32 / 52
四章
1話 休息
しおりを挟む
『如何なさいましたか、我が君?』
木の幹に上体を預けて、瞼を閉じていたネクタリウスに声がかかった。
「ロバルンレッド王国に“夜鴉は潜伏しているのか?」
ネクタリウスは瞼を開けることもなく、問いかけると相手はすぐさま『はい』と答える。
「イオロスの魔物討伐の件での調査報告が知りたい」
『…承知致しました』
「頼む」
要件を伝えたネクタリウスがすぐ“念話”を切ろうとすると、相手は露骨に咳払いをした。
『…一つ聞いても宜しいでしょうか?』
「なんだ?」
『…いつお戻りになられるのでしょうか?私だけでは処理しきれない案件が次々と舞い込んでおりまして…』
相手は心底困り果ているようで、穏やかながらその声には疲労が滲み出ていた。
「…すまん。もうしばらくかかる」
『謝る必要などございません』
素直に謝罪するネクタリウスに、相手は苦笑した。
『道中お気をつけて』
「ああ」
念話を終えたネクタリウスは、そよ風に揺れる草木の心地よい音に耳を傾け始めた。
「有益な情報はまだ何も掴んでいない…」
ネクタリウスは独り呟くと長く息をついた。
ネクタリウスが欲しい情報は【魔剣】に関する事だ。
そのため、魔剣がなくなった同時期に発生したイオロスの魔物の軍勢が関係している可能性が非常に高い。
しかし、魔剣がなくなった当時はその後の処理に追われて、イオロスに到着した時にはすべて片が付いていた。
そもそも討伐に間に合っても、ネクタリウスは介入が出来ない立場である。
しかし、隠密でも自分が動けば、何らかの情報は掴めたかもしれない。
森の猟師も自分がもっと早く向かっていたら、死なせずに情報を掴めたかもしれない。
全てはあくまで可能性の話だが、ネクタリウスは後悔ばかりが頭にちらついた。
その時
「ガゥ!ガゥ!」
遠くの方から獣の低い唸るような声が聞こえ、ネクタリウスは薄く瞼を開けた。
目の前にある丘から数頭の灰狼が白い小型獣を追い駆けている姿が見える。
(………)
自然界で弱い獣が強い獣に捕食されるのは自然の摂理だ。
ネクタリウスは全く気に留めず、傍観者に徹することにして、目を閉じようとした。
しかし、白い小型獣は明らかにこちらに向かって駆けて来てる。
「おい…」
ネクタリウスは戸惑った声を出した。
白い小型獣が大きく跳躍し、ネクタリウスの肩に乗ってきた。
追いついた灰狼が歯を剥き出しにして、吠えかかってくる。
「キュイ…」
白い小型獣が身を縮めてネクタリウスの首に縋るようにして、身体を小さくして震えていた。
胴長の首には青い首輪が嵌められている。
(こいつは…魔獣か?)
ネクタリウスはその小型獣から微かに魔力を感じ取った。
魔獣とは瘴気を含んだ森や荒れ地に住んでいる動物だ。
一般的な獣と違うのは魔力を持っていて、魔法のような攻撃をしてくる。
冒険者ギルドではよく討伐依頼が舞い込んでくる厄介な害獣でもあった。
(しかし…見たことのない魔獣だな)
ネクタリウスはこんな胴長で短足な魔獣は見たことがなかった。
(……希少種なのかもしれんな)
途端に興味が沸いたネクタリウスは、すくっと立ち上がった。
そして五月蝿く吠える灰狼に対して“ダン”と一歩足を踏み出した。
一瞬怯んだ灰狼だが、獲物の前にして逃げ帰るような真似はしない。
ネクタリウスはため息をつきながら、静かにフードを外す。
煌々と燃えるような赤い瞳が、灰狼達を冷たく見下ろす。
言い知れぬ恐怖を本能で感じた灰狼達は耳と尻尾を丸めるとジリジリと少しずつ後退った。
『去れ』
ネクタリウスが“命じる”と、灰狼は一斉に背を向けて走り去っていった。
「やれやれだな」
「キュイ…」
ネクタリウスは溜め息を吐き、小型獣も応えるように小さく鳴いた。
