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第3部 あの恋の続きを始める
5-8 ※
しおりを挟む陽菜は腕を一纏めにされて、腰をぐっと足の間に入れられる。すると、大きな雷が近くで落ちたのか、停電した。
「────停電?」
時折ピカッと雷鳴の如く光ると互いの姿が映し出される。陽菜の肢体は汗ばみ、真っ白い美しい肌は晒されて画商が息を呑む程の芸術的な艶かしさだった。
律動が開始されると、膣内を掌握した男は熱を貪る。陽菜の長い髪は畳に広がって扇状の様に靡く。
静寂の中に、最賀が与える打擲音と水音が響き渡る。全身の毛穴がぶわりと開き、打ち付けられる度に強い快楽に陽菜は飲み込まれていった。
「はぁあ…ッ、あ、ぁ、あ……っはぁ、んッ、そんな、揺さぶったらッ」
びくりと括約筋が引き締まって、丸い臀が少し浮くと腰を押し付けて収斂させる。高みに登った陽菜は甘い嬌声を上げた。暫く断続的に中を畝らせて余韻が解けると、脱力する。
男は陽菜の手首から離すと、覆い被さった。隙間なく肌が密着すると二人の汗が混じってじわりと湿る。
陽菜は男の背中に縋る。肩甲骨に手を伸ばすと、背中のラインの肉付きが五年前と異なるのを知った。
暗闇の中で手探りに男の体に触れると、肩から脇腹にかけて大分痩せた気がした。理由は聞けなかった。
陽菜だって、一時期は痩せたり太ったりを繰り返して、母の見舞い等身の回りの世話で随分と寝付きが悪くなり酒に頼ったからだ。
幸いにも陽菜の周りには、頼れる友人や先輩がいたお陰で浮上出来たが、殻に閉じこもったままだった五年前の自分であったらきっと酒に溺れ、抗不安薬と共に生きていただろう。
「色々聞きたいことがあるんだろうが……俺も今はなにも言わない」
「……私、たち、大人になったから?」
「はは、そうだなあ。でも、無理矢理こじ開けても良いぞ?」
「それは……また、今度で」
時間はある。そう思いたかった。直ぐに事を進めて、この関係を乱暴に扱いたくなかったのだ。
陽菜達は互いの首を絞め合って、破綻している。双方に婚約者と、見合い相手と言う王者の駒が揃っていたのに、崩壊地点まで来ていたのを無視した結果だった。
陽菜は早坂に愛人か、と尋ねられた時、瞬時に否定が出来なかった。世間一般では結婚予定の女性の二番手は愛人か浮気相手であるからだ。
仮初の婚約者でも、所詮はこの立ち位置に居たのは、陽菜だ。
最賀がキャリアも立場も捨てる覚悟で連れ出さなければ、陽菜だけを愛していると言う証明にすらならなかったのである。
それでも、陽菜は最賀に積み上げた功績を捨ててほしくなかった。
患者を救える人間は一握りだ。免許、技術、経験、柔軟性と培った物を陽菜と言うちっぽけな存在の為に投げ捨てるのは横暴な方法である。
だから、今はフラットな状態で良かった。
どうして陽菜の地元で再就職をしたのか。葬式場を知っていたのか、だとか。
そんなことは小さなことで、これからのことを話すには余りにも陽菜達は時間を掛ける必要があった。
今度は、差し支えない程度に元気にしていたかと尋ねよう。食事はインスタントラーメンばかりだったか、なんてまず一歩ずつ進めて行きたいと陽菜は背中にぎゅうとしがみついて考えた。
「……陽菜?痛かったか?」
「違います……忠さんと……くっついていたかったから」
「──俺も、そう思っていた」
そうやって、言葉を飲み込んで、嚥下して腹に溜め込む。終わらない夜が来れば良いと、この男の前では何度だって願ってしまう。
陽菜はぼんやりと快楽で朦朧とした頭で思う。知らぬうちに雨足が止んでいることを。
────そう言えば、いつも先生と会う時は……雨が降っていることが多いなあ……。
微睡みの中に訪れた幸福に、陽菜は涙を一筋流して最賀の腕の中に閉じ込められて行った。
***
人を見送るのは、慣れないものだ。
すっかりと降り注ぐ雨は止み、家の周辺は水溜りが出来ている。雨上がりは特に、湿気に包まれ肌がじとりと嫌な汗を生む。
それが妙な拭えぬ不安感に繋がるから、陽菜は虹が綺麗に差そうとも、雨上がりは大嫌いだった。
それならばいっそ永遠と恵みの雨を降らせれば良い。パーマや天然の癖毛の人達には悪いが、陽菜は雨が降れば人間の醜さや卑しさを少しでも隠せる傘となると思っている。
ともかく、最賀をまた見送るのが心底ストレスを感じていた。雨が身を引いたのも嫌気が差したし、何より愛しい男と次会うのは公私混同厳禁の、緊迫した医療現場である。
陽菜の集大成がそこで評価は決まるし、五年間が本当の空白になるかもしれない。
最賀の一挙一動が気になるのは、陽菜だけではなかったらしい。
脱いだ服をもう一度着直した男は、背中が悲壮を物語っていた。緊張と、不安、そして恐怖。陽菜と同じ物を男もまた抱えているのを知る。
陽菜は最賀の背中に抱き着いた。この大きく勇ましい男の背に縋る度に、五年前の弱い自分ばかりを思い出す。悔しさと覚悟が出来なかった自身の脆さが憎くて仕方がなかった。
それでも、今陽菜は愛しい男の前にいる。
「──十五日からだな。待ってる」
「緊張、します。迷惑かけないかなとか」
「最初はまず出勤するだけで偉いんだぞ」
「……忠さん」
「ん?」
最賀は雛が渡した靴べらで革靴を履く。自転車を急いで玄関へ入れていたのは正解だった。錆び付いて車輪の動きが悪くなっても困るからだ。
この五年間で言葉にすることの大切さを知った。陽菜は振り絞った声で最賀へ精一杯の愛を紡ぐ。
「また……会えて、嬉しいです」
「俺もだよ。初日の鍵開けはナースがやるって言ってたから……気楽にな?」
約束は、無かった。それでも最賀と同じ現場で働ける喜びと、再会に心は震え上がっている。
ただの非常勤事務員で、非力だった二十三歳の頃の山藤陽菜はもういない。最賀の邪魔になったり、足枷にならないよう慎ましく、役に立つ為に。
────もしも、全部曝け出せる日が来るとしたら、きっと罰が当たるのだろうか。
────先生が……、忠さんはどうして……こんな田舎に来たの?
美しく、時に恐ろしい戀と言う概念に囚われず、自分以外の誰かへ擲つ覚悟を持ったとしても。伝わらない想いがこの世の中には闇に溶けて消えて行く。
泡となれば良いが、きっと、いつまでも纏わりついて離れないのであろう。
それだから、人は愛することをやめられないのだ。
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