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第3部 あの恋の続きを始める

2-1【番外篇 上 最賀忠は恋を知らぬべきだった】

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 まず、大恋愛なんて嘘っぱちである。
 良い年をした中年が、一回り以上離れた女に惚れ込んだ挙句、半ば強引に連れ出した最低な大人であることは自負していた。

 最賀忠さいがただしは宙ぶらりんの恋愛しかしたことがない。

 好きと言われれば、嫌いな要素がなければ押されるがままに交際した。何処に行きたい、何が食べたい、の我儘に眉一つ変えずに応える。

 そんな恋愛遍歴と無関心が行き着く場所なんて、高が知れているのである。

「貴方って、詰まらないひと」

「えー、循環器?何するの?心臓?」

「私と一緒にいて、楽しい?貴方、笑わないから何時も怒っているみたいで気分悪い」

 大抵の人間は最賀をそう評価する。確かに、最賀はいつも怒っていると、腑に落ちた。
 そして、退屈な男なのも仕方がない。中身が空っぽなので、特段指摘されても苛立ちを覚えたりもなく、ただ来る者拒まず、去る者追わずであった。

 研修医の頃、一個上の先輩医師が研修先で不倫した上に交通事故で搬送された時から常に何かに怒りを抱いているかもしれない。弱者には乱暴にしたって良い、と権力や性差別が振り翳しても問題にならないと。

 目の当たりにして、愕然とした。愛してるだのと甘い言葉を囁いて、他者を失墜させる技を巧みに操る生物がこの社会にいると畏怖した。
 人間の根底は感情に翻弄される憐れで愛おしい生き物だなんて、綺麗事だった。

「……なんで皆んな、笑えるんだよ」

 一人だけショックを受けて、医局でコーヒーすら喉を通らない自分が異常だと言わんばかりに。先輩医師達が笑えるよな、と小馬鹿にして笑う声が遠く感じた。

「て言うか、お前若いのに白髪もう生えてんぞ!」

「おいおいおい、表情筋死んでるのかよ。まったく……」

「緊急入ったぞー、おい、早く行け。俺はラーメン食べてから様子見に行くわ」

「……はい、分かりました」


 笑わない、ではなく笑えないのだ。
 いや、意図的に笑わないようにしているのは否定出来ないが。


 楽しくもない日々は怒号と落胆に囲まれているのに、どうして人々は喜怒哀楽を表現出来るのかとすら感じた。笑い方を一瞬忘却の彼方に置き忘れた気分だ。
 だから、笑い方を教えてくれるお笑い番組を観るのが趣味になった。

 緊急で入った心臓カテーテル手術を決行したのは、夕暮れ時のコードブルーが院内で放送されたのが発端だった。コードブルーは患者が緊急事態、または心肺停止を報せるアナウンスだ。
 駆け付けると、既に別の医者が蒼白い顔で病室のベットをフラットにしている最中だった。

 この患者は心電図モニターは波形がSTの上昇が見られていた。波形には大きく五つに分類されるが、ST波は心電図の基線に一致するのが正常であり、上昇低下をこの波形で読み取り判別する。ST波が通常より上昇している場合、一般的には心筋梗塞や心筋炎等が見られる。

 今回のケースはST上昇型心筋梗塞とも呼ぶが、事態は芳しくない。と言うより、一番引き起こって欲しくない状況だ。
 心筋梗塞の発作から心室細動を起こしている状態であり、脈拍や呼吸が無ければCPR(=心肺蘇生法)を開始する必要があった。患者を一刻も早く死の淵から脱出させなければならない。

「救急カートは?!」

「今ナースが! CPR開始します」

「わかった、DCの手配もか?」※直流除細動器

「指示しました」

 急変対応は時間との勝負だ。出来るだけ迅速に行い、状態を安定させるのは理由がある。心停止している場合は特に、だ。
 患者に酸素が脳へ行き届かなくなり蘇生が成功したとしても後遺症が残る危険性が高くなる。それ故に、初動が大切なのだった。

