16 / 21
二章
七話 仲直り
しおりを挟む
「え…」
黒羽根は思わず声を出していた。
「…随分と大きくなったね。その眉間のシワ…お父さんにそっくり!」
緒美は自身の眉間に指をそっと添えると、悪戯っぽく笑った。
「さっきから何を言っているんですか…忽那さん?」
黒羽根は眉間をさらに深くギュッと寄せた。
不快感をあらしていることは目に見えてわかった。
「私のこと…誰だかわからない?」
緒美は今度はシュンとした表情で下を向いた。
地面に落ちていた小石を蹴る。
「わからないも何も…忽那さんではないですか!」
黒羽根は若干苛つきながら、乱暴に言葉を吐き捨てた。
すると緒美はわざと大げさにため息をつく。
「……あんたさ、悪い点数を取るといつもの勉強机の3段目の引き出しに隠してたわよね」
「え」
「バレンタインでチョコ貰った時はクローゼットの収納箱にこっそりと隠して…」
「ど、どうしてそれを…?」
黒羽根は明らかに動揺していた。
「そんなこと…姉ぐらいしか知らない…」
黒羽根はハッとしたように口元を抑えた。
「そんな馬鹿な…」
脳裏にふっと浮かんだ考えを払拭するように頭を振る。
(馬鹿馬鹿しい!どうかしている…)
黒羽根は困惑しながら、片手で自身の顔を覆った。
その様子に緒美は溜息をついた。
「…あんたが13歳の時だったわね。叔父さんの家の廃屋に無断で入って、腐っていた階段から踏み外して落ちそうになった私を…あんたが身を挺して守ってくれた」
その言葉に黒羽根は驚いて緒美を見た。
「そのせいで…あんたに…大怪我をさせてしまった」
階段の下には硝子や木片が散乱していた。
黒羽根は美久を庇ったままその瓦礫の下に落ちてしまい、背中を数十針も縫う大怪我をしてしまった。
怪我は完治したがその時の傷は残ったままで、ちょうど水泳部に入部していた黒羽根にとって、その傷を奇異の目で見られるのは苦痛でしかなかった。
黒羽根の元から近寄りがたい雰囲気が相まって、『他校生と喧嘩した時に負った傷だ』と言う根も葉もない噂が飛び交い、不良のレッテルを貼られてしまった。
「あんたは自分の不注意だって父さん達に言ったけど…私があんたを無理やり行こうと誘ったのがいけなかったのに…本当にごめんなさい」
緒美の瞳から溢れんばかりの涙が零れ落ちた。
その涙を懸命に抑えようと目を擦るその姿が、大怪我したあの時に見せた姉の泣き顔と重なった。
「…姉貴?」
黒羽根は思わず、そう口にした。
「そうだよ!やっとわかったの!?」
美久は泣きながら叫んだ。
「どういう事なんだ…?」
目の前の出来事が全く理解できずに、黒羽根は思わず呟いた。
「緒美さんに体を借りてるのよ…あんたにどうしても渡したいものがあって…」
「え…?」
困惑する黒羽根に、美久は青い袋を差し出した。
「…これは?」
「いいから開けて」
美久は気恥ずかしそうに、そっぽを向きながら言った。
黒羽根は言われた通り、小さな袋を開けた。
中には片手で収まるフェルト製のお守りが入っており、黒羽根はそれを静かに見つめた。
「あんたに渡そうと思ったのよ…死ぬことがわかっていたら…もっと前に渡していたのにね」
美久は冗談めいたように言って、泣きはらした顔で笑った。
「とっくに大会は終わっちゃったけど…これからも頑張って生きなさいよ…私はあんたを庇って死んだことに後悔はないの。だって私は一度あんたに助けてもらったんだもん。…だから…だからね、あんたはもう前を向いて歩いて行きなさい。もう過去に囚われ続けるのはやめて、ね?」
「………」
一緒に入ってた二つ折りの紙を開くと、たった一言『頑張れ』の文字が書かれていた。
間違いない、姉の文字だ。
黒羽根はお守りとそれをギュッと握った。
「俺は姉貴の未来を奪ったんだよ…?」
泣きそうな黒羽根の両頬に、美久は自身の手を挟んで、前を向かせた。
互いの目が合う。
「だからこそ…あんたは私の分まで生きるの。投げやりになって生きること、放棄するのは絶対に許さないから!」
美久は力強く告げると、ゆっくりと黒羽根の顔から手を離す。
そして後ろ手を組みながら、ゆっくり後ろへ下がった。
