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第1部 まるで初めての恋

2-1【口止め料と砂糖菓子】

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 何度か当直で会うようになると、決まって夜勤専従の怖い看護師から匿って欲しいとお願いされるようになった。
 時折、最賀が絶対に手が伸びないであろう甘ったるいショートケーキ味、みたらし団子味のチョコレートを持参してやって来る。何処で調達しているのかは定かではない。

 ただ、コンビニエンスストアで四十近い年齢の男性が菓子コーナーで頭を悩ませている姿を想像すると憎めないのだ。

 そうして決まって最賀は、嫌がらせのように陽菜が当直の日に顔を出す。最近では陽菜の後頭部で束ねた長い髪を指で梳いたり、リボンの髪飾りを解いたりして遊ぶのだ。
 頭を撫でた時に手触りが良かったと言い訳をして、あれから隙あれば陽菜の髪を触りがてら最賀はやって来る。

 出勤し打刻を済ませた後はいつも通り、当直室のパソコンで自身のIDを入力してログインし、PHSの充電が出来ているか、日誌を読んでサインをする作業を済ませる。
 当直の日は、決まって当直メンバーに挨拶をしに巡回する。すると、日当直(日勤と当直が連続すること)の最賀の長い指が小さく折り畳まれて陽菜を呼ぶと、角で秘密だぞといつも口止め代をくれるのだ。

「……信玄餅味?」

「こう言うのは女子、好きなんだろう?」

 陽菜ですら、100%選ばない味のチョイスだった。甘ければ何でも合うとは思わないし、意外にも陽菜は新作味には冒険しない太刀だった。無難な味を選択することは、史上最低なことは確実に起きないからである。

「皆んなが好きとは、限りませんが……」

 口角を上げて得意満面だった最賀の顔付きが見る見るうちに変わる。はてなマークが顔にしっかり描かれている様な表情になり、慌てた男は第二の手を出してきた。

「じゃあ、これは?!」

 陽菜が偶々髪飾りを忘れてしまい、ただの素気ない髪留めのまま出勤していたのを見破ったらしい。最賀は白衣のポケットから、真っ白い上質なサテンの長い紐を出した。甘い菓子と類似したリボンの様にも見えたが、繊細で可愛らしい滑らかな物だった。

「あ、ええと、私に……?」

「なんだよ、たかが髪紐だぞ?」

 喜ばせたいのか、単に思い付きなのか聞けず、陽菜は良く分からないまま御礼を紡いだ。ふ、と小さく笑って髪結んでやると素直じゃない口振りだった。

 最賀は手先が不器用らしく、勝手に陽菜の髪を弄んで五分格闘した挙句、歪な蝶々結びをして達成感を味わっていた。得意げに額に汗を滲ませる。
 鏡にはひん曲がった、長さも均等では無いリボンに似つかわしく無い物が映し出されていた。陽菜は、本当は誰かに髪を結んだ経験が無いのでは?と考える。

「はあ、どうだ?! 上手く出来た……あ、いや、これは…ひん曲がっているな……」

 やっぱり直す、と取ろうとした最賀の手から咄嗟に体が守ってしまった。リボンを押さえて、後退りする陽菜にきょとんと目を丸くしている。

「あ……ええと、このままが、良いです」

「なんだよ、髪留め結んでくれる男の一人や二人くらい院内にいるのか?」

 怪しい笑みを浮かべて、揶揄う男に陽菜は誰もいません!と睨み付けた。

「髪留めくれる方も、結んでくれる方も、過去にも今も誰もいませんから!」

 陽菜の長い髪を結ぶ相手は身内でもいないのだ。髪の結び方はインターネットの動画サイトで覚えた。同級生が編み込みをしてもらった、と自慢して回る度に服の裾を握り締める学生だったからだ。

 自分で出来ることは、何だって習得しようと努力した。同時に、親から教わっていないと隠したくていつだって自分の心を誤魔化していたのは普通の家庭ではないと自覚したくなかったのだろう。

「……そうか、良ければまた髪、やらせてくれないか?」

 瞬きを数回して、そう譲歩されて陽菜は最賀の意図が分からず数週間が経過した。

 週に一度以上当直で会えば、決まって菓子と新しい髪留めの代わりを持って陽菜の前に現れて。真剣な眼差しで髪を三つ編みにしたりするのだ。暇な時間なんて捻出できないほどに最賀は日々の業務に追われているはずなのに。

 白のサテンリボンに続いて、五日後の当直ではスカーレットカラーのベルベッドリボンと言った起毛を使用した温かみのある質感のあるリボンを結びに来た。
 先日貰った白のリボンはジュエリーボックスの中でメイクをする度に目に入るので、むずむずと肌が痒くなる。

 あの男にとって、陽菜はどう目に映っているのだろうか? スカーレットって言うらしい。
 そう渡した本人が曖昧なのは、熟知しておらず色合いと直感で手に取ったと言うものだから。
 何故こんな髪飾りを当直出会う度に贈られるのだろうと思いながら。髪を束ねてじっと、真摯な双眸に射抜かれそうで陽菜は不思議と胸が高まっていた。

 他人に触られたことなんて、ない。

 恋人も、髪を束ねてくれる人すら居なかったので借りて来た犬の様にちょこんと丸椅子に座って微動せずいた。

 何だか、擽ったくて。

 怖い、けれども、触れる指先が優しい。

 出会った人達の中で一番、慎重に触れてくれているのだと思った。

「……そんな、息潜められると、やり辛いんだが」

 知らず知らず息を押し殺していたようだ。指摘されて陽菜は大きく横隔膜を開いて酸素を取り入れた。

 変な癖なのだ、これは。

 緊張したり、何かと他人の言動を窺う際は必ず悪癖として顔を出してくるので、陽菜はこう言う時は綺麗に話題の切り返しをする。対策など、物心つく前から感覚的に嫌というほどに身に付いている。

「先生は、髪を弄るのが不慣れなの、ですね?」

「馬鹿、髪触るの上手い男なんかいたら、そいつはただのクソヤリチンだ! 騙されちゃあ駄目だぞ?!」

 はっとしたらしく、最賀は押し黙った。

──クソヤリチン?

「……その理論ですと、先生は女性に不慣れってことに」

「ああ、俺はな! この顔のせいで寄り付かないんだ、悪いか?!」

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