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第3部 あの恋の続きを始める

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 最賀も都心部にある総合病院から、田舎の町医者へなったのだから訳ありだと見做したのだろう。

 陽菜でこそ、一度地元から出たのに舞い戻って来たからか良い印象は与えていない。何かしらの問題が生じたから、慣れ親しんだ土地で再出発をしようと目論む人間だと決めつけられている。

 陽菜の年齢からしたら、地元では子供の一人や二人は既に出産しているケースが多いので、余計誤解を招いていた。扶養は無し、に丸があるのも違和感しか無いと騒ぎ立てていたのを耳には入っていたからである。

「気にしないでね。前いた子にもああやって突っかかってたし……」

 小野寺は苦笑して、三条の太々しく態と摺り足で音を立てて院内を歩く後ろ姿に一瞥した。
 陽菜は眉を下げて、大丈夫ですとだけ答える。

「どうせ辞めるって思われるのも仕方が無いですから……」

 口ではそうフォローを入れつつも、陽菜は特に気にもしなかった。年を重ねる毎なのか、神経が図太くなったことで若干は生きやすくなった気がする。

 ──早坂先生の恫喝の方が、正直破壊力あったからかな?いや、あの人は物理的にも凄かったし。

 前職で最初に対峙した、早坂善次というモンスターの方が遥かに凄まじい威力を持っていたからだ。

 目の前で新人クラークを解任するとまで電話を掛けようとしたくらいの剣幕だったし、何より陽菜を暫くは敵視していたからだった。あれに比べたら、まだ三条はかわいいのである。





 そんなことを思っていたが、嫌がらせはスタッフが見ていない中で起きるものだ。





 女同士のイビリ合いや蹴落とし合いとは違い、男からの意地悪は特に陰湿であった。やることがエゲツないのだ。
 カルテが回ってきたので、普段通り会計に進めると患者から検査は?と尋ねられたのである。

「──あれ? 失礼ですが、エコー検査はもうされましたか?」

「まだしてないよ。なんでお会計なの?」

 ──なのに、カルテ、回ってきてる。なんで?

 基本的には検査が終了してから、カルテは会計カルテボックスに戻ってくる。手渡しか、ボックスに戻るのが一般的である。
 だが、陽菜の手元には無いし申し送りもない。情報の行き違いかもしれないが、共有していない事実なのでそれは除外出来る。

 恐らく、三条の嫌がらせなのだろう。未検査の状態で会計処理をして、後に発覚させようとして陽菜の評価を下げて失態を責めるつもりだと。

「おい、なんで会計しようとしてんの? まだ終わってないのに勝手なことするなよ」

 陽菜の予想は的中した。三条は陽菜を敵視している。偶然にしては出来過ぎた嫌がらせである。

 ──これ、態とだ。態と回して来たんだ。

「失礼致しました。三条さんと患者さんが気付いて下さったお陰で、御足労をお掛けせずに済みました」

「え、ああ……気を付けてほしいよ。全く……はい、検査に行きましょうか」

 陽菜は心を普段以上に落ち着けさせた。平穏を保つにはエネルギーが必要だ。だが、こんなことならば瞑想やアンガーマネージメントを受けるべきだったと思った。

 それからは何かと度重なる嫌がらせは続いた。ちょっとした意地悪は積もれば積もる程、ストレス指数は上がるものだ。

 動線に物を置いて躓かせる、ゴミをばら撒く。受付に設置したゴミ箱の中にエコーで使用したジェルで汚す。
 更には、退勤時刻が過ぎて鍵閉めの当番でないのに態と居座る。そうやって、陽菜の予想を遥かに上回ることばかりを三条は次々と仕掛けていったのだ。

 そのやり取りを小野寺が宥めて、解散と言う流れがルーティン化されつつあり、陽菜は頭を悩ませた。存在が気に入らないのだろう。
 新人は直ぐに辞めると言う固定概念に囚われただけでは無く、何か他の要因もあるのかもしれない。

 陽菜は入職してから二週間、毎日の様に洗礼を受けていたのであった。朝起きると三条が陽菜を馬鹿にした顔が直ぐに浮かぶくらい、精神的にはやや参っている。

 あの舌を出して挑発する姿は何度も思い出しても虫唾が走る。我慢強い陽菜でも、流石に堪忍袋の緒が切れそうだった。

 この日は患者が捌けるのが早く、ごった返しの外来時間とは裏腹に珍しくスムーズに午前の部の診療を終えることが出来た。

「弁当ご馳走するから、選んだら注文してくれ」

 最賀がご馳走様するらしい。

 デリバリーや近所の古びた定食屋のチラシを何枚も抱えて小野寺が満面の笑みで広げた。全員分の希望を聞いて注文する。
 最賀のお財布から出すと言うことで、皆が好き勝手頼む。焼肉弁当にする、と三条が直ぐに名乗りを上げる。

 最賀は和食御膳にするらしく、付箋に小さく円の中に最と記載されていた。各自海鮮丼や生姜焼き弁当等を希望し、陽菜は迷った末にオムライスにした。

 とろっとろの半熟の卵にケチャップライスは絶妙で、実は陽菜の大好物だ。落ち込んだ時や景気付けに良く英気を養う為にオムライスを頼むのである。

 代表して陽菜が電話を掛けた。軽快な口調で、どうも!と店主が出る。ちょうどお昼時だったので混み合っていたものの、十三時半くらいには届いた。

 午前中の会計チェックを終えて、両替も問題無く済みそうだ。小銭が足りない場合は、大抵近くの銀行で万札を小銭や千円札に両替する等の作業もある。
 近年はキャッシュレスで、クレジットカード払いが出来る病院も増えた。

 生憎、飯田診療所は現金のみの対応だったので田舎でのキャッシュレス普及率の悪さを改めて感じたのだった。
 休憩室に戻ると、皆んなで弁当を各々広げていた。ただ一人、医局に戻った最賀以外は。

「──あ、箸混ざってた」

「私、私に行きます。ご馳走して頂いた御礼もまだでしたので」

 箸とおしぼり等が一つ多く、誰もが行き渡っていた。きっと最賀の分が紛れ込んでいたのだろう。

 陽菜は小さな手提げバッグにこっそりと保温ポッドを忍ばせる。と言うのも、弁当には汁物はついていないと思って和風の野菜スープを持参したのである。

 もし、タイミングが合えば最賀に渡せるかもしれない。そんな淡い期待を陽菜は抱いてしまった。

 最賀は見るからに五年前よりも痩せた。背中に回した時に感じた、違和感だ。胃潰瘍になった経緯があるなんて、後に聞いてから余計食生活をどうしているか心配になったのである。
 踏み込むべきことなのか、その判断は難しいが食べ物には罪は無い。

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