25日のシンデレラ

響かほり

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1巻

1-2

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 十七歳のクリスマスイヴに、『いつか左手の指にもっといい指輪をやるから、今はそれで我慢しろ』と言って右手の薬指にペアリングを嵌めてくれた時、すごく嬉しかったことも覚えている。今でも、その指輪は私の宝物だ。
 その後大学入学を機に、要は一人暮らしを始めた。
 掃除や片付けは得意なのに、料理はほとんど出来ない要のために、私は定期的に料理を作りに行くようになった。
 でも、そんな段階になっても、私はまだヴァージンだった。
 高校生の頃はキスぐらいしかしなかったし、要のアパートに行くようになってからも、身体に触れられるだけで一線を越えることはなかった。そしていつも、日付が変わる前に家に送られる。
 もしかして私に女としての魅力が足りないのかと、真剣に悩み始めた夏の初め頃……


 その日は土曜日で、彼の家で一緒に夕食を取った。その後、自然と抱き寄せられ、口付けを繰り返すうちにそんな雰囲気になって、ソファの上で要に身体を暴かれた。
 いつもと変わらず、要が私に触れて、私だけが乱されていた。

「んっ……あぁっ」

 上着の裾から彼の手が入り込み、ブラのホックが外れて出来た隙間から、その手の大きさには足りない胸の膨らみをやわやわと揉みしだかれる。指先が胸の尖りをぐにっと押しつぶせば、こらえていた声が小さく漏れた。
 スカートの中でも、まだ誰も受け入れたことのない私の中に要の指が入り込み、濡れそぼった肉壁をかき混ぜる。
 ぐちゅっ、ぐちゅっと、音を立ててそこが彼の指を呑み込む度に、身体が揺れた。
 間近にある要の顔が、うっすらと色気を帯びた笑みを浮かべる。

「ようやく、三本でも馴染んできたな」

 初めは、太い要の指が一本入るだけでもきつかった。一本、また一本と時間をかけて増やされる度に苦しさや小さな痛みが伴ったけど、それも次第に滑らかに受け入れられるようになっていた。
 ゆっくりと前側の壁を指の腹で擦られ、き出しの濡れた花芯を親指の爪先で円をえがくようになぞられる。すると、ぬちゅっという水音が静かな部屋に響いた。

「ひぃんっ!」

 同時に身体に電気が走って背中が大きくり、私はあごを突き上げるようにして声を上げた。要の肩に乗せた指にも力がこもる。
 ソファの上に座った要に向かい合う形で膝の上に乗せられ、いつもよりも近い位置にある要の瞳が私の痴態ちたいをじっと見つめている。
 私の服はもうはだけつつあるのに、要の服は全く乱れていない。
 それまで彼の目の前で、肌を露わにしたことはほとんどなかった。それでいて身体は彼によってどんどん開発されて、触れられる度に乱れた姿を無防備にさらしてしまう。そのことが尚更に私の羞恥心しゅうちしんあおる。

「やっ、それ……んんっ!」

 無防備な喉元に何度も口付けを落とされ、その度に、彼の香水――サムライの芳香ほうこう鼻腔びこうをくすぐる。傍にあることが当たり前になった彼の香りが一層強く感じられ、身体はさらに敏感になる。

「すっかりドロドロだな」

 わずかな興奮を含んだ要の声が、誘惑するように私の耳元にささやいてくる。
 最初は、要に触れられてもくすぐったいだけで、身体の中に入る指にも、異物感と圧迫される苦しさ、そしてジクジクとした痛みしか感じなかった。
 なのにこのところ、同じように触れられているはずなのに、むずむずとするような気持ち良さが身体の中で暴れて、私の脚の間から蜜をあふれさせる。
 指で中も外もいじくられる度、その場所から腰にかけてビリビリとしたものが駆け上がり、知らず逃げるように腰が浮いて、もぞもぞしてしまう。

「腰が揺れてる」
「ふっ……やぁ……」

 要の嬉しそうな声が意地悪くそれを伝えてきたので、私は恥ずかしさのあまり、彼の手から逃げるようにソファの上で膝立ちになる。
 すると胸に触れていた手が私の背に回り、そのまま引き寄せられた。と同時に、まくれた衣服の隙間から覗く肌に、要が舌を這わせる。
 彼の唇は、お腹と胸の境界線から辛うじて服に隠れていた胸の膨らみを辿たどり、やがて含むように先端に口付ける。そのまま痛いほどに立ち上がった胸の尖りを、ぬるりとした肉厚な舌で絡め取った。

「ぁ、はぁ……んっ、要っ」
「ここも、感じるようになったな」

 確認するようにつぶやいた要はちゅっと吸いつき、甘噛みして舌で先端をでる。
 胸からぞわぞわとした甘い感覚が走って、腰が震える。

「やっ、あっ、吸っちゃ」
「お前だって、俺の指に食いついてるぞ」
「んぁっ」

 ごつごつした指は下の方で生き物のようにばらばらに動いて、水音を立てながらスローペースで抽送ちゅうそうを繰り返し、花芯を擦り上げる。
 強張っていた肉壁を押し広げられ、時折奥をぐっと強く圧迫されると、震えるような刺激が走って きゅっと私の中が締まる。
 少しずつ要の指の速度は速まっていく。震える部分を確実に押さえながらうごめく指に、私の身体が幾度も跳ねた。身体の奥がじわじわと熱くなり、気だるい吐息が喉から漏れていく。
 心臓の鼓動が速くなって、息をするのさえ苦しいのに、身体は感じたこともないもどかしさに震え、もっとその刺激を求めてしまう。

「んっ! 要っ、……変っ、あ、熱い」

 こぼれる自分の声がどんどん甘ったるくなって、自分のものではないみたいに聞こえる。
 私はてのひらで自分の口を覆い、上を向いて声をこらえた。

「声、我慢するな」
「んんっ、ふっ……」

 恥ずかしくて首を横に振れば、要の指の動きは一層激しさを増す。与えられる刺激がしびれるような甘く切ないうずきを伴い、私の身体を侵食して膨れ上がる。

「やっ、はぁっ……も、要っ、やだっ……」

 気が遠くなるような、苦しいような、そして気持ち良いような感覚が波を打ちながら襲ってきて、身体がっていく。

「あぁ、楽にしてやる」

 その言葉とともに深く潜り込んだ要の指が、子宮をぐっと押し上げた。ごつごつとした指が中でじれるように動き、彼の親指がいじっていた粒を強く押し潰す。
 すると私の肉壁はくわえ込んだ彼の指を一層きつく締め上げ、その瞬間、身体の中で何かがはじけた。

「あぁぁっ!」

 一瞬にして目の前が白くチカチカとなり、がくがくと腰が震える。こらえ切れずに要の膝の上にしゃがみ込み、すがるように彼に抱きついた。

「イけたな」
「い……く?」

 初めての感覚に身体の力が抜けて、ただ息を乱すばかりの私は、要の胸にもたれたまま、ぼんやりと今の言葉を繰り返す。要はその声を呑み込むように唇を塞いできた。

「っ! ふぅ、んっ……」

 口付けの間、ゆっくりと要の指が私の膣内なかから抜けていくのが分かる。
 クチュッと音を立てて圧迫感から解放されたそこは、何故かジンジンとしびれていて、物足りなさすら感じる。

「……友伽里、ベッドに行くぞ」

 要は甘さを乗せた声で低くささやいたかと思うと、そのまま私を抱きかかえながら立ち上がる。

「えっ! う、嘘っ!? 私、重いのに」
「お前、細いくせに何言ってる」

 まるで子供のように軽々と抱き上げられたのに驚いて、思わず彼の身体に腕と脚を絡め、ぴったりと抱きつく。すると私と要の間に、硬いものがあるのに気付いた。
 要が歩く度、それは彼のズボン越しに私の脚の間に触れ、私の敏感な花芯が突き上げるように刺激される。ビリッとしたその刺激に、無意識に腰がくねった。

「ふっ、んんっ! あ、あるいちゃ、ダメっ」
「っ、擦りつけて言う台詞せりふか」

 小さく息を呑みながら要は大股で歩き、ベッドの前で足を止めた。

「か、要……」
「なんだ」
「あ、あの……どうして、ベッド?」

 そう問いかけた時には、ベッドの上で要に押し倒されていた。

「続きをするに決まってんだろ」

 そう言って私の唇に軽くキスを落とした要は、身体を起こして勢い良くシャツを脱ぎ、ベッドの外に投げ捨てる。
 惜しげもなくさらされた無駄な肉のない筋肉質な身体に、私の心臓が暴れる。

「最後までやるからな」

 突然の宣言に、腰の奥がうずいてゾクリとする。
 目を細めながら身体をかがめ、私の顔を覗き込む要の表情が淫靡いんびさをまとう。その色気に呑み込まれそうで、私は思わず後ずさりしてしまう。
 ふと見ると、真摯しんしに見つめてくる深い褐色かっしょくの瞳が、張り詰めたような緊張感を漂わせていた。
 それは要が空手の試合の時に見せる、獲物を狩る獣のような眼差しにも似ていて、私はそんな彼から視線を外すことが出来ない。
 四つん這いのまま一歩、要が近づいてくる。なのに私は無意識に一歩下がってしまう。
 そうすれば、要が無言のまま、また一歩近づく。
 それを数回繰り返すうちに、私の背中にベッドのヘッドボードが当たり、動けなくなる。
 要の両手が、挟むように私の両サイドに置かれる。そうして覗き込んできた要に、思わず息を呑んだ。
 いつもと違う雰囲気の要が、少し怖い。
 吐息が重なる距離に来た要に対し、思わず目をきつく閉じて身構えてしまう。
 けれど、何もされる気配がない。恐る恐る目を開けば、すぐ傍に要の気遣わしげな顔があった。

「怖いか?」
「……少し」

 好きなのにそう思ってしまうことが申し訳なくて、彼をまともに見られず目を伏せた。

「友伽里、俺を見ろ」

 恐る恐る見上げれば、分厚くて硬い大きな手が、そっと私の頬をなぞる。
 壊れ物を扱うような繊細な動きは、いつもと変わらず優しい。

「触れられるの、嫌か?」

 慌てて首を横に振る。

「するのも嫌か?」
「そ、そんなこと! ……な、ない」

 思わず大きな声が出てしまい、恥ずかしくなる。すると要が薄く笑った。

「そうか。正直、俺も限界だった」
「……限界?」
「お前を恐がらせたくなくて少しずつ慣らしてきたが、早くお前と一つになりたくてたまらなかった」

 滅多に聞くことのない要の本音に、涙が出そうになる。
 すぐに抱かずに、身体をいじってくるだけだった要。その理由を言ってくれなかったから、すごく不安だった。

「私……要が最後までしないのは、私に魅力が足りないからだって思っていたの……」
「……そんなわけあるか」

 そう言って要は私の手を取り、その手を自分の股間へと導いた。

「か、要っ……」

 布越しに触れれば、硬く膨れ上がったそれがピクリと動く。
 驚いて手を離そうとしたけれど、掴んでいる要の手が許さない。
 幼い弟のものしか見たことのない私には、それと彼の大きく膨れたものが同じだなんて、全然思えない。

「分かるか? お前を抱きたくて、こうなってるの」
「……こんなにれて……痛くないの?」

 私の素朴な疑問にわずかに目を見開いた要は、何だか困ったような表情をして手を離した。

「……辛いが、痛くはない……友伽里、出来るだけ優しくする。どうしても嫌なら、言え」
「うん」

 そのまま重なった唇は、チュッチュッとリップ音を立てながら、軽く触れては離れていく。
 いつもより優しいキスに、少しずつ身体の力が抜けていく。
 私も要の唇を軽くんで応えた後、自分から唇を重ね、彼の背に腕を絡めた。すると要の腕が私の腰を抱き寄せる。
 閉じていた私の唇を、要の舌がつつくようにでる。
 私が唇を薄く開けば、ぬるりと要の舌が入ってきた。

「んっ」

 器用な舌先が、逃げ腰の私の舌先をまたつつく。それから上顎をじっくりと舌で撫で上げられれば、口の中が甘いしびれで満たされた。

「舌出せ」
「あっ、ふっ……」

 言われるままに舌を差し出すと、そのまま強く吸われ、絡め取られた。彼の動きに合わせるように夢中でキスを繰り返せば、舌がジンジンと痺れ、頭が恍惚こうこつとしてくる。
 身体の中にくすぶっていたもどかしい感覚が、また熱を持ち始める。
 そのキスの最中、要は私のシャツのボタンを片手で器用に外し、えりを大きく開いて袖を抜いていた。そのままシャツも、外れかけのブラも取り払い、ベッドの下へと投げ落としていく。
 スカートもホックを外され、するりと脱がされた。
 既にショーツはソファの上ではぎ取られていたから、私は一糸まとわぬ姿になる。

「ちょっと目を閉じて待ってろ」

 私をベッドに押し倒した要が、何か思いついたように口付けを止め、ベッドから離れた。私は腕で胸元を隠して、言われるままに目を閉じる。
 ズボンを脱ぐ衣擦きぬずれの音とフィルムを破るような音の後、少しして要が戻ってくる気配がする。
 ベッドがきしんだと思ったら、唇に温かいものが触れた。

「もう、良いぞ」

 目を開けば間近に要の顔があり、またキスをされた。
 彼の膝が私の脚を割り開いたかと思うと、その間に彼の身体が入ってくる。そうして腰を持ち上げられながら引き寄せられると、腰が浮く姿勢になった。
 無防備になった場所に、硬いものが触れる。

「は、ぁんっ」

 割れ目に沿って、ゆっくりと上に擦りつけられ、にちゅっと音を立てて花芯が潰される。私の身体は大きく震え、声が漏れた。
 それからまた下へと動いたそれが蜜口に触れ、静かな部屋にまた水音が響く。
 熱をはらんだかたまりが入口を軽く突くと、奥がキュッと締まった。

「んっ……要……」
「……良いか?」

 頷いた瞬間、ぐっとそれが入り込んでくる。と同時に、私の身体に激しい痛みが走った。

「んんっ! い、いたっ……」

 要が奥へ進もうとする度、押し開かれるような圧迫感と痛みが走り抜け、腰が引ける。
 こらえるために、腰を掴む要の手をきつく握り、目を閉じて下唇をかみしめた。

「友伽里、俺を見ろ……俺から目を逸らすな」

 まぶたを開けば、苦しげな顔をした要の姿が見える。

「もう少しだけ、我慢できるか?」

 何度も頷いて答えれば、また彼は口端こうたんを吊り上げて笑う。
 ひどく蠱惑的こわくてきな色気を含んだ彼の表情から目が離せず、私は息を呑んだ。
 だけど腰を掴む要の手に力がこもった瞬間、身体の奥に強い衝撃が走る。

「ひっ、いっ!」

 強烈な痛みに目の前がチカチカして涙がこぼれ、呼吸さえ忘れた。

「っ、入ったぞ」
「あ……」

 動きを止めて私を見下ろす要は、身体をかがめて息を乱していた。

「大丈夫か?」
「うん……要も……平気?」
「あぁ」

 やっと、彼と一つになれた。
 そう思うと、彼と繋がった部分のジンジンとしびれるような痛みも愛おしく感じられる。
 少し近くなった彼の顔に手を伸ばし、両手でその頬を包み込む。

「要……好き」
「俺もだ……友伽里、ずっと、俺の傍にいてくれ」

 いつもなら照れてはぐらかしてしまう私の言葉にも、要は真っ直ぐ私を見ながら応えてくれる。そんな彼の真剣な表情に胸がキュッと甘く締め付けられた。

「……うん」

 私が頷くと、要の手が私の頬から首筋を辿たどり、鎖骨、胸、お腹へと下りていく。
 その指先が触れたところから震えるような感覚が湧いて、私は小さく身をよじった。

「……もう、動くぞ」

 ゆっくりと小さな動きで膣壁を擦り上げられた途端、引きれるような痛みが走って、私の身体に力が入る。
 すると要の屹立きつりつしたものが私の中でびくりと震えた。

「っ! ……締め付けるな」
「んっ、だって……」
「加減できなくなるだろ……力抜け」
「はっ、んっ、わ、わかんな……」

 次第に律動が大きく、速くなる。その度に彼が侵食する部分からは、痛みに混じって熱が湧き上がり、次第にむずがゆさに似た感覚も生まれてきた。

「要っ……あっ、また、熱い……なか……変っ」
「気持ち良くなってきたんだ」
「ふっ、あっ……要は?」
「何がだ?」
「……気持ち、良くない? ……要も……良くなって……」

 そう言うと、眉間にしわを寄せてまた辛そうな表情をしていた要は、いきなり私の左脚を持ち上げて肩にかつぎ、私の身体を横にひねった。
 ジンジンとする内側をゴリッとえぐられ、痺れるようなうずきが走り、身体が震えた。

「やぁっ!」
「クソっ。こっちは我慢して、優しくしようとしてんのに、何であおる」

 ぐっと腰を打ちつけられ、要のものが子宮の入り口に触れる。

「あぁっ! 要っ、んっ」
「全部、呑み込んだな」
「はんっ! あっ、あっ!」

 激しく揺さぶられて、かき回されて、頭の中が真っ白になっていく。
 必死にシーツにしがみつき、喉からこぼれるあえぎを一生懸命こらえようとするけれど、それを許さないとばかりに要が身体を揺らしてくる。
 ベッドのスプリングが悲鳴を上げるようにギシギシときしみ、ぐちゅぐちゅと激しくなる水音と熱に浮かされたような私たちの吐息が激しさを増していく。
 それと共に、私の身体にはむずがゆさを通り越し、甘いうずきがどんどん広がっていく。身悶みもだえする身体が反り上がり、足の指先には力がこもる。

「あっ、かな、めっ……わたしっ、またっ」

 膨れ上がる熱と疼きに身体がぜてしまいそうなのに、身体は要からもたらされるものを受け止めようと彼の屹立きつりつを貪欲に絡め取っていた。

「イけ……俺も、イく」
「うぅんっ! あっ、ひっ、あぁぁっ!」

 膣壁の一点を突かれた瞬間、これまでにない刺激が突き抜ける。身体が激しく震え、また目の前が真っ白になった。
 悲鳴のような声を上げて、私がベッドに沈み込んだ瞬間、要も動きを止め、低くうめく。
 少しして要は、私と向かい合うようにベッドに横になり、息を乱したまま私の身体を抱きしめた。
 私も疲労感にくらくらしつつも彼の身体に腕を回し、すがりつくように抱きしめ返す。
 朦朧もうろうとしたまま彼のせわしなく上下する胸に頬を寄せる。
 そうして暴れるような鼓動を耳にしながら、私は意識を手放した。


 とても、幸せだった。
 その幸せが、ずっと続くと思っていた。
 だけど、それから二ヶ月。要が十九歳の誕生日を迎えた数日後に、要の従兄いとこが亡くなった。
 要と従妹いとこの目の前で、暴漢に刺されて殺されたのだ。
 それをきっかけに、少しずつ、要と私の歯車は狂い始めた。


   § § §


「異動になった」

 九年前の三月下旬のこと。私も要も二十三歳。ミシュランガイドにも紹介される高級中華料理店の個室席で円卓を囲みながら食事していると、ふと要がそう告げてきた。

「異動?」
「あぁ」

 彼は何てことのないように答え、ターンテーブルの上に置かれたお皿から油淋鶏ユーリンチーを豪快に取り分けて、食事を再開する。
 要は四年前に起こった従兄いとこの死亡事件をきっかけに警察官をめざし、大学卒業後、警察のキャリア官僚になった。
 彼の従兄を直接死に至らしめた犯人は現行犯逮捕されたけれど、事件はそれで終わってはいなかったのだ。
 事件の根本的な原因は、このあたり一帯で活動している大規模な暴力団組織の跡目争いだった。
 別に、従兄が暴力団の構成員だったわけでも、彼らとトラブルを起こしたわけでもない。
 ただ、従兄の親友が暴力団組長の妾腹しょうふくの息子で、その人が跡目にかつぎ上げられたのを機に組内で抗争が起き、相手方の人間に見せしめとして狙われたのが要の従兄だったらしい。
 そしてその従兄が殺されてしまった――要と従妹いとこの目の前で。
 彼の従兄妹いとこたちは両親と折り合いが悪く、酒乱の父親に毎日のように暴力を振るわれていたらしく、高校生だった私が要の家に行く度に真新しい傷を作っていた。やがて彼らは親元を飛び出し、要の家族と一緒に暮らし始める。それだけ要と従兄妹たちは仲が良かったのだ。
 だから要は、従兄が殺された理不尽なその理由にいきどおり、刺される前に従兄を助けられなかったことを後悔した。それで暴力団に対して強い嫌悪感を抱き、警察官となることを選んだのだ。
 そして志望通り、彼は主に暴力団、銃器・薬物対策などを目的とする組織犯罪対策部に配属されたけれど……

「もしかして、この間、怪我をしたせい?」
「それもある」

 強引な捜査をしていたらしく、要は半月前に暴力団関係者から銃撃され、怪我をした。
 血管の多い場所を撃たれたので出血もひどく、一時は血圧が下がって命の危険もあったのだ。最悪の事態も覚悟するようにと医師から宣告された時は、生きた心地がしなかった。
 幸い手術は成功し、麻酔で眠る要の青白い顔や、点滴や医療器械に繋がれた身体を見た時には、死ななくて本当に良かったと涙が止まらなかった。


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