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四章

3話 素顔

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 「一つ…聞いていいか…?」

 目の前に置かれた料理の品数の多さを見たネクタリウスは思わずそう尋ねた。

「何でしょう?」

 飲み物をコップに注ぎながらアマリエは首を傾げた。

「これを“一人”で食べるつもりだったのか?」

「えぇ、そうですけど」

 同然ようにアマリエは答えた。

「…どう見ても、5人前はあると思うが…」

 ネクタリウスの指摘にアマリエは苦笑した。

「あぁ、痩せの大食いとはよく言われます」

「…そうか」

「キュイ!」

「はいはい、フェイにはフードあげるわね」

 アマリエが革袋から固形の餌を皿によそうと、フェイは“ガツガツ”と音を立てながら勢い良く食べ始めた。

「私達も食べましょうか」

「そうだな」

 アマリエはスライスした肉を挟んだパンを食べ始めた。
スパイスの効いた甘辛のソースと柔らかい肉の相性は抜群だ。

(店主さんの料理は本当に美味しいわ)

 アマリエがホクホク顔で次々と料理を平らげていく様子を、ネクタリウスは呆気にとられたように無言で眺めていた。

「…そういえば、ラウルさんは一緒ではないんですね」

アマリエは辺りを見渡しながら話を振った。

「ああ…少し食料の調達を頼んでいてな」

「そうなんですね」

「じきに戻るとは思うが…」

「なら、ラウルさんの分は取っておきましょう」

 アマリエはまだ手をつけてない料理をバスケットに戻した。

「…気遣い感謝する」

「い、いえ!!」

 ネクタリウスが頭を下げたので、アマリエは慌てた。

「以前…ラウルが非礼が働いたと思うが…あいつは気難しい所はあるが良い子なんだ」

「…ですよね。ラウルさんはただ素直になれないだけだと思います」

「ああ…混血種ハーフというだけで冷遇されてきたせいか…他人を信用しない。いや…あえて壁を作ろうとするようだ」

「…なるほど。防衛線を張ってしまうんですね」

「ああ」

 ネクタリウスは腕を組みながら、深く頷いた。

「ラウルさんの気持ち…少しわかる気がします」

「?」

「神殿暮らしをしていた時、私に敵意を向けてくる人は少なからず居ましたから…」

 アマリエは当時のことを思い出し、少し俯いた。



 神殿の暮らしはアマリエにとっては生きづらく、まさに悪夢の日々だった。

 アマリエは聖女イレーネの実妹ということで神殿では破格の好待遇を受けていたが、それを不満に思う者は多かった。
 ぽっと出の商家の娘が大した修練を受けずにいきなり上級神官となり、神殿の顔である【聖女】の付き人に抜擢ばってきされたら、反感を買うのは至極当然の流れだ。
 それはイレーネが聖女を演じるためアマリエを側に置く必要性があったからだ。

 しかし、それを知る者は家族以外いない。

 聖女の妹ということであからさまな意地悪はされなかったが、影での陰湿な嫌がらせは度々あった。
陰口や物を隠されるという典型的な嫌がらせから、神殿宛てにアマリエに対して中傷的な手紙が何通も送られることもあった。
肉親であるイレーネはアマリエを毛嫌いしているので一切救いの手を差し伸べることはなく、見て見ぬふりを決め込んでいた。
 すべて“間接的”な嫌がらせだが、精神的に追い込まれるには十分過ぎた。
そのためアマリエは神殿にいる時は、自身の心が傷つかないように常に他人との距離を取っていた。

ーだから、他人に壁を作ろうとするラウルのことは決して“他人事”ではない。





「そうか…お前は神官だったな」

「はい、“元”ですけど」

 ネクタリスの言葉を、アマリエは苦笑して返した。

「そうか。逢った時より随分と生き生きして見える」

「そうですか?」

「ああ」

 その言葉にアマリエは少し考えこんだ。

「うん…そうかもしれませんね。今はとても自由な気がします」

 コップを見つめながら、アマリエはポツリと小さく呟いた。

 “元凶”の姉というしがらみがなくなったからそう思うのかもしれない。





「頬についてるぞ」

 ネクタリウスが不意に手を伸ばしてきた。

「え?」

 アマリエは弾かれたように顔を上げた。
ネクタリスの指が近づき、アマリエの唇のすぐ横についていたソースを拭う。

(え、え、え、)

 途端にアマリエは自身の顔がカッと熱を帯びていくのを感じた。

 その時、強い風が吹いた。

 アマリエは咄嗟とっさに顔に掛かった髪を手で抑えた。
と同時にネクタリウスが被っていたフードが後ろに外れた。

 ゾッとするほど艶めかしい男の相貌に胸が止まりそうになる。

 その赤い双眸そうぼうにアマリエは吸い込まれそうな感覚に陥った。

「…きれい」

 思わずそう呟いていた。

その瞳はあまりに澄んでいて美しかった。

「あ、いえ、すみません!!」

 すぐ我に返ったアマリエはペコペコと何度も頭を下げた。

「いや、嫌なものを見せたな」

「え?」

「こののことだ」

 赤い瞳は魔族特有の特徴である。
流れる血を連想させることから、不吉であり、畏怖いふの象徴として人間から忌み嫌われている。

「いえ!嫌なものなんて…私は綺麗だと思いました」

 アマリエは膝に乗せた手をぎゅっと強く握って、思い切って素直な気持ちを言った。
男の人に綺麗とか言うのははしたないことなのかもしれない。
 しかし本当にそう思ったのだ。一方のネクタリウスはその言葉が意外過ぎて目を見開いた。
そう言った“人間”をネクタリウスは今まで会ったことがなかった。

「おかしなやつだな…」

 目を伏せながら、ネクタリウスはすぐフードを被り直した。
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