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第1部 まるで初めての恋
5-4 ※
しおりを挟む陽菜は当初、母家で暮らす弟がのうのうと母親と入れ替わる父親代わりの男の愛情いっぱいに育った経緯をひどく羨んでいた。怒りや憎しみは無く、純粋に。
けれども、子供の弟は何かを変える力は持ち合わせていない。こっそり離れに陽菜の好物の鯛の煮付けが出れば隠れて持って来てくれる優しい弟である。
「それだけは、やめて……ください」
「じゃあ、さっさと戻って来なさいよ」
そんな弟が涙ながら異性が好きになれないと違和感を覚えて直ぐに母へ打ち明けたのを姉としては戸惑いが無かったわけではない。だが、弟の人生を尊重するのも長女としての役割だとこの時思った。
────ごめん姉ちゃん、俺……子供、作れない。頑張ったけど、俺は皆んなと違うんだ。
閉鎖的な田舎、他人の目が気になり多様性を受容出来ない母は陽菜へ見合い話を持ち掛けるのは時間の問題だったのかもしれない。
そうして二世帯住宅だ、敷地内に家を建てる、孫は三人見たい等、色々と夢物語を話されて陽菜は一気に生きる気力を失い欠けていた。
ただでさえ、仕事を失うことが決定し、契約満了期間を得るまでに、転職活動をしなければならない。家賃は待ってくれない。保険も切り替えたりする必要がある。
電話を切った後も、陽菜は脱力した携帯が家具屋で購入した千二百円のラグマットに落ちても暫く動けなかった。
当直手当が良いので、引き継ぎを兼ねて満了までの二週間は当直オンリーとなった。仕事をしなければ賃金を稼げず、生活は出来ない。
退職日が決定したのにも関わらず、最賀には言い出せずにいた。
新しい職場を探す為には、職業斡旋所へ赴かなければならないし、仕送りを一旦休止して生活を保持する必要があった。休憩中含めて殆どの時間を再就職活動へ回していたのは、母の電話一本が正に決定打になったのである。
このままでは、実家に出戻り縁談を受けさせられてしまう。
最賀へ相談すべきか、と頭が過ぎる。
だが、交際して日も浅く、ましてや金銭も勿論人生が懸かっている。
こんな初歩的なハードルに見える大きな聳え立つ壁に、一緒に立ち向かって欲しい等口が裂けても頼めなかった。
生活、保険、家賃、光熱費、仕事と雁字搦めな陽菜は通帳と睨めっこする。手元にある貯金は多くは無いが、何とか二ヶ月はキープ出来ている。医療事務は食いっぱぐれないとは世間で良く聞くが、あれは半分間違いだ。
何故ならば、求人はあるものの希望者が多く接戦なのである。その倍率を勝ち抜き、一握りの人間が就職する。医療事務はスキルは勿論のことだが、実務経験が培われた猛者の中で採用を掴むのは中々困難なことだ。
そうして、就職活動は難航する。
また、再就職をする場合、意外にも履歴書到着七日後面接結果十四日後通知、と時間を有するケースもある。
職業斡旋所でコピーした二十枚の求人票を当直中もチェックしていると、最賀が珍しくノックして当直室へ足を踏み入れた。陽菜は咄嗟に、けれども自然にファイルへ求人票を仕舞って何事も無く振る舞う。
「最近良く此処にいるな、大丈夫か?」
「最賀、先生……お疲れさまです、……派遣の方がまだいないので」
「顔色、良くないな。ほら、見せてみろ」
「────ちょっと、眠れないことがあって」
「目も少し充血してるし、痩せたか…?」
極度の眼精疲労と睡眠時間を削って再就職先を探しているので、陽菜の体はぼろぼろだった。
顔色は悪く、隈を隠す為にコンシーラーと馴染みの良いファンデーション、血色を良く見せる淡いチークカラーを選択したのにプロの前では意味を持たない。
「顔色良くないな、少し寝た方が良い」
「先生……だって、寝てないのに……私だけ休む、なんて」
「良いから、ほら、休めって」
「先生といるのに、私、一秒でも……」
当直室で仮眠を取るのは何だか久し振りだった。陽菜は替えたばかりの、使い古しのシーツに横たわる。
最賀が布団を掛けて、陽菜の一纏めにした髪紐を解いた。後頭部が痛く感じたのは、きっと長時間結んでいたからだろう。最賀から貰った白のサテンリボンがサイドテーブルに置かれる。
「ごめんなさい……」
「最近、謝ってばかりだな……。何か俺が出来ることはあるか?」
「……先生、苦しいくらい、抱き締めて…ください」
体も心も弱り切ると、人間は不思議と誰かの体温を拠り所にするのだろうか。
いや、独りであると認めたくないのかもしれない。
陽菜は最賀の白衣を力無く握った。
今直ぐにでも辛いと吐露したいのに、現実が陽菜を邪魔してしまう。靄を振り払って最賀の側に居たいのに、叶わないからだ。
「先生のことだけ、考えていたいの……」
「山藤、何かあった、のか?」
「私が……、私自身が解決すべき…問題で」
ほんの数分だけでも、最賀を感じていたい。この身に記憶させたい、と陽菜は衝動に駆られた。
頭の中は数字の羅列と重責で容量オーバーだったし、最賀を繋ぎ止めているのは微かな糸である。
やっと指に固結びを一重した、解けそうな赤い糸を三重にも四重にするには、もっと深く、と。
「だから……少しだけ、駄目…ですか…?」
最賀の薄い唇にキスをすれば、返してくれる。打算的な考えすら、きっと最賀は分かっている。
だから、陽菜の口腔内を舌が蹂躙して、ベストとシャツボタンを器用に片手で五つ外す。堪忍袋が切れた男はブラックの刺繍がデザインされたブラジャーには目もくれず、ぐっと上に押し退けて右の桜色の丘へ舌を這わせた。
「ん、……っは、ぁ……っ」
「……当直室でなんて、俺も性懲りもない男だな」
じゅ、と舌が食むので陽菜は身じろぐと制服のタイトスカートへ手が侵入する。舌の先端で執拗に舐られて、その刺激に陽菜は悶える。
呼吸が荒くなっていくにつれ、最賀はちらりと陽菜の恍惚な顔を一瞥すると。直ぐに足の付け根に到達して、ぐっしょりとショーツが濡れているのを確認すると足首まで下ろすのだ。
早急な手付きなのに、陽菜の唇にもう一度戻ると、最賀は深い口付けをしながら指が珊瑚の様に色付いた襞を撫で上げた。びくっと内腿が震えて、愛液が分泌されれば狭隘へ指を押し進めた。
完璧に準備が事前に済んでいる程に歓迎した温床へ、最賀はきょとんと目を丸くしたが順応して二本目を差し込む。指がバラバラに蠢いて、腰をくねらせて快楽を逃す。
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