猫神と縁のお結び

甘灯

文字の大きさ
上 下
8 / 21
一章 

七話 新たな縁

しおりを挟む
「すぅー、はぁー」

 緒美は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をした。
キュッと思いっきり眉間の皺を寄せて、指先に意識を集中させる。
 緒美の緊張した面持ちに、傍らにいた黒猫は固唾を呑む。

(イメージ、イメージ、よし!!)

 自分が理想とする形を頭の中で思い浮かべ、カッと目を見開く。

「参ります!」

 緒美は気合を込めて「はっ!」と掛け声をすると、握った電熱ペンの先を木の板に押しつけながら、サーっと線を焼き付けていった。

数十分後。

「よし!完成!!」

 緒美は静かに電熱ペンをテーブルに置いた。
『enishi』の焼き文字が刻まれた木の板を頭上に掲げる。
不格好な文字だが、緒美はとても誇らしげだ。

「うん、初めてのウッドバーニングにしては上出来ね!」
「ウッドバーニング?」
「焼き絵のことですよ。自分で店の看板を作るのすごく憧れてたんです」

 目をキラキラさせて、緒美が嬉しそうに告げた。

「そうか、なかなかのモノではないか」

 看板を見上げながら猫神が素直に褒めると、緒美は照れたように笑った。

「あとは猫神様のお手を拝借させてください」

 緒美は猫神に頭を下げつつ、まるで何かを恵んで欲しいと言わんばかりに掌を見せるように手を伸ばしてきた。

「おお…ようやく私の出番か?待ちくたびれたぞ」

 緒美は猫神の前足にスタンプ用のインクをつけた。

「猫神様、ここに載せてください」
「わ、わかった」

 猫神は緊張しているのか、上擦った声で答えた。
そして緒美に言われた場所に肉球をそっと載せる。

「もう少し強く押さないと」

 緒美は猫神の前足を木の板にほんの少しだけ押しつけた。

「もう大丈夫かしら」

 そっと外すと、看板の文字の隣に猫神の手形が綺麗に写った。

「これで店の看板は完成です!」
「そうか、これでやっとお前の夢が叶うな」

 緒美にインクを拭ってもらいながら、猫神はしみじみと言った。

「はい!あと少しです」

 緒美は笑顔になった。

「すみません!」

 すると扉の方から、声が聞こえた。

「はーい」

 緒美は休憩室からホールに顔を出した。



「花を届けに来たのですが、どこに置きましょうか?」
「えっと、そちらに置いて下さい」
「わかりました!」

 配達人はワゴン車から大きな胡蝶蘭を店に運んできた。

「では、失礼します!」
「ご苦労様です」

 店を出て、車に乗り込む配達人を見送る。

「緒美さん」

 その時、懐かしい女性の声がした。

「豊子さん!」

 緒美はすぐに豊子の元に駆け寄った。

「身体は…お加減はもういいんですか?」
「ええ、もうすっかり良くなったわ」

 豊子はズレたストールをゆっくりかけ直しながら、優しく微笑んだ。

「…こんにちは」

 豊子の後ろから黒羽根が控えめに声を掛けてきた。
スーツ姿ではなく、Vネックの黒シャツとジーンズというラフな格好だ。
前髪も下ろしていて、近づきがたい雰囲気が若干柔らいでいる。

