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第3部 あの恋の続きを始める

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 態となのか、駄目だと言えばより強い刺激を与えてくる。
 離れと言っても、物置小屋を素人が改築した屋根付きのガレージの様な壁が薄い造りだ。所詮は防音部屋には到底程遠いから、陽菜は最賀へ抗議した。

「ダメッ、壁……薄いからっ、外、聞こえちゃ……せんせぇっ、離して!」

「……外に聞こえるくらい、大きな声で達しても罰は当たらないよ」

 やっと口を開いたかと思えば、止める素振りは微塵にも感じられない発言をした。陽菜はさあっと青褪めて、この男は陽菜を散々どろっどろに蕩けさせて理性すら消し飛ばして体を支配しようとしていることを悟った。

 雨が屋根を打ち付ける音が強くなる一方で、陽菜の甘ったるい啜り泣く声を消してくれる。口元を必死で覆って声を押し殺そうが、最賀の手は決して弱まることはなかった。

「先生、ダメです……ッ本当に、我慢できない……っ」

「……先生、じゃないだろう陽菜。今いるのは、ただの男だ。そうだろう…?」

 淡々とした声音なのに、瞳は獰猛な獣と化している。その温度差に陽菜は鼓動が速まる。骨の髄までしゃぶりつくすと宣言されているような感覚に腹奥が疼く。

 五年ぶりに男の味を嗅いで、陽菜の理性はバグを起こしたらしい。ウッディーノートの芳しい香りがして、陽菜を包み込んでは離さないのだ。

「……ただし、さん」

 とうとう観念して、陽菜は内腿に力を入れるのを止めた。
 力を抜いて、秘裂がくっきりと最賀に見える様に指で会陰付近の皮膚を引く。だらだらと涎みたいに蜜液が分泌されていって、柔らかな臀部まで滴っている。

 陽菜は羞恥心以前に、最賀から与えられる快楽を優先した。
 早く、欲しいと理性を跳ね返して得られるものは何だって最賀の物ならば刻まれたかったからだ。

 くっと開かれた襞の内側は湿潤して既にてらてらと受け入れられる状態であったが、最賀は再度舌を捻じ込んで弛緩させる。力が入った膣壁はぴくぴくと畝りを示して狭隘を作るのだ。

 男を五年も受け入れていない隘路には、それなりの時間は有する。最賀は陽菜が何年も別の男を味わっておらず、操を立てていたのを恐らく見抜いたのだろう。
 愛撫をしながら、時折辛く無いかと執拗に尋ねる素振りを見せたからだ。

「痛くても、止めないで……お願い、お願い……」

 譫言うわごとのように切なげに、痛みですら覚えていたいと陽菜は眉を顰めた。ぴたりと動きが止まって、最賀は口角が下がる。

「……初めてのお願いを、こんなことで聞きたくないな」

「な、んで……っ」

「痛がってるやつに、手酷いことなんか出来ないだろ。それが、大事に思ってる子なら、尚更……」

 口付けを交わした過去の仲をか細い糸が、切れないでと悲鳴を上げている。分かっている、この軟く線密な糸がぷつんと途切れて仕舞えば、陽菜は永遠に繋ぎ止める術を失うのだ。


 だから、痛くても止めないでと一生に一度の願いを使ったのに!


 陽菜が身を引いたのを本当は怒っているのだろう。生涯を共に生きる覚悟で列車に乗り込んだのに、掌を返してたったの数日間で終止符を打ったことを。
 試さずに、子供が家出する程度で済んだくらいの短い駆け落ち劇場は閉幕を陽菜が決めたことに対して、最賀は未だに怒りを抱いていると陽菜は思ったのだ。

「……私のこと、怒ってる……んでしょう?」

「──怒ってない」

「違うっ! 怒って下さいよ! 憎んでくれた方が……っ、私は、一生あなたを貶めた罰で浅ましく、独りで生きたのに……っ」

 涙が眦から横にそれて、ひっそりと無造作に敷かれたシーツを滲ませていた。陽菜の膝裏を抱えたまま静止する男は、代わりに指の腹で涙を拭ってくれる。

 いっそ、二度と愛せないようになれば良かったのだろうか。

 だが陽菜にはそんな選択肢は一つもなかった。好きな男を嫌いになれるのなら、苦労はしない。
 いつの時代に生きる女性でも、失恋や報われぬ恋で身を投げたり、命を落とすことだってある。痛みを持ってしてでも、身を焦がそうとも燃え盛る体の一つは消し去れないのだ。

 それでも、人は愛することをやめられない生き物である。

「俺が、怒るなんて……そんな訳、ないだろう」

「……だって、私が……忠さんの未来を壊したのに」

「壊したのは、俺だ。全部、俺が悪い」

 陽菜は息を呑んだ。眉根に皺を寄せて、陽菜に縋る最賀はとても弱く見えた。

「──でも……みっともなく足掻いてでも忘れられなかったんだ」

 最賀と陽菜の間には時間が足りなかったのかもしれない。互いのバックグラウンドを知ったのは、結局逃避行を選んだ後だったし、本来であれば時間をかけて丁寧に関係を構築すべきだった。

 最賀が笑わなくなった理由の末端だけが根底に陽菜を形成しているが、本当は好きな食べ物や些細なことをもっと知り合うべきだと強く後悔した。

 最賀の出身地も、血液型や家族構成も陽菜は全く知らない。どうして循環器内科を専攻したのかすら、理由を辿る機会は幾らでもあったのに。

 それが、陽菜の生育歴から他人との接し方に消極的な態度や一歩下がる癖が結果を生み出している。
 友人関係を徐々に広げられたのも、この五年間が大きかった。桃原達が親身になってくれたお陰で、閉じた心を己から開く努力をしたのが実を結んでいる。

「……私達、もっといっぱい話せば、良かったですね」

「……そうだな。でも、今の俺達なら時間は……沢山ある。そうだろう…?」




 遠回りの意味を理解することに、意義があると言い聞かせて。




 じゅぷぷ、と淫液と唾液が入り混じった音が聞こえる。
 あれから五年が経過して、その間は一度も誰一人受け入れたことのない温床はひどく狭かった。陽菜は圧迫感のある、質量に胸を撫で下ろした。その窮屈さが陽菜を安堵させる。

 恐る恐る最賀を見上げると、眉を下げて不安げな表情で陽菜を見詰めていた。汗と雨で張り付いた髪を指で避けて、その指先が震えているのを陽菜は感じた。

「会いたかったのは、俺だけか? 俺だけが……五年前に、取り残されていたのか?」

 臆病になっていたのは陽菜だけではなかったのだ。弱者の手を引いて先導する人間もまた、降り掛かる障害に不安を覚えることを。

 会おうと思えば、行くことだって出来た。
 けれども、それをしなかったのは未熟なまま再会すれば、二度と修復出来ぬ程に縁が切れてしまう。そう、本能的に陽菜は悟ったからだ。


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