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第3部 あの恋の続きを始める
4-5
しおりを挟む陽菜達が食卓を囲んで、各々丸い寿司桶に煌びやかな光物から大トロまでが並ぶ。
友人達と食事を何度もしたことがあるのに、母とは指折りの数える程度しか無いのが不思議であった。遺影からじっと睨みを効かせる双眸が、陽菜をいつまでも可哀想な子供にするのだ。
美味しい寿司が目の前にあるのに、酢飯が喉を上手く通ってくれない。陽菜がギクシャクと不自然な食べ方をするのを、早坂は溜息を態と大きく漏らした。
「親が死んでも縛られてて、可哀想なヤツ」
早坂は吐き捨てる様に、陽菜へ曇った声で憐れんだ。苛々したのか、席を立って平然と遺影の額縁をぱたんと倒した。
その視線から逃れられて、ほっと安堵してしまって、それもまた罪悪感を抱く。
「あのさあ、幸せな家族って全員に当てはまるわけ無いんだよ」
その通りなのだ。親が皆んな子供を愛しているとは限らないし、望んで授かったとも。
テレビ越しに憧れる幸せで温かい家庭が全員に当てはまることはない。
虐待されて亡くなった、あの当直での夜は一生陽菜を離さないだろう。懸命に生きて、振り上げる拳から必死に逃れられたが、運が良かっただけで。
もっと劣悪な環境で育ち、食事や寝床も満足に無く暮らす子供達も世の中には沢山いるのだ。
「……親を選べない子供へ、拳振るわれてても家族は大事になんて言えるか?」
桃原が早坂の手を握っている。ハッと俯いていた顔を上げて、桃原の慈しむ顔に早坂もまた安堵する。
「俺はそんなクソみたいな親へ怒ったって良いと思うがな……」
医療従事者は虐待を受けている患者と関わることが多い。怪我や疾患と切っては切れないのだ。
虐待は経済的問題や親子の孤立等で引き起こされる。児童虐待のメカニズムとして、保護者の人格や人間関係のストレス、子供の発達過程等様々な問題によって生じる。
弱者を攻撃することで、苛立ちや憤りの発散や根本的な原因として向かうことがある。
親が子供を愛せないと言う悲しい話は世の中に多く蔓延っている。
毎日何処かで子供が飢えに喘いでいたり、押入れに閉じ込められ怯えているのが現状だ。
児童相談所も人手不足で一人当たり抱える人数の多さでパンク寸前なのは、なり手不足で人員が確保出来ないのだ。
陽菜は児童相談所の職員が来ると、とても緊張したのを覚えている。
きちんと品行方正な親を好きな子供として振る舞わないと、あとで拳が降ってくるからだ。年が離れた弟もいるし、その矛先が可愛い弟に向けられたらどうしようと。
だから、必死で笑顔を取り繕った。陽菜の怒りは永遠に葬るべきだと幼少期悟ったのである。私が我慢をすれば、何も起こらないと。
「はは、俺ならこのクソ骨壷不燃ゴミに出してやるわ。世間体あるなら共同墓地とか、何なら海に散骨しておさらばしてやるよ」
「……御先祖様が眠る墓地、にしなくても……良いんですか」
「さあ? 結局、残された奴は憎しみも憤りも全部背負って生きなきゃなんねーんだよ。お前は少なくとも、怒れよ。その権利がある。お前を守らなかった奴に対して」
陽菜は多分、母に怒りを覚えていたのにも関わらず恐怖が打ち勝って感情に蓋をしてきた。早坂の言葉に、陽菜は目を丸くした。
正直、陽菜がもし仮に死んだとしたら母と同じ墓になんか入りたくなかった。地獄があるとすれば、閻魔様にお願いしたいくらいだ。
海に散骨、なんて発想が無かった。陽菜は骨壷が母の存在をヒシヒシと感じ取って、寿司の味が分からなくなった。僅かな胸焼けが、陽菜の嚥下を妨げる。
さっさと、怒りと共に海にばら撒きたい。
陽菜は自身の怒りを飲み込むことばかり考えて来たが、吐き出すことも許されるのかと不意に思った。
「……私、怒ってます? 怒って良いんですか?」
「当たり前だろ、そのまま海にばら撒けよ」
手に取る様に陽菜の考えを掬い上げる早坂は、お吸い物を差し出した。喉の痞えを流し込んでから、陽菜はやっと打ち明ける相手が居て良かったと心底思った。
生きてる時に、私辛かったと言えれば良かったのかもしれない。だが、弱い者虐めをされてきたのに、弱くなった人を虐めるなんて陽菜には出来なかった。
同じ土俵に立たなくて良かった。そう、陽菜は怒りを受容した。
けれど、陽菜以外の三人は事の全貌が分かるや否や険しい顔付きで寿司をかき込み始めた。
「腹立ち過ぎてお腹空いてきた! さっさと食べたら私フリマアプリでバンバン売って軍資金にするから、このお金握り締めて一日中遊び回ろう!!」
「お前も同行すんの?」
「自腹で。当たり前でしょう先生」
「私の分もよろしくって言わなかっただけ偉い?」
三人に笑顔が戻る。すると、悪い顔で何かを見付けてしまった早坂の視線の先に、片付け忘れた喪服がある。
慌てて体を張って壁を作ったが、やっぱり既に遅かった。揶揄う材料を探しては、陽菜をいじるので本当に太刀が悪い医者である。
「これ、最賀のだろ。ニコリともしねえヤツの愛人か?」
陽菜を押し退けて、ネームタグを見ると他の二人にも見せびらかした。大人げないことを、平気でする四十代がいるのだと陽菜はショックを受ける。
「善次さんってデリケートな話を平気で土足でずかずか入るのやめて慎重に発言するようあれほど言ったのに!」
「愛人とか失礼なこと女の前で言うとかさ!」
「あ、いじん……」
「ほら見ろ。俺の言う通りだろ」
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