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第4部 溺れる愛
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しおりを挟む「……これだけは今、伝えたい。アンタの意思表示も、行動も……全て心から誇りに思っている」
その言葉だけで、陽菜は十分だった。
臨時のおやつ休憩でこっそりと髪を結び直してくれたが、紐の長さは相変わらず短長とバラバラで。
それでも、最賀の優しさが身に沁みてカステラを頬張って誤魔化した。うっかり泪ぐめば、誤解を招いてしまう。陽菜は口の中の水分が奪われた後、ティーバックの濃いめのアッサムティーを流し込む。
「山藤、顔だけは可愛いもんなあ」
再びカステラを口いっぱいに詰め込んだ陽菜へ、頬杖をして三条はまじまじと陽菜の顔を凝視する。陽菜は童顔を隠す為に鉄壁の大人女子仕様のメイクを顔に施している。マスカラは塗らず、アイラインはインサイドに引き、アイシャドウも横幅を持たせて切長風だ。
結局、顔のパーツは変えられぬので、なるべく丁寧に落ち着いたブラウンを瞼にのせている。
三条の突拍子のない言葉に、ぼろ……とカステラのカスがテーブルに落ちてしまう。
「色々失礼かと思いますよ、この間のデート失敗したくせに」
「なんで俺がデートでやらかしたの知ってんだよ?!」
「えーだって面白い展開じゃない。マッチングアプリで知り合った女子と水族館デートして、珈琲買いに行った後行方知れずだなんて」
「詳細知ってるとか地獄?」
三条が元既婚者で子供を両親と育てているのは耳にしていた。父子家庭は未だに世間から風当たりも強く、特に三条は若くして苦労したらしい。授かり婚からの、母親との関係は日に日に悪化。最後は親権を取得するまで泥沼裁判だったことも。
父親が親権を獲得するには、それなりの犠牲も付き纏う。大方母親に利があるからだ。
小野寺は陽菜の持参した菓子折りを豪快に破って、早速マドレーヌを一口で放り込む。
続いてフィナンシェも後を追うかの様に口の中へ消えて行く。焼き菓子セットで人気店の物らしい。吟味した結果、最賀のアドバイスでフィナンシェ付きで数種類の味がある物を選んだ。プレーンやチョコレートのオーソドックスな味と、好みの分かれる宇治抹茶やオランジェ等を満遍なく。
ガツガツと飢えた獣の様にフィナンシェを食い荒らす三条へ、陽菜は苦言を呈す。
「私のこと、とやかく言うのなら一般的なエスコート術を学んだ方が良いと思います」
「三条君、どんまい。次あるわよ」
「バツイチ子持ちのシングルには荷が重い!!」
「タイプじゃ無くてもお子様を一番に考えてくださる女性とマッチングして下さい」
「辛辣な意見辛たん」
紹介文が悪いのかもしれない、と添削を求められたが丁重に二人はお断りした。
医療従事者で、特に田舎住みの人間は出会いが全く無い。横向けば、既に同年代がベビーカーを押したり仲睦まじく歩いている。都心部にはゴロゴロ出会いも何もかも落ちているが、田舎のマッチング率の低さ。
そして、残る人間の振り幅がえげつない。両親には早く結婚しないか、近所の知人は子供が生まれただの。とにかく外野が声高々に責めるのだ。
三条は一人娘はまだ幼いこともあり、あわよくば子供を受け入れてくれる女性を探しているらしい。小野寺情報である。ツンケンした印象が、徐々に払拭されたきっかけだ。三条は個人的な話は元々しないのである。
だから、恋人を探していると打ち明けてくれた時は正直嬉しかったものだ。
「あれよね、さっき田嶋さんの息子さん居たわよね。いっつも礼儀正しくて同業者だから痒いところ手が届く感じで良いわ」
「──田嶋、さんは」
「なんだよ、好青年で優良物件じゃ? アラサーなんだしとっとと平凡でも男見付けないと行き遅れるぞ。結婚子供出産、イベント待ってんだから」
そう、田嶋は地元や近所でも評判の良い好青年である。断罪案件でも起きない限り、その忌まわしい好評価は覆せないだろう。地元出身の生まれ育った土地で薬剤師として勤務する地主の息子である。
仕事の腕が確かなのも後押しして、死角が無いのだ。噂話も一つ無く、品行方正を謳った優等生である。
「アンタは居候前は独居だし? 早く彼氏居るなら既成事実でも何でも作ってとっとと籍入れろ! そんでもって鼠の国でマタニティーフォト撮ってハッピーオーラ全開で見せびらかせ!」
「……だから三条さんって、一言も二言も多いからフラれるのでは? ハラスメントですけれど」
「クソ山藤!! てめえっ!! 俺と年変わらないくせに!!」
「大体三条さんの御年齢知りませんもの!」
「健康診断のカルテ出した時に見てんだろ!!」
マタニティーフォトなんて夢のまた夢だ。虐待からの生還体験は、陽菜の人生を暗く堕とした要因である。子供を授かるイメージが、ぼやけてしまっている。子連れの患者対応する度にモヤモヤするのは、きっと親になる未来が全く見えないからだ。
良く、子供がいない貴女には分からないわよこの気持ち。
そう患者から言われる一つだ。
子供をいる、いない関係無く暴力は生まれるし、心情は個人差がある。これも立派なハラスメントだと、陽菜は思う。
不妊症や子供に恵まれなかった、子供を持たぬ人生を選択した人に向けての無意識の悪意だからだ。
その放った言葉が、人を殺す刃になることを自覚すべきである。だが、現実は上手く行かないものだ。理不尽の中で揉まれて、共存するのが人間という生き物であるのだから。
三条はおずおずと陽菜に、娘がいると明かした時の顔色を窺う姿を鮮明に覚えている。散々外野がやいのやいの言ったのだろう。
片親の肩身の狭さは、陽菜も良く知っている。
「──三条君は、山藤さんの四つ上よ」
「やっぱり、もう少し落ち着きある優しい育メンパパを全面に出すべきでは?」
「お前なあ! じゃあ俺が本気出したら娘と遊んでくれんのかよ?!」
「えと……本気も何も、遊ぶのは特に……問題無いのでは?」
「──え?」
「えっ?」
「お前、言ったな。残業したら見てくれよ? 俺がホルター心電図の説明してても!」
「職場に連れてくるのはアリなのですか?」
「まあ、見れる範囲なら」
「残業して時間遅れると保育士さんに、めっちゃ笑顔でチクチク言われるんだよ……親も足腰悪いから迎えお願いするのも気が引けるし」
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