「あと、お父さん達をよろしくね。あんたが全然家に寄り付こうとしないから…きっと寂しがってるわ」
「……わかったよ。たまに帰る」
少しの間を置いてからやっと答えた黒羽根に、美久はとびきりの笑顔を向けた。
「約束だからね!」
黒羽根は思わず声を出していた。
「…随分と大きくなったね。その眉間のシワ…お父さんにそっくり!」
緒美は自身の眉間に指をそっと添えると、悪戯っぽく笑った。
「さっきから何を言っているんですか…忽那さん?」
黒羽根は眉間をさらに深くギュッと寄せた。
不快感をあらしていることは目に見えてわかった。
「私のこと…誰だかわからない?」
緒美は今度はシュンとした表情で下を向いた。
地面に落ちていた小石を蹴る。
「わからないも何も…忽那さんではないですか!」
黒羽根は若干苛つきながら、乱暴に言葉を吐き捨てた。
すると緒美はわざと大げさにため息をつく。
「……あんたさ、悪い点数を取るといつもの勉強机の3段目の引き出しに隠してたわよね」
「え」
「バレンタインでチョコ貰った時はクローゼットの収納箱にこっそりと隠して…」
「ど、どうしてそれを…?」
黒羽根は明らかに動揺していた。
「そんなこと…姉ぐらいしか知らない…」
黒羽根はハッとしたように口元を抑えた。
「そんな馬鹿な…」
脳裏にふっと浮かんだ考えを払拭するように頭を振る。
(馬鹿馬鹿しい!どうかしている…)
黒羽根は困惑しながら、片手で自身の顔を覆った。
その様子に緒美は溜息をついた。
「…あんたが13歳の時だったわね。叔父さんの家の廃屋に無断で入って、腐っていた階段から踏み外して落ちそうになった私を…あんたが身を挺して守ってくれた」
その言葉に黒羽根は驚いて緒美を見た。
「そのせいで…あんたに…大怪我をさせてしまった」
階段の下には硝子や木片が散乱していた。
黒羽根は美久を庇ったままその瓦礫の下に落ちてしまい、背中を数十針も縫う大怪我をしてしまった。
怪我は完治したがその時の傷は残ったままで、ちょうど水泳部に入部していた黒羽根にとって、その傷を奇異の目で見られるのは苦痛でしかなかった。
黒羽根の元から近寄りがたい雰囲気が相まって、『他校生と喧嘩した時に負った傷だ』と言う根も葉もない噂が飛び交い、不良のレッテルを貼られてしまった。
「あんたは自分の不注意だって父さん達に言ったけど…私があんたを無理やり行こうと誘ったのがいけなかったのに…本当にごめんなさい」
緒美の瞳から溢れんばかりの涙が零れ落ちた。
その涙を懸命に抑えようと目を擦るその姿が、大怪我したあの時に見せた姉の泣き顔と重なった。
「…姉貴?」
黒羽根は思わず、そう口にした。
「そうだよ!やっとわかったの!?」
美久は泣きながら叫んだ。
「どういう事なんだ…?」
目の前の出来事が全く理解できずに、黒羽根は思わず呟いた。
「緒美さんに体を借りてるのよ…あんたにどうしても渡したいものがあって…」
「え…?」
困惑する黒羽根に、美久は青い袋を差し出した。
「…これは?」
「いいから開けて」
美久は気恥ずかしそうに、そっぽを向きながら言った。
黒羽根は言われた通り、小さな袋を開けた。
中には片手で収まるフェルト製のお守りが入っており、黒羽根はそれを静かに見つめた。
「あんたに渡そうと思ったのよ…死ぬことがわかっていたら…もっと前に渡していたのにね」
美久は冗談めいたように言って、泣きはらした顔で笑った。
「とっくに大会は終わっちゃったけど…これからも頑張って生きなさいよ…私はあんたを庇って死んだことに後悔はないの。だって私は一度あんたに助けてもらったんだもん。…だから…だからね、あんたはもう前を向いて歩いて行きなさい。もう過去に囚われ続けるのはやめて、ね?」
「………」
一緒に入ってた二つ折りの紙を開くと、たった一言『頑張れ』の文字が書かれていた。
間違いない、姉の文字だ。
黒羽根はお守りとそれをギュッと握った。
「俺は姉貴の未来を奪ったんだよ…?」
泣きそうな黒羽根の両頬に、美久は自身の手を挟んで、前を向かせた。
互いの目が合う。