 患者を何とか緊迫感のある現場で生還させ、手術室へ緊急で捩じ込みカテーテル治療を施行。ストレッチャーで大急ぎで患者を運び、事前に血液検査を予め大至急で回しておいて良かったと胸を撫で下ろした。
 なるはや、が魔法の言葉にすら思う瞬間である。と言っても、遠心分離機にかける時間は早まらないが。

 カテーテル治療とは、手首の動脈などから挿入し詰まった箇所へステント等を留置し広げて血流回復をさせる治療法のことを指す。血流の回復が遅ければ遅いほどに心筋の壊死は進行し、心不全や死に到る危険性が高まるのだ。

 結局当直の時間帯に食い込んで、夜間の病棟へ疲れた体に鞭打って戻った。もう胃には何も無いが、食欲は失せていたし何より胃が受け付けていない。

「はああ……なんだよ、本当にやめてくれ……重ならないでくれ……」

 ナースステーションで治療後の指示入力を終えて、最賀はテーブルに突っ伏す。椅子が恋しかったので、束の間の休息を得たかったが、夜間帯は許してはくれない。
 重石が肩にも腿にも置かれた様な、体の重さに強い倦怠感で、動きたくても億劫な気持ちに渦巻いている。

「先生、不穏チックな患者にあの漢方内服しましたが効果無く。追加指示下さい」

「バイタル下がってる患者さん、どうも変で……一度ベッドサイド来て頂けませんか?」

「先生が席外している時、オペ後の患者でせん妄出現し、ミトン抑制しました」

 ──ああ、本当に夜専の医者何処で寝てんだよ?! 俺はこう見えてもなあ、二十六時間勤務突破したんだぞ?!

 アルバイトで入ったスポット当直医を起こしに行っても、中々起きる気配が無かったお陰で集中砲火を受けたのである。指示くれくれマンと化したナース達は待ってましたと言わんばかりに早口で申し送る。

「は……はは、いてもいなくても、変わらないんじゃあ……」

 渇いた声で最賀は笑うしかなかった。

 女性の声は軽視されるが、此処は女性の職場として世界がガラッと変わる。やっと起き上がったスポットで来た医者は、生理だったので眠くて。と。
 いや、先週も生理でしたよね?なんてうっかり口にしたらセクシャルハラスメントになる。

「先生ー、あの女医さん、生理三回目です。先生のことなめてんですよ!」

「やあねえ、私が若い頃はどんなに痛かろうと冷や汗垂らしながら……最近の若い子は忍耐が無い!」

 女性同士の、その手の愚痴に男が介入すればセクシャルハラスメントになる。生理は女性にしか辛さは分からない。
 分かるよ大変なんだろう?と、同調でもすれば男の貴方には分かりません!男なんだから!と猛追撃を喰らうのが関の山である。

 時には敵対心を滲ませ、時として味方であることもあり、良き理解者にも憎き御局にも変わり果てる。まるで、モンスターの皮を被った善人者だ。

 ──もう何回生理来ても良いから、頼む……俺が当直の日には当たらないでくれ!

 ──過多月経なら治療……ああ、医者なら言い訳の理由を正当化させる何かを持って来いよ……。

 それは男も同じだ。男の方がもっと太刀が悪い。
 競争社会、学会提出で論文の成果をひけらかしたり、権力で若き未熟なか弱い女性を侍らせる輩も少なからず存在するからである。スタートダッシュは生まれる前から決まっているならば、最初から遺伝子に優劣を決めねば良いのにとすら神を呪いたくなる。

 ──まあ、何にせよ、馬車馬の如く働きますよ……どうせ何も変わりやしない。

 誰かを蹴落とし、弱者にすることで己の安全を確保するのはもうやめないか。
 そんな小さなことすら口に出来ない世界はひたすら、平等に命を前にすれば無意味な議論である。

