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一章
5話 アンデッド軍の侵攻
しおりを挟むロバルンレット王国の北端・イオロスの村にアンデットの群れが進攻していた。
真っ黒な眼窩には、赤い光が禍々しく宿っている。
血肉を失った体に古びた鎧を纏い、不自然に曲がった関節を気にも止めずに、こちらに向かって歩いてくる。
緩慢な動きにあわせて、ガシャ、ガシャと鎧の金属音が響き、裂けた口から覗く欠けた歯がカタカタと乾いた音を鳴らしていた。
ジリジリと迫ってくるアンデッドの大群に若い魔道士がゴクリと喉を鳴らした。
ガクガクと震える膝を奮い立たせるように、手に持った杖を強く握り直す。
(早くしてくれよ!)
苛立ちと不安に駆られながら、目の前に立つ隊長が動くのひたすら待つ。
アンデットの大軍を迎え撃つため、魔道士部隊が周辺をよく見渡せる台地に整列していた。
そしてアンデットの先頭がある一線を超えた時、隊長が前方に腕を突き出して、鋭い声を放った。
「第1魔道士部隊“術式発動”!」
「炎球!」
「旋風!」
「雷光!」
詠唱を唱えた魔道士が一斉にそれぞれの攻撃魔法を放つ。
繰り出される魔法にアンデット達が次々と吹き飛んだ。
すぐに第1魔道士部隊が後方に退き、先頭になった第2魔道士部隊が隊長の号令で魔法を放つ。
しばらくこうした魔法の攻撃が続いた。
そしてアンデット軍の体勢が崩れたタイミングで、武器を持った騎士達が一斉に丘を駆け下りた。
魔物には心臓部である【核】が存在する。
核を壊すには、物理的に“砕く”しか術はなく、その役目は騎士に委ねられていた。
魔道士の魔法で魔物の戦力を削ぎ落とし、騎士が核を破壊する。
魔物との戦いはこれが主流だった。
しかし付与魔法で身体能力の上昇や武器防具を強化しても、この戦い方は騎士の負担が大きいものだった。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
イオロスの村の外れの駐屯地では神官達が運ばれてきた騎士たちの傷の治療にあたっていた。
「重症度の高い方はこちらに運んでください」
アマリエの指揮で重症の騎士達が1か所に集められた。
「では、治癒を始めます」
“イレーネ”がいつものように、患者の前に立って両手を組んだ。
「癒やしの泉」
そう詠唱を唱えると、ポコポコと音を立てて地面から光に満ちた水が湧き出してきた。
それは噴水となり、騎士達の頭上に降り注ぐと傷口がみるみるうちに塞がった。
「おお…」
周囲から感動の声が漏れた。
「聖女様、ありがとうございます…!」
傷が癒えた騎士たちはイレーネに感謝の言葉を言い、深く頭を下げた。
周囲がせわしなく怪我人の処置に追われていると、1人の騎士が慌てた様子でテントの中に入って来た。
「聖女様!別方面からアンデットがこちらに迫っております!!」
「なんと!」
その言葉に、初老の神官が声を上げた。
主力の騎士と魔道士は前線に出ているために、ここに残っているのは神官と負傷した騎士だけだった。
「前線にも伝令を向かわせているのですが間に合うかどうか…」
「…わたしが向かいますわ」
イレーネは毅然と言った。
「聖女様、大丈夫ですか?かなり力を消耗しているのでは…」
気遣わしげに初老の神官がイレーネに声をかけた。
「大丈夫です。前線に立って戦っている方々に比べたら、これくらいなんともありませんわ」
イレーネは額を拭うような仕草をみせて、気丈に振る舞う素振りをする。
最もなことを言うが、イレーネはただの“フリ”をしているだけだ。
影で力を行使しているアマリエの負担は思ったよりも大きい。
それでもイレーネはアマリエに力の酷使をさせる気でいた。
「アマリエ。行きますよ」
「…はい」
気遣う素振りもないイレーネに従って、アマリエはふらついた足取りでその場を後にした。
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