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第4部 溺れる愛

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 俎板で野菜を黙々と切っていたのに、表情一つで言い当てられてしまう。最賀に散骨の件を詳しく話すべきか、頭が過ぎる。

 五年前も契約満了と言う名のに遭った。救急外来の当直だって、後釜になれば正社員登用制度を適用する話が出ていた。それなのに、あっさりと患者の痴女のもつれに巻き込まれて首切り御免である。

 母からの見合い話や、突然の転職活動等を全く相談せずにいたのも、最賀との関係が拗れた要因の一つだ。同じ轍を踏むのは愚行だ。それに、今は小さなことでも悩み事は明かすのは決して悪いことでは無い。最賀を信じているならば、話すべきでいる。

「……さっきの、話なのですが」

「うん」

 俎板に落としていた視線が、陽菜へ向く。真剣な眼差しだ。

「その、水曜日は母の……散骨、に行くんです」

「──そう、か。話拗れてるんだろう、弟さんと。だから決闘?」

 ぎくり、とした陽菜は最賀の予測の範疇だと知る。弟とは複雑な関係性でいることは軽く、話題に上がった程度だった。待望の長男が産まれたことで、陽菜の利用価値はうんと下がったからである。

 母が見向きもせずに、後継者を育てたかったのは山藤家の古い確執が背後にあったが。そんなことは子供の陽菜にとっては、理不尽以外何物でも無かった。

「喧嘩し慣れてないんだろう。取っ組み合いになったら、流石に止めるからな」

「ルイスがいるから、大丈夫です……たぶん」

「誰だルイスって人は」

「え……?」

 ──あれ?言ってなかったっけ……?

「俺より頼れる男がいるのか」

「まあ、ルイスは軍人さんなので……?」

 珍しく、眉間に皺を寄せて最賀は黙ってしまった。

 ルイスは屈強な体躯を持つ米軍基地所属の軍人である。日々鍛錬に励み、その強靭な肉体はジムでも注目を集める程完璧だ。力持ちなので、家具の搬入やトラックに詰め込む作業も快く手伝ってくれた。
 優しくて陽菜を風が吹いたら飛ばされる、と良くエスコートするので誤解されたことも屡々ある。

 だが、歴とした拓実のパートナーで、彼から見れば陽菜は義姉に当たる。

 最賀に話していなかっただろうか。喧嘩騒動になれば、仲裁した最賀が負傷すれば仕事に影響が出てしまう。
 診療所は最賀の代わりはいない。療養で一時的に休診するとしても、日々病気と向き合う患者の負担が増える。それだけは、避けなければならないのだ。

「何か……誤解していますか?」

「……いや、悪い。言い方に棘があったな」

「ルイスは、弟のパートナーです」

「ええと……ああ、そうか。俺が怪我したら診療に影響出るから、か」

「すみません、言葉足らずで。チャーターした船には近親者のみなので、その……」

「まあ流石に船の上で、他の遺族の前で喧嘩は無いだろうな」

 纏めていた髪が、一房頬に垂れてしまう。すると最賀はタオルで拭いた手で陽菜の耳に掛けてくれる。そのまま頬に掌が滑ると、その優しい手付きに、安心して委ねた。

 ごめんな、と眉を下げて謝罪をされるので慌てて訂正する。

「違います。私こそ、忠さんにもっと早く言うべきでした」

「陽菜の口から呼び捨てで身内以外の男の名前聞いたの、初めてで……動揺して」

「──もしかして、嫉妬……ですか?」

「嫉妬、だな……情けないな」

「し、嫉妬……」

 紅潮した顔は、生憎ズッキーニのヘタを切り落とすせいで塞がっている。隠せずに、ぱっと舌を向いて誤魔化そうとした。最賀が嫉妬でヤキモキするのは、とても嬉しいことだ。

 あの、何処吹く風で余裕のある大人の男が陽菜に嫉妬をする。急変対応時ですら、見せない男の一面が目の前にある。

「──下処理終わったら、覚悟してほしいくらいだ」

「えっ、覚悟……?」

「そんな顔されて、何もしない方がおかしいだろう」

 その言葉の通り、煮込む過程に入ると陽菜は十分前の行動に後悔した。いや、一瞬だけだが嫉妬に狂った恋人に感情的に欲をぶつけられるのを期待したのかもしれない。

 じっくりと煮詰めてから、今回は市販のカレールーを入れて仕上げるらしい。調合したスパイスでは好みが分かれるからだ。最賀が中辛のルーを細かく刻んで鍋に投入するのを見届けて、くるりと踵を翻す。男の双眸の奥から、微かに獣欲が湧いた炎が散らつく。

 情痴に溺れるほど、決して淫乱な女では無い。

 と、断言したかったが。この男の前では煩悶する素振りすら、許されない。




「あ……あ、しが」

 華奢な肩が、震える。微かな期待に。

「俺の肩に引っ掛けられるか……そう、良い子だなあ陽菜」

 最賀は足の間に潜り込むと、右肩に陽菜の脚を掛けた。片足だけ抜かれたデニムパンツはだらしなく中途半端に脱げている。露わになった太腿から伸びる脹脛に唇が触れる。肌をやんわりと食むから、思わず反射的に声が出てしまう。

「良い子は、こんなこと……明るいのに……ッ」

「そう言いながら紐の下着履いて来て、真っ昼間から俺のこと誘いたかったのか?」

「ち……が、います」

 言葉に詰まった。否定したくせに、本当のことだったからだ。柄にも無くセクシーな下着を身に付けた罰なのか。いや、デニムパンツは体のラインが鮮明になるから下着の線が出ないようにした配慮であった。それが裏目に出るとは。

 服に合わせてイエローのTバックにしたのは、失敗だったのか。目を瞑って、耐え忍ぶ。向日葵が咲き誇る季節ならば、ビタミンカラーの下着だって履きたくなる。

 鼠蹊部には簡単に外せる下着の留め具があるのに、見向きもせずに最賀は吐息を態と見せ付ける。その艶麗な戦略に屈しては、思う通りに舐られる羽目になるのに。

 陽菜は息を殺して、足の間でギラギラと獰猛な目を持つ男の同行を受け入れたくなる。

「──そう。暑いし、通気性の問題? それとも、趣味か? それなら歓迎だが、職場では履かんで欲しいな」

 くっと、ショーツを指で引っ掛けずらすと蕩けた秘所が丸裸にされた。濡れそぼって蜜液が涙を流している。陽菜の方は泪ぐんで、唇が敏感な所へ触れて舌が這う感覚に羞恥を覚えた。

「はぁ、しながら、喋っちゃ……いや」

「凄くびしゃびしゃなのに、良く言うよ」

「忠さんの意地悪」

「我慢して来たツケ? 嫌いになったか?」

「嫌いじゃ、ない……ッ!」


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