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第3部 あの恋の続きを始める
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しおりを挟む「小野寺さんが電話取って下さったり、すみません……あの、とても助かりました」
「えー! 電話取るだけじゃないの! 何もしてないわよ、ねえ?」
「そうよお! やれる人がやるんだから! それにトランスとか手伝ってくれるからこっちも有難いわ。腰がねえ、最近爆発しそうでね、この年だから」
パートの嘱託看護師も同じく口を揃えた。年齢層の高い職場では、車椅子移乗も負担が大きい。医療従事者側も、体の不調は出てくるものだ。コルセットを巻いているのをロッカー前で見掛けてから、陽菜は手が空けば手伝う様にしている。
これも、以前勤務していた国際メディカルセンターでの経験が活かされているのだ。桃原は支持基底面から教えてくれたので、手摺を使った移乗方法も此処では役立った。
「ぎっくり腰は馬鹿に出来ませんからね」
「体が資本だからね! 最近は仕事慣れた?」
「はい、皆さんが優しく御指導して下さって」
「若い子育てるのも年寄りの楽しみなのよー」
「あら、私はまだ若いわよ。現役ですもの」
外来は珍しく、薬や注射だけの患者がはけたので、がらんとしていた。パートの看護師も補充を終えて、会話に参加する。彼女達は仕事の合間に話すのも、コミュニケーションの一環で楽しみの一つである。
「山藤が来てくれて、小野寺さんが荒れ狂う回数が減ったから貢献度に比べたら?」
「そうそう、小野寺さん派遣事務に電話番サボったとか、予約ダブって取ったのド詰めしたり、最新の検査データ貼り忘れとか色々言ってたじゃ……」
「三条君? ちょっとカルテ庫来なさい?」
「遠慮します」
「遠慮しなくて良いのよ」
小野寺は三条へ厳しいこともあるが、正義感溢れる看護師の鑑だ。患者に寄り添う看護、スタッフが働きやすい環境作り、報連相の徹底。長年飯田診療所を支えるスタッフとして、とても信頼出来る女性である。
「すみませーん、初診なんですけど……」
「こんにちは。はい、良ければ此方にどうぞ」
新患が手動のドアを開けて来院する。追って、何人か再来の患者もまとまってやって来たので、陽菜は業務に戻ったのだった。
***
ばたん、と不穏な音がした。
昼過ぎの、午後開始で扉を開放してから四十分。受付の前で男性の患者が倒れた。陽菜は急いで駆け付けて、頸動脈に触れる。脈拍を感じず、呼吸も停止。
「小野寺さんと、先生呼んで下さい! AEDも!」
パートタイマーの事務員に指示をして、陽菜は直ぐに心肺蘇生法を開始する。
胸の真ん中に、片方の手の付け根を置き、もう片方の手を上に重ねる。肘を真っ直ぐに伸ばした状態で5~6センチ沈む様に圧迫。圧迫との間は胸部が戻るまで十分解除するのがポイントだ。
──大丈夫、落ち着け。焦っても患者さんは戻ってこない。
直ぐに救急カートと共に小野寺現れる。流石、実務経験三十年の猛者だ。行動が早い。状況を時系列に沿って的確に報告をする。
「患者の三輪さんが、急に倒れ頸動脈触知出来ず、呼吸無し、十五時三十二分CPR開始しました」
「うん、胸骨圧迫出来てるよ、そのまま続けて」
小野寺は一瞬、陽菜が胸骨圧迫をしている姿に驚いたが直ぐに物品や薬品を準備する。
胸骨圧迫は、世間で知られている所謂心臓マッサージだ。動いていない心臓の代わりに血液を臓器に循環させ、酸素を脳に送り込まなければならない。
一分一秒を争う中で、とにかく早期発見、早期対処が必要である。CPRの重要性は自動車免許受講時でも勉強するくらい、大切なのだ。
「状況は?」
「三分前に倒れ、直ぐにCPRを山藤さんが開始してくれました。AED準備します」
呼吸を補助するアンビューバッグを口元にもう一人のナースも到着し行う。
「DCやるぞ、離れたか?」
AEDの装着が出来ると、心電図チェックではショックが必要と入る。最賀は全員に離れるよう指示をする。アナウンス後、ショックを与える。反応無し。直ちに続ける。
その間静脈確保をし、小野寺が最賀の指示で薬剤投与をする。
「分かった、アドレナリン1mg iv」
「はい、アドレナリン1mg 投与しました」
「ありがとう」
追って三条も来るが、顔色が青褪めており動揺している。AED施行や、投与した薬剤の時系列等を記録へ書いてもらう。
陽菜の腕は最早限界に近かった。胸骨圧迫を三十回・人工呼吸若しくはアンビューにて酸素を送り出すことを二回のサイクルで行う。医療従事者でも、連続して同じパフォーマンスをするのは疲労の蓄積で不可能に近い。
はあ、はあ、と陽菜は懸命に胸骨圧迫を止めなかった。指示があるまで、基本的には傷病者の反応が戻るまで止めてはならないからだ。
救急隊の到着まで、数分あるらしい。陽菜は必死で行う。予断は許されない。汗を拭う暇も無く、ただひたすら自分が出来ることをするまでだ。
「三条、心マ代われ」
「え……」
「大の男でも心マは体力的に永久には出来ない」
最賀が陽菜の大量の汗を見て、助け舟を出してくれる。タイミング良く、瞬時に代わる必要がある。陽菜はカウントをしながら、三条へ伝える。
「三十で代わります、二十八……二十九……三十、お願いします」
三条にバトンタッチをして、陽菜は急いで患者の診察券を確認する。受診歴があったので、データをコピーしたり救急車のサイレンの音が聞こえる。
「患者さんのデータコピー後、救急隊の誘導します」
「うん、ありがとう」
救急隊が円滑に通れるよう、玄関扉を開けて傘立てや消毒液のスペースを退かす。救急車が目の前の駐車スペースに停まると、ストレッチャーを押しながら来てくれる。陽菜は誘導して、最賀へ伝えた。
「七十代男性、診察待ちの間に突然意識消失し呼吸・脈拍反応無し。直ちにCPR開始しDC二回施行、左前腕二十二ゲージキープ、使用薬剤だが……」
患者をストレッチャーへ運ぶ際に、患者の散らばった荷物を纏めて、救急隊へ全て渡す。データや記録を最賀に手渡すと、救急隊が医師の同乗を求めた。
最賀の指示の元、陽菜は患者の家族へ搬送先に向かう様簡潔に連絡を入れる。
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