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第4部 溺れる愛
4-4
しおりを挟む「アンタは、もう自分の人生を歩んで良いんだ」
「……忠さんは?」
「俺……は、雁字搦めにしてうんと若い女性に年甲斐も無く執着して大人ぶってる、ただの男だよ」
「うんと年の離れた男性の元婚約者に嫉妬した挙句喧嘩して、見苦しく縋ってでも繋ぎ止めたい、ただの女です」
「アンタなあ……」
「先生の隣に立てる資格が欲しかったから、五年間の努力の上に立ってます」
十六も年上の男性におんぶに抱っこにはならない。駄々を捏ねる子供には成り下がらず、己の手で切り開く。
これは、五年前あの夜行列車で別れた日に決意したことだ。
最賀は年長者に頼れと空気で語るが、納得する形にはならない。そうやって、陽菜は思考を放棄して堕落し、結果として最賀のキャリアを奪った形になったのだから。
「忠さんの足枷には……なりたくない」
下唇を噛み締める。苦虫を噛み潰したようだ。惨めで浅はかだった過去の自分を、抹消したくなる。
「──やっぱり、毎日此処に帰って来て下さい」
「──え?」
「そんで、毎朝俺がアンタの髪結んで、仕事して、美味いご飯食べて……温かい布団に安心して隣で眠ってくれ」
プロポーズとも受け取れる言葉の真意は、分からない。
具体的な未来予想図を最賀が明かすのは、決意の表明なのか。陽菜は帰ってくる場所が、此処であることを前提とした意思表示に頷くことしか出来なかった。
実家を手放すのも、地元の不動産屋へ話を通す必要がある。いつ売却出来るか先を見通せない中でも、最賀は寄り添ってくれる。陽菜の安らげる拠り所を誰よりも考える大人は、過去に誰もいなかった。
「……忠さん?」
それから、仕事で疲れ果てた男は、静かに死んだように眠ってしまう。陽菜の体にぴたりとくっついて、腕を背中に回すのだ。五年前と同じく、夜中に目が覚めると寝惚けながら陽菜の首筋に触れる。
恐らく、頸動脈に触れて生存を確認しているのだろう。命の灯火はいつ消えたっておかしくない。自然の摂理に反して、時々予測不可能に心臓が止まることもある。
だから、最賀は無意識に陽菜の首に指を当てる。とくりと灘らかな脈拍を確認すると安心し、また眠りに着く。一分一秒を争う医療現場での緊迫感。最賀は夢の中でも現場にいるのだろうか?
「……忠さん……愛してる」
好き、だけでは表現出来ぬ愛の大きさが雛の中で膨らみ続ける。君を愛している、私も愛しているわなんてテンプレートな会話はドラマの中だけだ。そのたった一つの言葉を伝えるのが怖い。
愛している。それが、本当に愛している人間こそ簡単には口にすることは叶わない。
警察より捜査報告が簡易的に済まされた。
やはり手代森の指紋が付着していたので、不法侵入及び器物損壊、暴行罪で固めると言う。
「……接近禁止令まで出ていたのに、良くもまあ」
そう、警察官がぼやいた。
手代森は弁護士を早々にまた依頼したらしく、相変わらず太々しい態度だ。だが、今度は余罪もあると見て捜査の範囲を拡大するらしい。最賀に集まって来た何人かの被害者スタッフは事情聴取に協力したと言う。
「都草総合病院理事長の長女、ハラスメントで告発か!!」
マスコミが挙って、都草総合病院を祭り上げたのは早かった。流石はハイエナの如く情報が出回り、週刊誌でも取り上げられる程だ。多くの被害者が告発し、被害を受け明けて病院の不祥事は揉み消すにも鎮火も出来ず。瞬く間に炎上騒ぎとなったのである。
休憩室にあるテレビで特集を組まれていたのを、三条と小野寺と一緒に見入ってしまった。
「手代森英世容疑者は昨日市内の診療所前で、知人女性を暴行し逃走。近くの住民に取り押さえられ現行犯逮捕されたそうです。同日知人女性宅に侵入し部屋中を荒らす等器物損害と不法侵入の罪にも問われ──」
「これ、山藤のことじゃん」
「告発した誰かのお陰で、被害者がこれ以上増えず世間様にも知ってもらえて良かったよ」
お取り寄せの茶葉で淹れた緑茶は熱々で、より報道を聞いて美味しく感じた。
「……悪霊成敗?」
「まあ、そうだなあ。正義は必ず勝つ……だな」
「マスコミに流して社会的に抹殺なんて、凄いこと考える被害者いるんだなー。ざまぁだけど」
ちらりと小野寺が緑茶に口をつけて最賀を一瞥したので、黙ったまま高級カステラを指で押し上げる。こんな口止め料ならば安いものだ。黙って指咥えて泣き寝入りなんて、御免だ。
──俺の陽菜を傷付けたんだ、社会的に抹殺してもまだ足りないくらいだよ。
マスクの下は、決して弧を描いていないとは限らない。
***
「すみません、お休みを長く頂いてしまって」
レセプト前に早目に復帰出来たのは不幸中の幸いか。
朝のカンファレンスで改めて深々と御辞儀をする。遅れを取り戻さないと、と思っていたら三条が腕を組んだまま顔を横に背けた。
約一週間ぶりの復帰。現場に離れた期間が短いのに、居場所であることを再確認する。変わらない景色と、親しいスタッフ達の温かい出迎えに頭が上がらない。
「ふん、俺は別に寂しくなかったけど」
「山藤さん、もう良いの? 此方としては出てくれると本当に助かるけど……」
「はい、抜糸で受診しますが診療所休みの日に行きますので」
「菓子折りなんて良いのよ。無理しないでね」
ただ、数日いないだけで受付周りは荒れ放題だった。混雑が続いたのか、最低限の片付けしか出来ていない。ボールペンは散乱し、コピー用紙の補充やファイルの不足等が見られる。整頓と物品補充からスタートし、予約確認。職場に戻って来たとじんわり実感する。
「おかえり、山藤」
顔を綻ばせて、デスクを片付けているのを最賀に目撃された。朝のカンファレンスで顔を合わせてから、まだ十五分も経っていない。白衣に身を包んで愛しい男が受付テーブルで体を乗り出している。
「ちょっと、知ってるから山藤! この循環器内科医、お前のこと心配し過ぎてモニター付けてたんだからなッ」
「──ああ、あのカメラですか?」
右へ、左へ無機物はカメラ越しで見詰める。親が子を心配し、過保護に育てるが親の心子知らず。陽菜には無縁の言葉で、それ以下の扱いだったからか最賀の提案は二つ返事で答えた。
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