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二章

4話 聖女の覚醒

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「ベッドで寝るなんて何日ぶりかしら!」

 アマリエは感極まってベットにダイブした。


 お金を得たアマリエはすぐに宿屋に向かった。
そして宿屋の店主が案内したのは、ベッドと机が置かれただけの簡素な部屋だった。
しかし聖都から遠い地であるイオロスの遠征でしばらく駐屯地でのテント暮らしだったアマリエは感動した。
 地面に布を敷いただけの寝床と宛がわれた部屋の寝床ベットでは、雲泥の差がある。

 ポムッと柔らかな枕に顔を埋める。
フカフカの感触と洗いたての石鹸の香りがする。
アマリエは今までの疲れを吐き出すように大きく息をつく。

(…これから、どうしようかしら) 

 自分を殺そうとした姉の元には戻れない。
イレーネはなぜ自分を必要ないと言い出したのか、アマリエには分からない。
アマリエが居ないとイレーネは“聖女”を演じることは出来ない。

ーそれはイレーネが最も恐れていることだったはずだ。

(イレーネお姉様…何を考えているの?)

 本来ならイレーネに直接会って問いただすべきだが、実妹を手にかけることをいとわない相手だ。
今イレーネに会ったところで、足が竦んで何も出来ないことはアマリエでも容易に想像できた。

 それに今のアマリエには“聖女”として、やらなければならない使命がある。
イレーネのことを無理やり頭の隅に追い込むように、神獣の言葉を思い出す。


『聖女のお前には堕神に協力した者を探してほしい』

『神力の供給を止めることにした。これからは神力の回復はできない。今のお前の“器”にある神力のみで賄わなければならん。よく見極めて力を使うことだ』

 アマリエは仰向けになって右手の甲を見た。
聖紋がうっすら光を帯びているが、それは弱々しい。
これが消える時、アマリエは聖女の力を失うことになる。

「これからは大事に使わないとね」

 アマリエは聖紋に触れながら自分に言い聞かせる。

 そのうちに瞼を開けていられないほどの強い睡魔が襲ってきた。
ぼやけた視界で、窓から見える空は白けて始めている。

 アマリエは落ちるように深い眠りについた。


 ◇◇◇◇ ◇◇◇◇


 滑らかな毛並みにベタッとした血がついている。
老犬の息は浅く、舌をだし、目の焦点もあってはいない。
老犬・クロードはアマリエの父が大切にしている狩猟犬だ。
とても利口で穏やかな性格だが、もう15歳という高齢で、最近は無駄に吠えたり、呼んでも反応がなかったり耳も遠くなってきていた。

 その日は最後の狩猟と決めて、父はクロードと出かけたが、大熊に出くわしてしまい、父の制止にも聞かずには立ち向ってしまった。
大熊に横腹を薙ぎ払われるように攻撃をされてしまい、クロードは重症を負っていた。

 アマリエが生まれた時からクロードはいつも側にいた。
姉ばかりで自分に冷たい両親に代わって、クロードはいつも近くにいてくれた存在だ。
 泣いている時には顔を舐めて、慰めてくれた。

アマリエにとってはクロードは友達であり、兄のような大切な家族だった。

 アマリエはクロードの患部に手を当てて、光魔法をかけ続けた。
しかし、傷が塞がる様子はない。
力が足りない。アマリエは自分の非力さを恨んだ。

(主よ、どうかクロードを助けてください!!)

 そう強く思った時、右手の甲が温かい光に満ちた。

『もっと、強く願え』

頭の中に呼びかけるような声がした。

アマリエは藁にも縋る思いで言われた通りに、クロードを助けたいと懸命に祈った。
すがれるものなら、それが悪魔でも構わない。


 するとが手の甲に“青い紋章”が突然浮き上がってきた。


『………くっ!!』

 すると殴られたような頭の強い痛みと激しい眩暈がして、アマリエはうずくまりながら頭を抱えた。

 頭の中にたくさんの呪文の羅列が浮かぶ。

『お嬢様、どうされました!?』

 使用人が駆け寄り、アマリエの身体を支えた。

(気持ち悪い。頭の中をかき混ぜられている感じ…)

しばらくして呪文の羅列の波が収まり、頭痛は嘘のようにすぐに治まった。



『【聖女】の力を示せ』
 
 頭の中の声がそう言った。

(聖女…)

 アマリエは何かに憑りつかれたように、クロードの患部に手を当てた。
そして頭に流れてきた呪文の羅列の中で、ある呪文をあたまに思い浮かべながら、同時に光魔法を唱える。

全回復オールヒール

するとえぐれた傷口がみるみるうちに塞がった。

『アマリエ、すごいぞ!!』

 その光景を見ていた父親は興奮した様子で、後ろからアマリエの肩を掴んだ。
いつもは冷めた態度の父が自分を褒めてくれることに、アマリエはくすぐったい気持ちになった。

少しすると老犬はヨロヨロと起き上がるまで、回復した。

『クロード、よかった…』

アマリエはクロードを優しく抱きしめた。


 これがアマリエが聖女として覚醒した出来事だった。
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