 病院に缶詰めとなると、日付や時間感覚が鈍くなる。
 今が何時なのか、と意識的に思い出して時計で確認しなければ、永遠と労働が続く気がするのだ。体内時計は言わずもがな、狂っているので。

 朝日が疲れ目に染みる。もう太陽が顔を出したのか、と眩しさで朝を迎えたことを知った。他の医師のオーダーミスや指示漏れの尻拭い、経過のチェック、回診。

 そうやって、命を削っているのは医師だけでは無い。ある研究データからすると、夜勤を続けると寿命が縮むらしい。日本人はワーカーホリックと言われ続けるのも頷ける。

 仮眠休憩は合って無い様なものだ。大抵うとうとと船を漕いでいるとPHSで呼び出されて、眠気は五月蝿い着信音で消失する。
 いや、あの音は心臓に悪い。急に叩き起こされると、健康優良児だろうとストレスが一気に負荷を掛けてくる。

 のろのろと医局に隣接するロッカーで着替えて、一時帰宅をする。打刻したのは正午だった。こんな時、白衣を黄色のクリーニングボックスに投げ込んで、端が微妙に入らなかった時ほど苛立つものはない。
 着信履歴を見れば、五件。同じ人物の名前だ。見なかったことにして、ポケットに突っ込もうとすると再度鳴り響いて渋々取ると。

「連絡くらい、寄越しなさいよ」

 開口一番に不機嫌な口調、声音は姉のものだと直ぐに分かる。受話器の応答ボタンを押したのを後悔した瞬間だ。
 家族の思い出は、数少ない。希薄だった家庭で生まれる愛情は素っ気なさしか無かった気がする。家族という枠組みに押し込められた、血縁者と言うだけの他人だったからだ。
 両親は特段子供に無頓着、と言うよりは無関心であった。

 けれども、食事や教育など、経済的も困ったことはない。習い事や食べたい物、行きたい学校等の資金や生活は援助されていたし、生きるのには苦労はなかった。子供らしくない、と言われたらそれまでだったが幼少期は"感性が鈍い子供"として育ったのは間違いない。

 ただ、運動会や卒業式等のイベントには一度も参加しなかったし、彼等は彼等の生活や仕事環境が一番だったらしい。子供はいるが、お互いの為に生きている両親で、子供は眼中なく家を空けることも多かった。

 一種のネグレクトにも近かったが、最賀も別に興味が無かったので他人から見れば歪な関係性だったと思う。

 そんな知り合い以上家族未満の中で一人だけ抵抗した人物がいる。
 五つ離れた姉の最賀真由美さいがまゆみだった。テレビで見掛ける暖かい家族に強く憧れを抱いて、将来は優しい旦那に子供二人、犬を飼って幸せに暮らすと豪語していた。

 現実は、夫に浮気が見付かり家庭裁判所で離婚調停中の二人の愛娘を抱えてフルタイムで働いている。持つべき物は金と資格と血縁者だ、と血走った双眸はまさに鬼の化身だった。姉が理学療法士の免許を取得する際に両親は学費を花嫁衣裳代として出したくらいで、それ以降は一切援助は無かった。

 最賀はと言うと、奨学金制度を利用したことで、数年間の借金地獄に突入したが。男は勝手に生きられるだろう、と両親は娘と違い息子には施しは無かった。恨んではいないが、縁の薄さを自覚するに足りた出来事だ。

 姉夫婦の調停が二年と長引き、決着が付かず弁護士費用を工面したのは最近の話だった。金でしか解決しない、と電話でも伝えたのが聞く耳を持ってくれなかったのを印象的に覚えている。
 と言うのも、計画的に事を進める男は、狡いのを最賀は同性ではあったが知っているのだ。


