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第2部 空白の五年間
4-8
しおりを挟む「俺は莉亜と婚約してるんだ、だから俺には恋心を抱かないで下さい」
なるほど、噂通りだったらしい。
桃原が吐き気を催した時に、別の勤務地にいた早坂が何故かすっ飛んできては華麗に回収した経緯と、その時の発言が審議を醸しているのを。
実は桃原が、早坂の婚約者であることが院内での大ニュースであったからだ。
体調不良ももしかしたら、悪阻なのでは?と噂が飛び交う中で、早坂がスパッと断言するものだから陽菜は今一番しなければならないことを思い出した。
何故妊娠の有無が重大に提議されるのかと言うと、看護師で妊娠をした場合は、特に医療業務に制限がかかる。
胎児への安全が確立していない週数では立ち会えない検査や、勿論CT検査での介助中の被曝リスク等諸々とある。
その為、業務の縮小や立ち合いの有無が絡むせいで特に検査専門の医療機関では注意を払い、妊娠中のスタッフへの配慮が欠かせないのだ。
「誤解を招いてしまったのは申し訳ないのですが……私、好きな人がいるので……」
「はは、善次さん自意識過剰」
「このっ、俺はなあ、こう言うまどろっこしいのが……」
何だか、この二人が婚約をしているのは納得だった。阿吽の呼吸であるからだ。
ただ、婚約していることを職場に報告していないのはきっと勤務先が別々になるからだろう。
「あの、私……お二人のことは以前からお似合いだなって……先生、間違えて抱き着いてしまって、すみませんでした…」
「いや、俺は別に」
素気ない返事は、逆に陽菜を安堵させた。
「好きな人の件は別の日に女同士で楽しみましょう。私、山藤さんの恋話聞きたいと思ってたの」
「俺は仲間はずれか?!」
「はあ?! 男子禁制!」
「え……と、あの……早坂先生、私の恋バナ聴いても楽しくない……ですよ」
「ふざけんな! 俺のレセ担なのに、何隠し事してんだよ! そもそも女子会したら俺の時間が減る! 物理的に!」
「ああ、なるほど。先生は桃原さんと常に一緒の時間を過ごされたいのですね?」
「当たり前だろ」
「やめて……お願い……恥ずか死んじゃう……から」
桃原が切実に蚊の泣く声で紅潮した顔のまま言うものだから、早坂と陽菜はやっと口を閉じた。赤信号で議論が飛び交っていたのをぴたりと止めるには十分な口実だったからである。
「俺の惚気聞きたいんだろ、聞かせてやるから、特別に」
やっぱり、あのモリオンは桃原から贈られた物だったのか。
通りで美しく、早坂を悪いものから守ってくれるのだと腑に落ちた。
その御守りが何だか、陽菜が毎日身に付けるリボンと同じ意味を成している気がして、心の安寧を緩やかに作り出した。
大切な人からの贈り物は、こんなにも人を強くするのだと。
一度切り離した糸をもう一度繋ぐには、両端を結ばなければならない。
だが、どんなに固く結んでも、ほつれて、緩んで、結び目が解ける可能性はある。
だから赤い糸は決して、断ち切り鋏で切ってはならないのだ。
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