我慢な?」

「せ、んせい……」

「ん? 血圧は若干、まあ許容範囲かな」

「我儘、だけど……ッ、ここ、切なくてぇ……」

 ひくひくと蜜壺は潤滑剤要らずで、最賀を求めている。腹奥が切なく、疼いて陽菜は堪らず吐露した。
 すると、最賀は瞬きを数回して、それから口角を孤に描いた。

 体勢を変え、密に感じる様になるのは秒読みだったのかもしれない。俯せにひっくり返されると、腰を高く上げて突き出す形になる。振動に合わせ内腿に力が集中し、体をテーブルに投げ打った。息遣いが、背中に感じる。避妊具の隔たりが妙に嫌で、陽菜は無理矢理首を横に向けて濡れた瞳で訴える。

 最賀は短く陽菜の唇へ啄むキスをした。ちゅ、と顔が遠ざかると最賀は眉を下げて見せたのだ。

「……直接繋がりたい、なんて俺が先に言ったら幻滅するか」

「私……だって」

「いいや、アンタは……俺の焦りに流されたって良い。だけど……」

「忠さん、のことを感じたいんです……」

 最賀は気持ちを汲み取ってくれたのに。息を呑んで言葉に詰まる最賀は、首を横に振った。言い出しっぺになれば、そんなことは無かったのだろうか。

 いや、何も変わらないのだ。どんなに愛していようが理性は働き、陽菜を守ろうとする。

「──言わされた、だけだ」

「違う、忠さん……わたし……」

「──愛してる」

「──え……」

「あい、してるんだ、アンタのこと……陽菜を」

 だから、此処から先の言葉は直ぐに求めていない。そう最賀の表情から読み取った。陽菜へ答えを押し付けたりせず、ただ男は待っている。

 最賀はぬぷりと抜くと、陽菜にもう一度掠れた声で言った。

 この男と出会ってからは、陽菜は良く人を愛するとはどういうことかと何度も考えてきた。愛は何を与え、影響し、生み出すのか。母から愛されず、離れから聞こえる笑い声と幸せの光。木漏れ日の様な愛情の温かみは、以前の陽菜には無縁だった。

 顔の傷すら慈しむ男の愛は大海原の様に広く、美しかった。それが、時々……陽菜を普通の人間に戻した。

 しかし、受けた暴力は深く山藤陽菜を刻んで、離さない。

 五年の月日、目を逸らしてきた物に向き合い、未来を考える様になった。隣で堂々と、胸を張って生きられる人間になることを。ただ、守られるだけの弱い自分とは決別したのである。

 五年ぶりに再会して気が付いたのは、人は弱い部分を隠すのが上手いことだ。最賀は特に、弱音を吐いたり他人の悪口を吐くことも無い。正しい大人としての在り方を示す。


 最賀の拠り所になりたい。


 一番近い場所で、彼を守りたい。


 これを愛と呼ばず、何と呼ぶのだろうか。


 陽菜は体をゆっくりと起こして、最賀の頬を両手で包んだ。

「私も……忠さんのこと、愛してます」

「言葉にすると重いだろう、だから──ん?」

「不安なことも悲しいことも、全部……忠さんとなら、乗り越えられる。でしょう?」

「……はああ……アンタ、殺し文句しか言わないな」

 最賀は溜息を大きく吐いた後、安堵からか声を出して笑った。眦の涙を拭って、一本取られたと肩を竦める。

 ぱちり、と避妊具を最賀は外した。怒張した熱杭が露わになる。血管が浮き彫りで、陽菜へ情欲を抱いていることが見て取れる。

 リビングから直結した寝室に布団を敷いて寝転がらせると、最賀は陽菜の足の間に入った。汗で濡れた前髪をかき上げて、吐息を漏らす。膝裏を持って、膝の内側にある傷痕に唇が触れた。

「──良いのか? アンタ……これは、初めてだろう」

「初めては全部、忠さんに貰ってもらう約束ですもん……」

「……はは、俺があげられる物なんて俺自身くらいだ。アンタに全部、やるよ」

 くぷぷ……と腰を進められると、余りの熱量に陽菜は無意識に涙を一筋流した。熱いのに、全身が最賀のものになったことを細胞が記憶している。嬉しくて泪ぐむ。

「ひ、……ッあ、う……っあつ、い……」

「悪かった、俺も初めてなんだ」

「えっ?! ウソッ?!」

 思わず、その衝撃的な事実に陽菜は肘をついて体を起き上がらせてしまう。首を傾げて、最賀は怪訝な顔をしている。

「嘘吐く訳ないだろう……」

「四十四年間も?!」

「色々傷抉ること言うなアンタは! 俺は、陽菜としか……その、まあなんだ、こうしたくなかったもんで?」

 ばち、と打擲音が艶かしく響く。急に行き交いを繰り返し始めて、陽菜は高い声で啼いてしまう。

「ふ、ぁあアッ!? あ、な、……そんなッ、壊れ、ちゃう」

「理性をすっ飛ばしてくれた陽菜さんは、バイタル問題無いんだし?」






 陽菜は意識を手放すまで、最賀の深い愛情を注がれたのだった。





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