 夫として、父親として荷が重かった……

 男としてもう一度見てくれる女性が現れて……

 彼女ともう一度新たに人生を再スタートさせたい


 そんな自分勝手な理由をつらつらと、さも自分自身が被害者であるように狡猾に口が軽くなるのだ。

「お父さんとお母さんの墓参りくらい、来なさい。地元にも随分帰ってこないし、そんなに医局が大事?」

 両親は子供が勝手に巣立ってからは、好き勝手旅行して、遊んで、人生を謳歌した。高齢出産だったこともあってか、彼等は最賀が六連勤中にあっさりと亡くなった。

 親の死に目に会えないなんて、親不孝者だ。そう棺桶の前で泣き崩れる姉をぼんやりと見詰めて、人間の死はある日突然やって来るのだ。

 自分の身に降り掛かっても、心は一つも動じない。いっぺんに両親が棺の中で肉体だけになっても、仕事で何百と患者の死を見ているせいか。麻痺していたのかもしれない。涙くらい見せなさいよ、と喪服の姉に頬を叩かれても。

 きっと自分の心は氷の様に冷たく凍っており、感情を殺して来たツケが回って来たのだと頭はクリアで、そして冷静だった。

「……墓参りには、行ってる」

「お盆に帰らなくて、九月過ぎてからなのに?」

 医局には暗黙のルールがある。教授や先輩医師、家庭持ちが優先される希望休み制度だ。だから、盆休みが取得出来るのは都市伝説である。教授がこの週は休みたいと名乗り出れば、自ずと出勤が同時に決定するからだ。

「いつでも良いから、可愛い姪達にせめて顔くらい……」

 親権を譲る代わりに養育費を支払わないと提言した元夫は、もう頭の中では娘の存在はかき消しているのだろう。
 姪の誕生日や卒業入学祝い、お年玉は一応プレゼントを包んで贈っているが、本当に欲しいものはいつだって手に入らない。

 幼い姪達は、叔父さん結婚しないの?と質問攻めされるので会いに行くのも正直、苦悶の表情を浮かべたくなることも屡々あった。

 結婚や家庭を作ることに、前向きになれないからだ。
 生まれ育った兵庫県明石市を出て早二十年近くが経つものの、帰省は数える程度だった。両親は元気でやっていれば良い、とだけ放任主義が前面に出ていたので、甘えていたのかもしれない。

 それに、静岡県屈指の国立医科大学を卒業した後も病院に缶詰状態だったから、その辺も希薄になった原因の一つである。忙しさにかまけて、人間関係を疎かにするせいで友人も数人しかいない。ドロップアウトしたい、と半年に一度入る生存確認メールだけだったが。

 中堅クラスに突入すると、若手はどんどん医局の狭苦しさや上下関係に飽き飽きしたり、苦痛を訴えて退職代行を使用して去って行く。
 白衣や名札等が宅急便で医局に届くものだから、最近は他人を介して退職するのがオーソドックスなのかと感心すらする。

「……緊急が多いし、若手は皆んな辞めてしまって、大変なんだよこっちも」

「そんなの、いる人で何とかするしかないでしょうに」

「オンコール待機中も、人間にカウントされてんだよ」

 唯一の身内にすら、優しく出来ない。いや、そもそも優しくする言動って、どうだったか。
 やって欲しかったことを他人にやってあげれば、良いのだろうか。疲れ切った頭では思いつかない。

「じゃあ、せめて良い人いないの? 早く私を安心させてよ」

「なんで姉貴が勝手に決めるんだよ?」

「だって……その歳で独り身なんて、みっともないじゃない」

「みっともないって、何を基準に?」

 怒りがふつふつと湧いてくる。一番触れて欲しくない話題だ。
 最賀は前の恋人へ一方的に別れを切り出されてから五年が経過した。自分にしては長く続いた方だったが、最後の一年は冷え切っていたのでカウントはしたくない。

 独身はみっともない風潮、何とかならないのか。結婚する為には条件を落とし、嫌なことに目を瞑って妥協してでも夫婦同姓が当たり前。

 そんな打算的に近付く女性はもううんざりだった。行き着く場所は " 内科医の妻 " スペックを虎視眈々と狙うジャガーである。ステータスやスペック重視ならば、もうAIと結婚した方が有意義ではないかとすら最賀は嫌気が差していた。

 それくらい、世の中の結婚しなきゃならん節に、最賀は一種の悪辣な仕来たりにすら思ったのだ。

「俺は独りでも平気だ」

「年取ったら、誰が看るの? 私が先に死ぬかもしれないのに!」

「さあ?先のことなんか分からない仕事をしているもんでね」

 癇癪を起こした子供の様に、鋭い語気は耳が痛い。蛸が出来ても続ける説教は、聞き飽きたのだ。

「俺に説教垂れる時間あるなら、娘の面倒見ろよ」



***



 同じ医療職のはずなのに、と悪態を吐きたくもなる。溜息を盛大に漏らして、話途中で切ってしまった。電源をオフにして、太陽の光にくらくらと眩暈を起こしそうになる。
 目を細めて、その眩さに目が眩んだところで日常は単調で、何も変わりやしない。



「最賀先生って……働き過ぎよね」

「あー、この間心カテ入った後、そのまま当直やってたよ」

「にこりとも笑わないし、何考えているか分からないよね、あの人」

「院長の小言もはあ……って言うだけだし」

 心臓カテーテル治療及び、冠動脈形成術(PCI)の予約の入れ方を苦言を呈したら、症例稼がないと、とだけ。ペースメーカー植込術、執刀宜しくと押し付けたボンクラ院長は自室へ戻ってしまった。

 最近、手術室看護師から色々不器用で……と耳に入るくらいだから、罰が悪いのだろう。
 受け持ちの他の患者の冠動脈造影CTのオーダーを霞んだ瞳で目を凝らして入れて、手術室へ力無く向かう。溜息を漏らしながら、フェイスシールドを身に付け、手洗いを念入りに行い消毒をする。不潔にならない様に、体に触れずに若干前に浮かせて戦場へ足を踏み入れた。


 通り過ぎて行く人々を見送って、今夜も三十時間を突破した勤務に明け暮れる。


「あっちふらふら、こっちうろうろしてるんだよ、目的もなく、ただ漂ってるだけ」

 そんなの海月の仕事なんだから、さっさと止まり木に足を着けなさいと遠回しに言われる。

 いや、多分諦めているのだろう。家族の有用性は大いに理解しているし、何なら婚姻制度も司法や結婚したことで得られる恩恵の多さにも。

 人間は誰かを愛さずにはいられない生き物だなんて、嘘だ。

 捻くれた性格は一生治ることも無いし、正そうとも思わなかったのに。

 彼女を見付けてしまった日から、最賀は恋の病とは狂おしくも痛みを生じるものだと知ることになるとは思わなかったのだ。

 日々、患者と向き合って、命を救う現場で息をするのも忘れそうなくらい働いて。休みも癒しも希望も無く、ただ義務感に駆られて目の前にある生命は待ってくれないから。只管に最賀は私生活を擲ってでも現場に立ち続けていた。

 ある日、疲れた体に鞭打って、エナジードリンクを流し込んでから院内を彷徨いていると。空気中をふわりと漂う滑らかな髪に遭遇した。その後頭部に視線が自然と向くと、軽く振り向いて会釈された。
 まん丸い大きな双眸に、長い睫毛と童顔な顔立ちの儚げな女だ。長い前髪は目にかかりそうで、恐らく何かを隠したいのだろう。会釈すると完全に顔が見えなくなる。

 目が合ったことで、どきりと不整脈かと疑う程に高鳴る心拍に、落ち着けよと己を心の中で律する。

 一方的に女を知った。何なら週間で貼り出される外来担当のシフト表を何度も確認するくらいには目で追い掛けたと思う。

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