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第4部 溺れる愛

4-1【告発した誰かの正義】

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「あの喪服の先生と上手く行ったの?!」

 電話の第一声は、右から左へと突き抜ける大きさだった。
 職場復帰まで数日間、念の為安静を余儀無くされた陽菜は暇を持て余していた。病人は大量の睡眠を取ると、ある日を境に目が冴えて昼夜逆転となる。陽菜にもやっぱり、それが起こった。昼間も眠ってしまうと、夜起きて概日リズム睡眠障害に繋がる。

 なるべく日中起きていられる様に、親友の桃原が電話を寄越してくれたのだ。
 最賀はあれから、ペット用のモニターを設置した。陽菜が心配らしい。動体検知機能が搭載されており、追尾するように陽菜の動きをカメラが捉える。

 これを機に腕時計型デバイスのヘルスケア管理も検討するべきか悩んでいるそうだ。ヘルスケア共有が出来る便利な世の中である。遠隔見守りの機能は家族や恋人を守るツールにも成り得る。

 最賀はあの日以来、極度に陽菜へ過保護となった。いや、これは陽菜の所為なのだ。手代森がどうしても許せなかった。女の戦いを繰り広げ、己の怒りをぶつけてしまったのだから。

 そして高熱に魘されたのも、一つの要因だった。悪夢を見たことで最賀の睡眠を阻害してしまったのに、責められたりはされなかった。寧ろ、打ち明けて欲しいと吐露されたのだ。

──今まで、一度も言われたことないから、変な気持ち。

 正直、戸惑った。試しに手を繋いでみようかと言った、名前も忘れた異性に面倒だと言われた記憶。更には田嶋と急逝した名ばかりの母親から女はこうであるべき、と口煩く聞かされた言葉だ。

 だから他人が煩わしいと思うものは排除すべきと、心得ていたのに。最賀は陽菜が捨てた物を拾い上げてくれる。

──だから、忠さんだけは……。私はどうなっても構わないくらい、あの人から守りたかった。

 姉弟喧嘩とは別物だ。憎悪と憤怒、嫉妬と汚い感情のぶつけ合いである。最賀の痛みを教授したかった。医者にとってキャリアを奪われることは、戦力外通告と同じ意味合いを持つのである。

「り、莉亜さん……声大きいです」

「御免なさい、あ、傷はどう? 縫合ナートした?」

「あはは、傷は縫いました。退院後のフォローアップと抜糸が待っているけれど、大丈夫」

「頭の怪我は軽く見ちゃ駄目だからね。現役のドクターが近くにいるなら著変があれば安心か……」

 最賀から口酸っぱく言われた内容を再度聞くのは不思議な感覚だ。最賀同様に、桃原も心配性なのである。

「……莉亜さんは、あれから大丈夫ですか?」

「──仕事、辞めちゃったんだ。父が手術オペだの、色々……あってね」

「何か、相談したいこととかあったら──」

「それは、私の台詞! だ……けど、多分父の地元に戻るかもしれない……たぶん」

 歯切れ悪く溢した言葉に重みがある。桃原の父は羽島出身者で地元らしい。陽菜がベンチで酔っ払っていた時に知ったことだ。

「ええっ?! 羽島に?!」

「まだ分からないけど……あの人、最近帰り遅いし、変だから」

「早坂先生はいつも顰めっ面では?」

「どうかな、隠し事するのは上手いから」

「また……入学金と学費勝手に払った前科あるので」

「そう、たかだか三百万とか言って! 庶民には三百万なんて大金なのに!!」

 そうなのだ。桃原の看護学校入学における学費全てを勝手に支払った前科がある。元職場である国際メディカルセンターで、桃原は全日制看護学校の授業後勤務は重労働だったのを覚えている。疲れが滲んだ顔で白衣を身に纏い、くどくど早坂に嫌味を言われる桃原の姿が見ていられなかった。

 元御曹司、経済的余裕のある歳上の男は、桃原の苦労が分からなかったのだろう。平気で横暴且つ空気が読めぬ言動しか振舞わず。傲慢な医者に成り下がった挙句、学費三百万は端金と言う始末だ。

 桃原はもっと、怒った方が良い。授業中の桃原に代わって陽菜が交通事故患者のカルテを敢えて床にぶち撒けて、反発し鬱憤は晴らしたが!勿論、日付順に丁寧且つ迅速に拾い上げ、背伸びしてキャスター付きの椅子に座る早坂を上から見下ろして。

──もう少しまともな言い訳したらどうですッ?!

 なんて、医者に楯突く程にチワワと呼ばれた陽菜は早坂に噛み付いたのだった。

「何を企んでるんでしょう? 御父様と二世帯で住むとか?」

「う……やり兼ねない」

「ふふ、早坂先生は義理堅い人ですから」

 桃原としても、身内が高齢で独居ならばなるべく近くにいたいだろう。二世帯ならば、尚更夫へ相談しなければならない。円満な関係ならば問題無いが、妻の家族または夫の家族と同居は中々ハードルが高くなる。

 陽菜も、田嶋との縁談で一番に出された条件は田嶋家本宅の敷地内での実質の同居だったからだ。正確には行き来出来る距離で、且つプライベートを蝕む監獄である。

──忠さんの御両親は縁が薄いけれど、お姉様とは会っているのかな?

 陽菜と弟達は隣の市に住んでおり、喧嘩前は月に一度以上顔を合わせていた。だが、最賀は地元を離れ、シングルマザーの姉とも複雑な関係なのは明白だった。会いに行かないのか、とは気軽に聞ける話題でも無い。

 特に陽菜の怪我もあってか、恐ろしく行動が慎重になっている。護身用のグッズが毎日届くまでからだ。防犯ブザーと催涙スプレーの携帯型は早速、陽菜の通勤用バッグに常備された。

「三週間後くらいに、また話したいことがあるんだ」

──三週間後?

「分かりました、その時伺いますね」

「──陽菜? 電話か?」

「あ、呼ばれたの……切りますね。メッセージ後で送ります」

「ふふ、お幸せに!」

 電話を切る。最賀は首を傾げて、ゆっくりで良いのにと言った。メールや通話履歴が気になるのかと思って携帯を無言で差し出した。だが、最賀は充電器を差し込んでくれただけだった。

 一度、とは言い難く何度か最賀には自然に携帯を渡したことはある。中を見ても疾しい内容は一切無いと。それでも最賀は瞬きをパチパチと二度して、終わった。

 陽菜の交友関係を詮索する気配も見当たらず。ただ携帯にもチャームが付いた犬型の防犯ブザーを取り付けたのだった。


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