「だからこそ…あんたは私の分まで生きるの。投げやりになって生きること、放棄するのは絶対に許さないから!」
美久は力強く告げると、ゆっくりと黒羽根の顔から手を離す。
そして後ろ手を組みながら、ゆっくり後ろへ下がった。
「あと、お父さん達をよろしくね。あんたが全然家に寄り付こうとしないから…きっと寂しがってるわ」
「……わかったよ。たまに帰る」
少しの間を置いてからやっと答えた黒羽根に、美久はとびきりの笑顔を向けた。
「約束だからね!」
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
甘灯の思いつき短編集
甘灯
キャラ文芸
作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)
※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【台本置き場】珠姫が紡(つむ)ぐ物語
珠姫
キャラ文芸
セリフ初心者の、珠姫が書いた声劇台本ばっかり載せております。
裏劇で使用する際は、報告などは要りません。
一人称・語尾改変は大丈夫です。
少しであればアドリブ改変なども大丈夫ですが、世界観が崩れるような大まかなセリフ改変は、しないで下さい。
著作権(ちょさくけん)フリーですが、自作しました!!などの扱いは厳禁(げんきん)です!!!
あくまで珠姫が書いたものを、配信や個人的にセリフ練習などで使ってほしい為です。
配信でご使用される場合は、もしよろしければ【Twitter@tamahime_1124】に、ご一報ください。
ライブ履歴など音源が残る場合なども同様です。
覗きに行かせて頂きたいと思っております。
特に規約(きやく)はあるようで無いものですが、例えば舞台など…劇の公演(有料)で使いたい場合や、配信での高額の収益(配信者にリアルマネー5000円くらいのバック)が出た場合は、少しご相談いただけますと幸いです。
無断での商用利用(しょうようりよう)は固くお断りいたします。
何卒よろしくお願い申し上げます!!
メメント・モリ
キジバト
キャラ文芸
人の魂を管理する、人ならざる者たち。
彼らは魂を発行し、時が来ると回収をする役を担っている。
高岡(タカオカ)は回収を担当とする新人管理者。彼女の配属された課は、回収部のなかでも特に変わった管理者ばかりだとされる「記録管理課」。
記録管理課における高岡の奮闘物語。
深夜に弟の部屋に侵入するブラコン姉さん
陸沢宝史
キャラ文芸
深夜、寝ていた雅晴は扉が開いた音で目が覚めてしまう。目覚めた雅晴の前には姉の咲織がいた。咲織はスマホの画面を雅晴に見せつける。そこには雅晴がクラスメートの女子と仲良く外出している写真が掲載されていた。
好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
ある朝、クルーザーの中で目覚めた一宮深月(いちみや みつき)は、隣にイケメンだが、ちょっと苦手な支社長、飛鳥馬陽太(あすま ようた)が寝ていることに驚愕する。
大事な神事を控えていた巫女さん兼業OL 深月は思わず叫んでいた。
「神の怒りを買ってしまいます~っ」
みんなに深月の相手と認めてもらうため、神事で舞を舞うことになる陽太だったが――。
お神楽×オフィスラブ。
イケメン歯科医の日常
moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。
親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。
イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。
しかし彼には裏の顔が…
歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。
※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる