猫神と縁のお結び

甘灯

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二章

三話 少女の未練

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「私、あの広場で死んだんだ」

 女の子は花が手向けられている場所を指差した。

「そ、そうなんだ…なんと言うか…」

 言葉が見つからず、緒美は言い淀んだ。

「気を使わなくて大丈夫だよ。気にしてないからさ」

女の子はカラッと笑った。

「でも成仏できないんだよね…やっぱり心残りがあるからなのかな」
「心残り?」
「うん」

 女の子は話を始めた。
彼女の名前は美久みくと言う。

 彼女にはひとりの弟が居た。
当時まだ中学生だった弟は水泳部に所属していて、近々大きな大会を控えていた。
 弟は幼い頃からスイミングスクールに通うほど水泳が大好きで、何よりずば抜けた才能があった。
 その一方、なんの才能もなかった美久はそんな弟が誇らしくもあり、同時に嫉妬もしていた。
 それでも、美久は姉として誇らしさが勝ってきた。
しかし思春期の美久は素直になれず、弟には冷たい態度で接していたらしい。

「弟にさ、お守りを手作りしたんだ」

 美久は絆創膏だらけの手を見つめながら言った。

「でも渡せなかった。死んじゃったからさ」

 美久は空元気で笑った。

「私のお守りなんかなくても、弟は優勝出来ちゃうような凄い子なんだけど…」
「うん」
「でもあげたかった…つらく当たったことを謝りたかった」
「…そう」

 美久の話を聞き終えると、緒美はあっけらかんとこう提案した。

「なら、その子にお守りを渡そう」
「…え?」

 美久は緒美の言葉に目を丸くした。

「そのお守りはどこにあるの?」
「え…実家だけど」
「じゃあ、行ってみましょう」
「無理だよ。私、この場所から動けないから」
「そ、そうなの?」

 それを聞いた途端、緒美は焦った。

「地縛霊と言うやつだな」

  すると艶のある低い声が足元から聞こえた。

「猫神様!」

 緒美が声をあげると通行人が好奇の目を向けながら、遠巻きに通り過ぎていく。
その様子に緒美は「あ」と羞恥で顔を赤くさせた。
 幽霊の少女と猫の姿をした神様と話している緒美は、見えてない通行人にしたら、非常に危ない人間に見える。
 緒美はそそくさと人目のつかないところに移動した。

「地縛霊って…特定の場所から離れられない幽霊のことですよね?」

 木陰のある広場のベンチに座った緒美は猫神を膝にのせて、小声で話しかけた。

「ああ、死んだことに気づかない者やその場所に強い執着や何ならの未練を残した者のことを言う」
「お姉さん?誰と話してるの…?」

 緒美の様子に美久は思わず声をかけてきた。

「あ、美久ちゃんには猫神様の声が聞こえないのね」
「猫神様ってこの猫のこと?」
「そう。神様なのよ」
「へぇ!」

 美久は屈みながら、猫神をしげしげと見つめた。

「…それで話は聞いたが、どうするつもりだ?」

 居心地の悪さを感じつつ、猫神は言った。

「取りあえず、美久ちゃんのお家に向かおうと思います」
「うむ」
「でも美久ちゃんはここから離れなれないみたいで…」
「そのようだな」

 猫神はそう言って、緒美の膝から降りた。

「あれを見ろ」
「え?」

 猫神は頭をクイッとある方向に向けた。
その先を見ると、一人の初老の男性が花を手向けていた。

「あ!」

 美久は途端に声をあげた。
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