戀の再燃〜笑わぬ循環器内科医は幸薄ワンコを永久に手離さない

暁月蛍火

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第3部 あの恋の続きを始める

8-1【夜明けは必ずやって来る】

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「心窩部の痛み……ですか。はあ、なるほど」

「念の為、血液検査と超音波もしましょうか」

 最賀の気怠げな口振りを真似しつつ、陽菜へ愚痴を溢す三条は暇さえあれば陽菜にちょっかいを出して来る。

「俺、似てね?」

「似てません。断じて。仕事して下さいますか?」

「はあー? カルテ持って来てやったのに?!」

「検査が終われば会計にカルテ流すのは普通です」

「可愛くねーなお前! 女なら、ニコニコ愛想振り撒けよ」

「嫌です」

「カーーッ!!」

 試用期間が過ぎて、やっと陽菜は職員の一員として正式に迎えられてからは怒涛の外来診療をこなしていた。

 月の初めはレセプトで忙しなくキーボードを叩きながら印刷した患者情報の保険証番号や入力情報のチェックも兼ねて、捌く。いっそのこと、全自動マシンにでも成り果てたかったくらいだ。

 三条とは、カルテ事件からは付かず離れずの距離感であった。陽菜が言い返すタイプの女であることを理解したらしく、時折姑息な意地悪はあるものの、この一週間は静かだ。
 何を企んでいるかは不明だが、陽菜は此処ぞとばかりに畳み掛けたいと逆に攻め時を見計らっている。

「たかが痛みの訴えでエコー依頼アホみたいに入れてくるのやめて欲しいわ。こっちにも都合があんのに」

「三条さんのお仕事ぶりを信頼してらっしゃるから安心してオーダー飛ばしてるのでは?」

「はあ? 忙しいの、俺は!」

「忙しいのは他の方も同じです。見て下さい、小野寺さん。汗だくです」

 小野寺は首にタオルを巻いて、汗を何度も拭っている。空調はしっかり効いているはずだが、他の要因もあるのだろう。更年期症状として、顔が特に熱く感じて汗が止まらないのかもしれない。

「ホットフラッシュでもなってんじゃね?」
 ※ホットフラッシュ=上半身がのぼせたり、汗が止まらない症状のこと。更年期障害の代表的症状でもある。

「な?! 最低ッ、デリカシー無い方!」

「はあ? お前何偉そうなこと言ってんだよ! この減らず口はこうしてやるッ」

「な、なにひゅんですかぁ!」

 陽菜は頬を急に三条の厚みのある手で引っ張られた。腹が立ったので、陽菜もやり返す。ぐん、と頬を横に引くと、意外にも伸びる。面白くてどれだけ伸びるか試したくて、加減しながら引っ張った。

「あっ、馬鹿ッ、俺のほっぺ伸び……何す……」

「このっ、お餅みたいに伸びて仕舞えば良いです!」

「えーと……仲良く……なったのかしら?」

『仲良くなってません!』

 小野寺が呆れた声で、陽菜達の引っ張り合いを見詰めた。声が三条とハモるなんて、正直迷惑以外無い。仲良しとは言い難い関係であるのに、変な誤解を招かれるのは避けたかった。

「あんまり山藤ちゃん虐めないでよ。待望のジモピーの事務ちゃんなんだし」

 ジモピーとは、地元民であることを指す。

「地元民?」

「私、地元! ですから!」

 ふーふーと、息を荒げて威嚇する小型犬ばりの警戒心で陽菜は三条の手を振り解いて睨み付ける。

「──何処?」

「……美沢です、が」

「マジ? 俺は通研近く。車で来てる」

「え? あのT字路で地方ナンバーが寄らずに信号変わる所?」

「ガチの地元民じゃん……」

「何なら飯田先生のお住まいも存じ上げてますから……最初に私、地元だって申し上げました」

「え? 知らんわ」

「やっぱり、三条さん……苦手です」

 陽菜がそっぽを向くと、一つに結いた髪が揺れる。今日の髪留めはダークネイビーのレースで編まれたシュシュだ。ビーズやビジューは引っ掛けたりして散らばると危ないので、飾りは最小限だ。
 シュシュは髪を団子にする時にも適しているので、最近は特に重宝している。

「話聞かない男はモテないわよ、だからフラれるんじゃない。車いじりが好きな男は自分語りばっかりだし」

「小野寺さん、古傷抉るの得意技?」

「カルテ……あれ? 何かあったか?」

 受付に三人で集合していたので、話し声に呼び寄せられたのか最賀が様子を見に来る。

 長めの丈の白衣は、リネン類と一緒に業者へ出した物だ。戻ってきた物は皺一つなく綺麗なので、直ぐに分かる。
 ラックに掛けたまま忘れてしまうらしく、偶に陽菜がランドリーボックスへ入れて、新しい物を用意しているのだ。

「えーと、あ……先生、この間はご馳走様でした」

 つい先日、陽菜の歓迎会があった。地元の漁業組合が経営する小ぢんまりとした飲食店で、診療所の職員全員が集まる。陽菜は歓迎されるなんて、正直驚いた。

 なんたって、新人はお荷物であるのだから。地元民が入職してくれるなんて、願ったり叶ったりだから大目に見られているかもしれないが。

 意外だったが、最賀が陽菜にはもを御馳走したくて吟味し選び抜いた店らしい。小野寺が声高々に吹聴するので、最賀がじろりと睨み付けていたのを覚えている。

 ふっくらとした身の鱧は湯引きされており、梅味噌で食べるのが好きだと言う。わさび醤油か柚子胡椒でしょうと小野寺に食ってかかられると、たじたじな様子で箸置きを紙で折りながら言い返す。関西方面出身なのだから、大目に見てくれ、と。

 郷に入れば郷に従え。小野寺はまず陽菜にわさび醤油を勧める。
 年功序列には逆らえない。その圧に気圧され、陽菜は小野寺の指示を優先した。

 隣で見守る最賀の瞳には薄らと哀愁漂うものを感じだが、心の中で謝るしかなかった。

「いやあ本当に山藤さん来てくれなかったら派遣さん入れて回すところだったのよ。ほら、うち辺鄙な所にあるし……」

 美沢にある飯田診療所はバス便なので、求人を出しても通勤時間がネックである。その為、人材確保は困難極まりないのが現状だ。

 そして診療所は少ないスタッフで、限られた時間内に来院した患者をとにかく回してナンボである。子育て中のパートタイマーの事務員が、急に病欠で休むことも屡々ある。

 事務一人では到底こなせないと、電話を置いた時途方に暮れたこともあった。だが、小野寺は受付業務や電話対応も手伝ってくれるので、本当に感謝しか無い。

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