戀の再燃〜笑わぬ循環器内科医は幸薄ワンコを永久に手離さない

暁月蛍火

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第1部 まるで初めての恋

2-3※

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「ちょ、先生、な……っ」

「最近のストッキングはなんだ、長いのもあるんだな」

 ニーハイソックス仕様の物にしているのは、単に蒸れるからだ。鼠蹊部は圧迫されるし良いところはない。が、此処で仇になるなど。

やっと言い訳を聞けると思いきや、そんなことを言うので陽菜は豆鉄砲を食らった鳩の様な状態になる。

「俺の顔挟んでおいて、その言い掛かりは頂けないな?」

 椅子が不安定で、足を持たれて抵抗出来ない。一体何が起こっているのか、混乱してたじろいでしまうと最賀は陽菜の内腿にじゅ、と吸いついた。

 びりびりと小さな電流が陽菜の体を駆け抜けて、こんな感覚知らないと首を横に振って最賀の這う舌を止めようとした。短く無造作にかき分けられた白髪が薄らと混じる髪を掴んで抵抗する。

「せ、せんせ……だめ……っ!」

 陽菜の紅潮した顔に冗談だと、何故か最賀は言わない。顔を背けた陽菜の頬を掴んで、正面を向かせるとそこにはギラギラと獰猛な獣の鋭い色を宿した一人の男がいた。

「子供だと言って悪かったな、訂正する」

 ぐっと引き寄せられて強引に口付けをされる。

──な、なに、何が起こってるの?!

 舌が口腔内を蹂躙して、生き物みたいだ。

 陽菜は息が出来なくて必死で鼻で呼吸を促すが、与えられる痺れに頭がぼーっとする。
 最賀の厚みのある舌が陽菜の歯列をなぞり、逃げる舌を追い掛けて絡めとる。舌の窪みを舌先で刺激されて角度を変えながら深いキスは生まれて初めて経験することだった。

 キスなんて、一度もしたことがないと誰にも言ったことがない。

 まだ男性を知らず、キスすら未経験だった陽菜のおぼこい状態に、誰しも処女は面倒だと口を揃えて言われたことがある。

 女の子は要らなかったのに、と言われ続けて来た陽菜は幼少期、女性として生きることすら嫌悪感があった。それでも次第に体は成熟する為に変わって行く。
 胸が大きくなり、背は同級生にうんと先を抜かされて行き、五十メートル走で一位が取れなくなった。生理が来た途端に、胸の張りとズキズキ子宮が痛んで学校のトイレで何度も泣きじゃくった。

 高校生になれば次第と燻った靄を上手く隠せるようになり、半ば諦めて髪を切ることをやめた。伸びた髪を束ねたり、スカートを履くことを受容して、諦めることを覚えて行ったのだ。

 同級生や友人が男を知って行くのを肌で感じても、陽菜は全く恋焦がれることも嫉妬することも無く、ただ傍観者として仮面を貼り付けて此処まで来た。

 だから、決して、表に出さなかった。
 それなのに、この男は、陽菜を意図も簡単に暴くのだ。

 腰に腕を回して逃げられないようにする大きな掌にびくりと陽菜は肩を震わせる。

「女の顔、出来るんだなアンタ」

 やっと離れた薄い唇が、弧を描いた。吐息が漏れて髪をかき上げる姿が何とも官能的だった。
 最賀が手の甲で、陽菜の足の間に触れる。それが何を意味するのか、鈍った思考が急に回転し始めて思わず突き飛ばす。女の力はやっぱり無力なのか、力いっぱい厚い胸板を押したのに、びくりともしなかった。

「だ……だめ、です!」

「だめ、の反応じゃ無いが……揶揄い過ぎたか?」

 じんわりと唾液と蜜液で下着を濡らしていることがバレていたらしい。自身を慰めることも殆どしない陽菜にとっては、他人に体を弄られた挙句。快楽を植え付けられたことに対して、最賀にとって意味を持たないことが、陽菜の心を鼓舞しで振り翳した気分になった。

「いや……っ、やめて!!」

 陽菜は眉を顰めて、両腕で自身を守る様にして最賀から後ずさった。目を伏せたまま、最賀の言葉が信じられないと受け止められたくて、短絡的なことしか口からは出せなかった。何も思い付かない、反論の仕方を忘れてしまったのだろうか。


 ああ、せんせいだけはわたしをみつけてくれたなんて、ばかだったんだ。


「先生のばか……馬鹿……ッ」

 涙目で陽菜は最賀を睨み付ける。目尻から零れ落ちた涙を袖で乱暴に拭って、それでも目を逸らさなかった。逸らしたら負けだとすら思ったのだ。
 やっぱり事務員は替えの効くものだと陽菜は現実を突き付けられた気がした。

──私、初めてだったのにっ、初めて……。

 がっかりしたのだ、陽菜を認識してくれた理由に邪な性欲だけしか無かったのだと。単なる勘違い、で済ませれば良かったが、元には戻れない。
 自慰と同じ扱いを受けたのだと、簡単に触らせてくれる人間だと適当な扱いをしたと思った。

 陽菜はレザーバッグの中から、今まで貰ったお菓子を最賀に全て押し付けて逃げ去った。
 胸元から受け取らない菓子はバラバラと床に落ちても、もう何も意味を持たないのだから。

 無機質な物同然だった。

 悲しくて、辛いのに、体が最賀を求めて熱を帯びた事実が受け入れ難かった。
 鏡に映った陽菜の髪には、あのスカーレットカラーのリボンがゆらゆらと揺れている。こんな物、と取りたいのに、変に絡まって取れなくて。陽菜が捨て切れない未練にも見えて、手がだらんと重力に逆らわず垂れ下がる。

 暫くその場から蹲って、静かに陽菜は声を押し殺して大粒の涙をシンクに落としたのだった。



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