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第4部 溺れる愛
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しおりを挟む「違います。黙ってられなくて、勝手に私が喧嘩しただけです」
「アンタなあ……俺が受け止めてなかったら、もっと……」
「……でも、先生が受け止めてくれたんでしょう?」
陽菜が倒れた後、最賀が受け止めてくれたらしい。怪我の処置も早く、頭部を打ったことから検査入院は確定だった。
幸いにも後遺症は無く、ただの脳震盪であった。手足の擦り傷や顔面の腫れ、若干抜けた髪の禿げは時間が解決する。頭部外傷で脳挫傷を引き起こしていないだけマシである。
最賀が小さく口を開いた瞬間。開けっ放しの個室部屋に入室した看護師はバインダー持って現れた。痛みは?と病棟看護師から常套句の様に尋ねられる。陽菜にとっては、痛みはマシであると言うのが本音であった。
あの時よりは痛くありません。
お母さんに殴られて頭を打ってから扉に指を挟まれた時よりも平気です。
一番痛かったことを記憶しているせいか、どう答えて良いか分からなくて。平気です、とへらりと笑みを作って答えていた。
最賀は面会時間のギリギリまで滞在してくれた。食事制限は無かったので、果物を剥いてくれる。柿の皮を剥く手がプルプルと震えているので、危なかったが。
ともかく、歪な種が残った橙色の柿を食べさせてくれる。剥いた物を、ぐいと口元に持って行かれるせいで食欲が無くても食べざるを得ない。口に含むとまだ甘味が少なくて早熟の物だと感じながら、最賀の窺う様子に笑みを溢す。
「あの、血液型……何型でした?」
「ああ、最近の若い子は血液型知らないのか……」
血液型を知らない若年層は意外と多い。輸血騒ぎにならない限りは大抵は重要視していないのか。陽菜は母から教わっていないので、今回の血液型項目によって知ることが出来た。
血液検査のデータは細かい文字が綴られている。うんと目を凝らしても、視界が時折ぼやけて上手く読み取れない。
「先生、これ渡されたのですが……。すみません、まだ少しぼやけてて」
何度か瞬きを繰り返した。残念なことにまだ、目が薄らとぼやけて見える。テレビのノイズの様なブレがあって、ピントが合わないのだ。
「んー……あ、B+型だな。-じゃなくて良かったなあ、輸血絡みになった時色々大変だから」
「B型……へえ、私初めて知りました。これで献血行けますかね?」
「体重もう少し増えてからだな、アンタ痩せてるし貧血起こしそうだから」
「血管はしっかり出てますよ?」
看護師からは、しっかり見える血管だと採血中言われた。桃原も採血で蛇行していたり細いと苦労すると嘆いたのを思い出す。血管は個人差もあるので、一発で採れるとは限らないと言う内部の事情も念頭にある。
Rh(RhD抗原の物質を持っている人がRh陽性で所謂プラス)を持たないマイナスが付くと、輸血が必要になった場合稀な血液型である故に血が集まらない。特にAB型Rh(-)は役二千人に一人の割合出る。※
供給量が減れば、必要な患者に行き届かない。故に良く駅前では献血センターが呼び掛けをしている理由はそこにあるのだ。
「うーん、もうちょっとポチャっとしてる方が俺的には安心する。強風で飛ばされそうだから」
「またチワワ……」
「ポメラニアンにはなれないぞ?」
「先生っ!」
陽菜がむっと顔を顰めて問いただすと、警察官が事情聴取にやって来た。防御創の有無や経緯、時系列を尋問の如くされる。爪の中の残留物を採取され、着ていた服は押収、更には傷痕の写真を何十枚も撮られた。
手代森の手には、陽菜の髪を引っ張って抜けた毛根が検出され、マイクロバッグには陽菜の肌が付着した結果DNAも。状況証拠だけで無く、通報した人々の証言も得られたらしい。
そして、加害者へ正当防衛が認められ、意図的に押し倒した挙句過剰暴行も証明された。脳震盪を起こし頭部に意識消失が起こるほどの衝撃をかけたのならば、暴行は医師も診断しただろう。腕にはくっきりとビジューの痕が残っていたのも、女性警察官が念入りに写真を撮っていたからだ。
事情聴取を終えると、最賀は再び顔を俯かせた。
「……アンタは目を離すと直ぐ突拍子も無く……。心配なんだ、四六時中離れたく無いくらい」
「……忠さんの代わりに悪霊退治出来たので、悔いはありません」
「あのなあ! 危ないことはしては駄目です! アンタそう言うところだぞ?!」
声を荒げたからか、ハッと我に返って徐々に体と一緒に縮こまった。最賀の大きな手が震えている。陽菜の手を握り締めて、その強い不安感が直に伝わる。
「周りを頼ってくれ……お願いだから……」
陽菜は最賀の額にキスを落とす。一人でいたら、どんなに孤独だったか。最賀を陥れた手代森が許せなくて頭より先に体が動いてしまった。意外と感情論なのだな、と妙に冷静になったのは心に押し込んでおく。
宥める手付きに、突っ伏していた最賀はじろりと陽菜を見上げる。
「反省は?」
「う、ごめんなさい。もうしません……」
「よろしい。小野寺さんがアンタのボディーブロー格好良かったって叫んでたぞ……」
「えへへ……最近見たプロボクサーの技思い出したので」
「えへへ、じゃない!! 反省してないなアンタ!!」
陽菜が成敗した動画が、患者達に出回っていたらしい。暫く武勇伝として、待合室で永遠と流されることになるのは知る由もない。
さて、自宅が荒らされていたのを知ったのは、事情聴取に来た警察官からの情報だった。倒された木製棚に、剥がされた畳。襖は穴だらけで、壁には赤いペンキで染まっていた。家電は全て破壊され使えなくなっており、無残な状態である。
黄色のテープで巻かれた実家は、最早別物だった。何十枚の写真からは空き巣を狙った盗難を装った様にも見られる。だが、金品は盗まれておらず、鑑識からも怨恨目的ではと疑念が挙がったと警察官から聞かされた。
指紋や掌紋、靴の跡等証拠が多く残っていたこともあり、捜査は確実に前へ進んでいるようだ。
「同一犯だと踏んでおりますが、念の為御家族や友人の家に」
流石に弟達の家に泊まる訳にもいかない。最賀は陽菜を引き寄せて、来なさいとだけ言う。その口振りは、同棲を曖昧にしたのをどうやら根にもっているようだ。
退院後は念の為最賀の家で療養を余儀なくされた。
「ああ言う人は、関心を持っているって思われると面倒なんだよだってさ」
検査では異常は認められなかったが、縫合した創部の抜糸の為受診する形となった。打撲や擦り傷で済んで、勤務には支障がなさそうだ。骨折や脳挫傷等の重症だったのならば、恐ろしい結末が待っていただろう。
最賀は陽菜の荷物を肩に掛け、腰を抱いた。まだふらつくことがあるので、支えが必要だった。頭も腕も足もガーゼに包帯だらけで、周囲の視線は痛々しい。
それでも、最賀の手は離れなかった。
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