「こんにちは、黒羽根さん。今日はお休みですか?」
「はい」
「私が緒美さんに会いに行くって言ったら、一緒に行くと言ってね」

 豊子は黒羽根の方を向いて、含み笑いをした。

「え…?いえ…そんなことは言って…」
「それはわざわざすみません。中でお茶でもどうぞ」
「……」

 黒羽根は押し黙った。
豊子に誘われて、付いてきただけなのに。
そう訂正しようしたかった。
しかし、緒美のにこやかな顔を見たら、結局は何も言えなかった。
 
 緒美は二人を店の中へ案内した。

「もう店の内装は整っているのね」

 街の外観に合わせたお洒落でモダンな外観とは違い、店内は木目調の和ティストでとても心地よい雰囲気だ。

「そうなんです。来月の頭には開店出来そうです」

現在は4月の中旬過ぎで、開店はあと2週間後の予定だ。

「そう、楽しみね。あら、もう花が届いているのね」
「はい!地元の人たちが贈ってくれて…。開店にはまだ先なのに気が早いですよね」

 地元の人たちの顔を思い浮かべて、緒美は苦笑した。

「ふふ…緒美さんにはファンが多いのね。先を越されてしまったわ」

 そう言う豊子は実に楽しそうだ。

「貴方も、うかうかしてはいられないわね」

 豊子は黒羽根に小さく耳打ちした。

「ですから…そういうことは…」
「?」

 何やら焦った様子の黒羽根の様子に、緒美は不思議そうに首を傾げた。

 その時、ガシャンと大きな物音がした。

「何の音?」

 驚いた豊子は、緒美にハッとした。

「あ!」

 思い出した緒美は、すぐ音がした厨房に向かった。
暖簾のれんを潜ろうとすると厨房からちょうど黒猫が勢い良く飛び出す。

「あら、猫?」

 豊子は目を丸くした。
黒猫はそのまま少し開いたドアから外に逃げていった。

(猫神様ったら…!)

 厨房の惨事を目の当たりにした緒美は深くため息をつく。

「すみません!片付けるので少し席を外しますね」
「私も手伝います」

 黒羽根はそう言って椅子から立ち上がった。

「い、いえ、大丈夫です!」

 厨房に入ろうとする黒羽根を、緒美は軽く手で押しのける。
すると黒羽根の踵に何かが当たった。
黒羽根はそれを拾い上げると「あ!」と緒美は声を上げた。
それは先程、休憩室で猫神と作った店の看板だ。

「なんで、こんなところに…?」

 ハテナだらけの緒美が思わず呟く。

「これは手製ですか?」

 色んな角度に向きを変えながら、黒羽根は尋ねてきた。

「そ…そうなんです…」

 緒美は何だか気恥ずかしくなり、消え入る声で言った。

「なるほど。これはどこに飾る予定ですか?」
「ああ…店の外のドア付近に…」
「そうですか」

 そう言って黒羽根は看板を持って店の外に出た。

「工具はありますか?」
「ええ…ありますけど」
「お借りしても?」

 黒羽根に言われて、緒美は店内から赤い工具箱を持ってきた。
黒羽根は慣れた手つきで看板を金具で固定する。

「すごい!手際がいいですね」

 緒美は両手を合わせて、感嘆の声を上げた。

「ああ…父が建設関係の仕事をしていまして…見様見真似で覚えたんです」

 黒羽根の視線は、以前として看板に向けたままだ。

「そうなんですね。私、DIYが趣味なんですけど、色々と教えくれませんか?」

 ダメ元で緒美は黒羽根に頼み込んだ。

「………構いませんが」

 黒羽根は戸惑いながら、まんざらでもない顔で答えた。




「とてもお似合いね」

 豊子は扉越しに2人の様子を優しい眼差しで眺めていた。
ふと茂の事を思い出し、そっと呟く。

「いい土産話を持っていけそうですよ、あなた」

 豊子は小さく微笑んだ。




ー…何処かで猫の鳴き声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

それでもあなたは異世界に行きますか?

えと
キャラ文芸
あなたにとって異世界転生とはなんですか? ……… そう…ですか その考えもいいと思いますよ とっても面白いです はい 私はなかなかそうは考えられないので 私にとっての…異世界転生ですか? 強いて言うなら… 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ここはとある別の世界 どこかの分岐点から、誰もが知る今の状態とは全く違う いい意味でも悪い意味でも、大きく変わってしまった…そんな、日本という名の異世界。 一期一会 一樹之陰 運命の人 「このことは決まっていたのか」と思われほど 良い方にも悪い方にも綺麗に転がるこの世界… そんな悪い方に転ぶ運命だった人を助ける唯一の光 それをこの世界では 「異世界転生」 とよぶ。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

ホワイトローズの大敗

yukimi
キャラ文芸
『ウェインは今日から一年以内に結婚するか、しないか』  無口で冷酷無感情、女嫌いと揶揄されるウェインを酒の肴に、なんの間違いか、酒場『ホワイトローズ』で大博打が始まった。  参加したのは総勢百二十八人。  結婚する相手すら存在しない本人も賭けに参加し、彼はたった一年間、誰とも結婚しないだけで大金を得られる身の上となった。  ところが大変残念なことに、運命で結ばれたヘレンが掃除婦としてウェインの家へやって来る。  酒場では『(誰でも良いから)ウェインに結婚させたい派』と、彼に恋人ができることさえ危機と感じる『結婚させたくない派』が暗躍する中、うっかりヘレンを住み込みにしてしまうウェイン。  狂人の大富豪やら恋敵からヘレンを守りながら、恋に不器用な男は果たして結婚せずに一年を逃げ切ることができるのか――?  場所は架空の街コヴェン、時代設定はスマホが登場するより少し前の現代です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...