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三章

13話 勧誘

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「お、起きたか」

 目を覚ましたアマリエの顔を覗き込んで、バッカスが声をかけた。

「ここ…は?」

「タルーデ神殿だ」

 首だけ左右に振りながら部屋を眺めるアマリエに、バッカスは答えた。

「私…どうして…」

「魔力の使い過ぎだって、お前を診た神官が言ってたぞ」

 バッカスの言葉に、気を失う前の記憶が蘇ったアマリエは飛び起きた。

「フェイ!」

 周りを見回すがフェイの姿は見当たらない。

(治癒が間に合わなかったの…?)

 アマリエは途端に顔を青くした。

「ああ、あのイタチなら専門家に診てもらってるぞ」

「本当ですか!あの子生きてるんですね!」

「お、おう」

「よかった…!」

 急に頭がくらくらしてきたアマリエは思わずこめかみを押えた。

「まだ横になってろよ」

 バッカスはアマリエの身体を支えながらベットに寝かせた。

「俺の”元”仲間が悪かったな」

 バッカスは深々と頭を下げた。

「そ、そんな貴方のせいでは…!」

 アマリエは反射的に上体を起こした。

「いや、俺の監督不行届ってやつだ。本当にすまない」

 バッカスは頭を下げながら話を続ける。

「わ、分かりましたから…頭を上げてください」

 そう言うとバッカスはやっと顔を上げた。

「あいつは牢行きになった。余罪も結構あるようでな…一生塀の中だろうって話だ」

「そうですか…」

 しばらく沈黙が続いた。

コン、コン

 ドアをノックする音が聞こえて、アマリエとバッカスは互いの顔を見やった。
「どうぞ」とアマリエが言う。
 ドアが微かに開くと、白い毛玉が飛び込んできた。

「キュイ!」

 アマリエは胸に飛び込んできた白い毛玉を反射的に抱きとめた。

「フェイ!?よかった…!」

 アマリエは元気になったフェイを見て涙目になった。

「よかった。君の目が覚めて…」

 そう言って部屋に入ってきたのは小肥りな青年だった。

「ミハエル」

 バッカスが彼の名前を呼ぶ。

「もう明日には帰っても大丈夫だって」

「そうか」

「うん。…君のおかげだよ」

 ミハエルはそう言ってアマリエの方を向いた。

「君の応急処置が良かったって…本当にありがとう」

 ミハエルは頭を下げた。

「元気になられて本当によかったです!」

アマリエは笑顔で答えた。



   ◇◇◇◇   ◇◇◇◇



「ところでさ。あんた、冒険者なんだよな?」

 バッカスはアマリエが首に下げている金属のタグを見て言った。

「?そうですけど」

 アマリエは不思議そうに首を傾げた。

「無所属なら、俺らの同盟に入らないか?」

「同盟?」

バッカスの話では、大抵の冒険者は同盟に入っているらしい。

「俺達の同盟は「陽気な旅団」って名で…在籍者はざっと150人ぐらいか…能力や階級は関係なく誰でも歓迎はしてる」

「お誘いありがとうございます…でも」

 アマリエは旅費を稼ぐ為に、ギルドに入ったこと。
資金が溜まったら、この街を出る予定だと言うことを簡単に伝えた。

「そうか。まぁ、それでも構わないぞ」

 バッカスはあっけらかんと言った。
「な?」とバッカスは同意を求めるようにミハエルを見遣った。

「うん。うちの同盟は特に“誓約書”を交わしたりしないから。うちは“来るもの拒まず去るもの追わず”って感じだよ」

 ミハエルはニコニコと言った。

「そ、そうなんですか」

 ギルドに入った時も書類審査は偽名でも平気だったが、身構えていたアマリエは拍子抜けした。

「そうそう!ただし!!」

 バッカスは急に真顔になった。

「仲間を大切にしない奴は俺は大嫌いだからな。裏切るようなやつには容赦しない」

 ぞわりと背筋が粟立あわだつような低い声に、アマリエはゴクリと喉を鳴らした。

「まぁ、あんたは信用できる奴だよ。仲間を助けてくれたし、それにこの俺の目に狂いはない!」

 バッカスは自信満々に言った。


「…そうは言うが、貴様があんなろくでも無い奴を他の同盟から引き抜きさえしなければ…こんな事態は防げたがな」

 吐き捨てるような低い女性の声が聞こえて、アマリエはドアに目を向けた。
そこにはドア枠に身体を預けながら腕を組んでいる女性の姿があった。
アマリエはそのあまりの美貌に息を呑んだ。

 歳は20代前半ぐらいに見える。
烏玉ぬばたまのような艶やかな漆黒の髪を背中に流しているスラリとした長身。
秀麗な顔立ちで、切れ目の翡翠の瞳はその美貌ゆえか近寄りがたい冷たい印象を与えていた。
首襟の高い黒い服を着ていてるがはち切れんばかりの豊満の胸で苦しいのか、胸元までボタンを開けている。腰から横に切り込みが入っており、艶めかしい生脚が眩しく覗いていいた。
顔といいスタイルといい、全く文句の付け所がない絶世の美女だ。

「リエッタ」

 バッカスが声をかけると、黒衣の美女・リエッタはヒールを高々に鳴らしながらベットに近づいてきた。

「君がマリエか?」

「そ、そうです」

 突き放したような冷たい声にアマリエは思わず居住まいを正した。

「そうか」

 リエッタの冷えた目が不躾ぶしつけなまでにジトリとアマリエを見下ろしていた。

(私…な、何かやらかしたかしら…?)

 高圧的とは言わないがそれに近い威圧感のある視線に、冷や汗が出始めた頃。

「弟を助けてくれて感謝する」

 リエッタはそう言って、深々と頭を下げた。

「へ…?」

 アマリエは間抜けな声を出した。

「弟…?」

 アマリエは啞然としながら、ミハエルの方を向く。
ミハエルは少しバツが悪いといった感じで、こめかみを掻いていた。

「うん、僕の姉なんだ…」

「ビックリするほど似てねぇだろう?」

 バッカスがミハエルの肩に手を回しながら、茶々を入れた。

「え、そんなことは!」

「はは…慣れてるから気を使わないでいいよ」

 気を使うアマリエにミハエルは苦笑いをした。

「貴様は!」

 すると突然、リエッタはバッカスの胸倉を掴んだ。

「貴様のせいで弟は死にかけたんだぞ!その自覚はあるのか!?」

「姉さん!やめなよ!」

 ミハエルは慌ててリエッタを羽交い締めにして、バッカスから引き離した。

「お前もお前だ!バッカスに甘すぎる!!」

「バッカスはちゃんと謝ってくれたよ」

「それは当然だろう!」

「僕はバッカスを許したんだよ、姉さん」

 温厚な性格のミハエルだが、微かに見開いた目は物言わせぬ迫力があった。
リエッタは思わず押し黙った。

「…ミハエルが許しても、私は一生許さんからな」

 バッカスに静かな怒りを向けながら、リエッタは睨む。

「ああ。当然だ。俺は仲間を危険に晒したんだからな」

 バッカスも真摯な目でそう返事をした。
リエッタはフンと不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、もう何も言い返さなかった。

「そ、そうだ!姉さん、マリエさんを同盟に入れてもいいよね?」

ミハエルはこの重たい空気を払拭するように明るい声で話題を変えた。

「…ああ、それには異論はない」

「よかった!」

 ミハエルは胸を撫で下ろした。

「えっと…よろしくお願いします!」

 アマリエは慌ててリエッタに頭を下げた。

「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」

 リエッタが差し伸べてきた手を取り、アマリエは握手を交わした。
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