世界の救世主になるのは偽聖女の姉ではなく、真の聖女の私です!

甘灯

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四章

13話 精霊の噂

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(…少し肌寒くなってきたわね)

 冷え切った暖炉の前の椅子に座って、アマリエは両肩を擦った。
その一方で窓際に立ったヴォルグは、ジッと外の様子を見ていた。
 窓の外はとっくに日が落ちている。

 少し前と違って、今のヴォルグはとても落ち着き払っていた。

「通信用の魔導具は持っていないんですか?」

 通信すれば、すぐにでも他の護衛たちが飛んでくるだろう。

「逃げる時に落としたようで…」

「…なるほど」

 ヴォルグの言葉にアマリエは少し肩を落とした。

 ヴォルグはすでに通信を試みようとしていた。

「…それに僕が護衛がいない・・・と気づいた時、すぐ通信しようとしたら阻止されたようでして…」

「それって…相手が通信妨害ぼうがい用の魔道具を持っている、ということでしょうか?」

「おそらく」

 通信妨害用の魔道具は通信の魔道具よりも値が張る。
そして質の良いものは市民が一生働いても買えないほど、とても高価な代物だ。
 
 推測の域だが敵は反神殿派の『大貴族』。
ならば、追跡者たちが高性能の妨害用の魔道具を持っていても、なんら不思議ではない。

(ヴォルグ様付きの護衛が倒されたってことは…相手はそうとうの手練てだれってことよね)

 大貴族の差し金なら、おそらくそれなりに腕の立つ傭兵を雇っているはずだ。
 救援を呼べない状態、そして敵のことを考えると無闇に動くのは危険だ。
 そう判断した二人は、夜が明けるまでこの廃屋に隠れることにした。
 しかしタルーデの夜は初夏近いというのに、とても冷え込む。

(…寒いわ)

 暖炉に火をつけたいところだが、追跡者に察知される危険があるので、それは出来ない。

 アマリエは俯きながら、無意識に自身の腕を擦った。
その時、月明かりに照らされた足元に細い影が伸びてきた。
 アマリエが顔を上げると、ヴォルグは着ていた自身の上着をアマリエの肩にそっと掛けた。

「寒いですよね。気が利かなくって申し訳ない」

「…え、あ、い、いえ…!」

 不意打ちにアマリエは、思わず声をあげた。
するとヴォルグは自身の結んだ口に人差し指を当てた。
無言の『静かに』という意味に、アマリエはハッとして慌てて口をつぐんだ。

「………すみません。大きな声を上げてしまって」

 アマリエは小声で謝った。

「でも…ヴォルグ様は寒くありませんか?」

 アマリエは気遣きづかわしげに言うが、ヴォルグはすぐ首を横に振った。

「僕は平気です」

「でも…」

「僕は精霊の加護・・・・・があるので寒さには強いんです。ですからお気遣いなく」

 素っ気なくそう言うと、ヴォルグは再び窓辺に戻った。
これ以上押し問答しても仕方がない。

「……ありがとうございます」

 ヴォルグの好意を無下にできずに、アマリエは頭を下げた。

(精霊がついているという噂は、本当なのね…)

 ヴォルグは『精霊王と契約しているのではないか?』と比喩・・されるほど、高い魔力量と類まれなる魔法の才能を持っていた。
 精霊は一般人にはその姿を見ることが出来ない。
聖女のアマリエでも、実際に精霊の姿を見たことはなかった。
 精霊が見える者は【精霊使い】と言われていて、世界でもその数は極めて少ない。
 魔力とは全く別の精霊という『自然の力』を扱えるのが、【精霊使い】である。
 本来この二つの力は相容れない・・・・・
それ・・を知っていても『ヴォルグが精霊王と契約しているのでは?』と囁かれているのは、彼が王族という事実を抜きにしても、別格の存在だからだ。
 精霊使いは魔道士からすると上級魔法を難なく使いこなすような、敬服の存在でもあった。
 精霊の祝福を受けた者は、森羅万象の力を得たも同義なのだ。
 
 
ー魔力と精霊の力。

 この二つの異なる力を使える人間は、稀有でとても異質だ。
 しかもヴォルグは【精霊王】と契約していると言われている。
 【精霊王】とは『風』、『火』、『水』、『大地』と四つの元素をそれぞれ・・・・統べる者たちのことで『精霊の長』のことを指す。
 四人しかいない【精霊王】は人間を好まないとされていて、契約すること自体『精霊王の気が触れた』と言われるほど、かなり珍しいことだった。

(精霊王までは分からないけど……ヴォルグ様から温かい気配オーラが感じられるわ)

 それは聖女ゆえの感覚だろうか。

ヴォルグが掛けてくれた上着の温もりに、安らぎを感じたままアマリエはうとうと眠りに落ちた。





          ・
          ・
          ・





『さァて、どうヤって標的・・ヲおびき出すつもりダ?』

 その機械じみたしゃがれた声に対して、アレンは振り向きもせずに答える。

「簡単なことだ」

 指を舐めて、風向きを確認するとアレンは近くの家屋に火を放った。

「殿下は火の精霊を飼っている・・・・・…感知は誰よりも早い」

「ナるほどなァ。さすガ…あの男のコトは誰よリも詳しいナ」

 その言葉に、アレンは殺気立った。

「オ前ガ、裏切リ者ダと知ったラ…あの男は一体どんな顔ヲす……」

 アレンは腕を真横に払う仕草をした。
その同時にバサッと漆黒の翼をはためかせた、一羽のカラスが飛び立つ。
 
 先ほどカラスが留まっていた場所に、銀色のナイフが深々と突き刺さっていた。
 
 仕留めそこなったアレンは、舌打ちをする。

「俺には構うな…約束通り、“ーーー”はおびき出してやる」

 それを聞くと、夜空を旋回していたカラスは満足したように一つ鳴いた。
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