木の幹に上体を預けて、瞼を閉じていたネクタリウスに声がかかった。
「ロバルンレッド王国に“夜鴉は潜伏しているのか?」
ネクタリウスは瞼を開けることもなく、問いかけると相手はすぐさま『はい』と答える。
「イオロスの魔物討伐の件での調査報告が知りたい」
『…承知致しました』
「頼む」
要件を伝えたネクタリウスがすぐ“念話”を切ろうとすると、相手は露骨に咳払いをした。
『…一つ聞いても宜しいでしょうか?』
「なんだ?」
『…いつお戻りになられるのでしょうか?私だけでは処理しきれない案件が次々と舞い込んでおりまして…』
相手は心底困り果ているようで、穏やかながらその声には疲労が滲み出ていた。
「…すまん。もうしばらくかかる」
『謝る必要などございません』
素直に謝罪するネクタリウスに、相手は苦笑した。
『道中お気をつけて』
「ああ」
念話を終えたネクタリウスは、そよ風に揺れる草木の心地よい音に耳を傾け始めた。
「有益な情報はまだ何も掴んでいない…」
ネクタリウスは独り呟くと長く息をついた。
ネクタリウスが欲しい情報は【魔剣】に関する事だ。
そのため、魔剣がなくなった同時期に発生したイオロスの魔物の軍勢が関係している可能性が非常に高い。
しかし、魔剣がなくなった当時はその後の処理に追われて、イオロスに到着した時にはすべて片が付いていた。
そもそも討伐に間に合っても、ネクタリウスは介入が出来ない立場である。
しかし、隠密でも自分が動けば、何らかの情報は掴めたかもしれない。
森の猟師も自分がもっと早く向かっていたら、死なせずに情報を掴めたかもしれない。
全てはあくまで可能性の話だが、ネクタリウスは後悔ばかりが頭にちらついた。
その時
「ガゥ!ガゥ!」
遠くの方から獣の低い唸るような声が聞こえ、ネクタリウスは薄く瞼を開けた。
目の前にある丘から数頭の灰狼が白い小型獣を追い駆けている姿が見える。
(………)
自然界で弱い獣が強い獣に捕食されるのは自然の摂理だ。
ネクタリウスは全く気に留めず、傍観者に徹することにして、目を閉じようとした。
しかし、白い小型獣は明らかにこちらに向かって駆けて来てる。
「おい…」
ネクタリウスは戸惑った声を出した。
白い小型獣が大きく跳躍し、ネクタリウスの肩に乗ってきた。
追いついた灰狼が歯を剥き出しにして、吠えかかってくる。
「キュイ…」
白い小型獣が身を縮めてネクタリウスの首に縋るようにして、身体を小さくして震えていた。
胴長の首には青い首輪が嵌められている。
(こいつは…魔獣か?)
ネクタリウスはその小型獣から微かに魔力を感じ取った。
魔獣とは瘴気を含んだ森や荒れ地に住んでいる動物だ。
一般的な獣と違うのは魔力を持っていて、魔法のような攻撃をしてくる。
冒険者ギルドではよく討伐依頼が舞い込んでくる厄介な害獣でもあった。
(しかし…見たことのない魔獣だな)
ネクタリウスはこんな胴長で短足な魔獣は見たことがなかった。
(……希少種なのかもしれんな)
途端に興味が沸いたネクタリウスは、すくっと立ち上がった。
そして五月蝿く吠える灰狼に対して“ダン”と一歩足を踏み出した。
一瞬怯んだ灰狼だが、獲物の前にして逃げ帰るような真似はしない。
ネクタリウスはため息をつきながら、静かにフードを外す。
煌々と燃えるような赤い瞳が、灰狼達を冷たく見下ろす。
言い知れぬ恐怖を本能で感じた灰狼達は耳と尻尾を丸めるとジリジリと少しずつ後退った。
『去れ』
ネクタリウスが“命じる”と、灰狼は一斉に背を向けて走り去っていった。
「やれやれだな」
「キュイ…」
ネクタリウスは溜め息を吐き、小型獣も応えるように小さく鳴いた。
2
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる