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一章
七話 新たな縁
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「すぅー、はぁー」
緒美は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をした。
キュッと思いっきり眉間の皺を寄せて、指先に意識を集中させる。
緒美の緊張した面持ちに、傍らにいた黒猫は固唾を呑む。
(イメージ、イメージ、よし!!)
自分が理想とする形を頭の中で思い浮かべ、カッと目を見開く。
「参ります!」
緒美は気合を込めて「はっ!」と掛け声をすると、握った電熱ペンの先を木の板に押しつけながら、サーっと線を焼き付けていった。
数十分後。
「よし!完成!!」
緒美は静かに電熱ペンをテーブルに置いた。
『enishi』の焼き文字が刻まれた木の板を頭上に掲げる。
不格好な文字だが、緒美はとても誇らしげだ。
「うん、初めてのウッドバーニングにしては上出来ね!」
「ウッドバーニング?」
「焼き絵のことですよ。自分で店の看板を作るのすごく憧れてたんです」
目をキラキラさせて、緒美が嬉しそうに告げた。
「そうか、なかなかのモノではないか」
看板を見上げながら猫神が素直に褒めると、緒美は照れたように笑った。
「あとは猫神様のお手を拝借させてください」
緒美は猫神に頭を下げつつ、まるで何かを恵んで欲しいと言わんばかりに掌を見せるように手を伸ばしてきた。
「おお…ようやく私の出番か?待ちくたびれたぞ」
緒美は猫神の前足にスタンプ用のインクをつけた。
「猫神様、ここに載せてください」
「わ、わかった」
猫神は緊張しているのか、上擦った声で答えた。
そして緒美に言われた場所に肉球をそっと載せる。
「もう少し強く押さないと」
緒美は猫神の前足を木の板にほんの少しだけ押しつけた。
「もう大丈夫かしら」
そっと外すと、看板の文字の隣に猫神の手形が綺麗に写った。
「これで店の看板は完成です!」
「そうか、これでやっとお前の夢が叶うな」
緒美にインクを拭ってもらいながら、猫神はしみじみと言った。
「はい!あと少しです」
緒美は笑顔になった。
「すみません!」
すると扉の方から、声が聞こえた。
「はーい」
緒美は休憩室からホールに顔を出した。
「花を届けに来たのですが、どこに置きましょうか?」
「えっと、そちらに置いて下さい」
「わかりました!」
配達人はワゴン車から大きな胡蝶蘭を店に運んできた。
「では、失礼します!」
「ご苦労様です」
店を出て、車に乗り込む配達人を見送る。
「緒美さん」
その時、懐かしい女性の声がした。
「豊子さん!」
緒美はすぐに豊子の元に駆け寄った。
「身体は…お加減はもういいんですか?」
「ええ、もうすっかり良くなったわ」
豊子はズレたストールをゆっくりかけ直しながら、優しく微笑んだ。
「…こんにちは」
豊子の後ろから黒羽根が控えめに声を掛けてきた。
スーツ姿ではなく、Vネックの黒シャツとジーンズというラフな格好だ。
前髪も下ろしていて、近づきがたい雰囲気が若干柔らいでいる。
「こんにちは、黒羽根さん。今日はお休みですか?」
「はい」
「私が緒美さんに会いに行くって言ったら、一緒に行くと言ってね」
豊子は黒羽根の方を向いて、含み笑いをした。
「え…?いえ…そんなことは言って…」
「それはわざわざすみません。中でお茶でもどうぞ」
「……」
黒羽根は押し黙った。
豊子に誘われて、付いてきただけなのに。
そう訂正しようしたかった。
しかし、緒美のにこやかな顔を見たら、結局は何も言えなかった。
緒美は二人を店の中へ案内した。
「もう店の内装は整っているのね」
街の外観に合わせたお洒落でモダンな外観とは違い、店内は木目調の和ティストでとても心地よい雰囲気だ。
「そうなんです。来月の頭には開店出来そうです」
現在は4月の中旬過ぎで、開店はあと2週間後の予定だ。
「そう、楽しみね。あら、もう花が届いているのね」
「はい!地元の人たちが贈ってくれて…。開店にはまだ先なのに気が早いですよね」
地元の人たちの顔を思い浮かべて、緒美は苦笑した。
「ふふ…緒美さんにはファンが多いのね。先を越されてしまったわ」
そう言う豊子は実に楽しそうだ。
「貴方も、うかうかしてはいられないわね」
豊子は黒羽根に小さく耳打ちした。
「ですから…そういうことは…」
「?」
何やら焦った様子の黒羽根の様子に、緒美は不思議そうに首を傾げた。
その時、ガシャンと大きな物音がした。
「何の音?」
驚いた豊子は、緒美にハッとした。
「あ!」
思い出した緒美は、すぐ音がした厨房に向かった。
暖簾を潜ろうとすると厨房からちょうど黒猫が勢い良く飛び出す。
「あら、猫?」
豊子は目を丸くした。
黒猫はそのまま少し開いたドアから外に逃げていった。
(猫神様ったら…!)
厨房の惨事を目の当たりにした緒美は深くため息をつく。
「すみません!片付けるので少し席を外しますね」
「私も手伝います」
黒羽根はそう言って椅子から立ち上がった。
「い、いえ、大丈夫です!」
厨房に入ろうとする黒羽根を、緒美は軽く手で押しのける。
すると黒羽根の踵に何かが当たった。
黒羽根はそれを拾い上げると「あ!」と緒美は声を上げた。
それは先程、休憩室で猫神と作った店の看板だ。
「なんで、こんなところに…?」
ハテナだらけの緒美が思わず呟く。
「これは手製ですか?」
色んな角度に向きを変えながら、黒羽根は尋ねてきた。
「そ…そうなんです…」
緒美は何だか気恥ずかしくなり、消え入る声で言った。
「なるほど。これはどこに飾る予定ですか?」
「ああ…店の外のドア付近に…」
「そうですか」
そう言って黒羽根は看板を持って店の外に出た。
「工具はありますか?」
「ええ…ありますけど」
「お借りしても?」
黒羽根に言われて、緒美は店内から赤い工具箱を持ってきた。
黒羽根は慣れた手つきで看板を金具で固定する。
「すごい!手際がいいですね」
緒美は両手を合わせて、感嘆の声を上げた。
「ああ…父が建設関係の仕事をしていまして…見様見真似で覚えたんです」
黒羽根の視線は、以前として看板に向けたままだ。
「そうなんですね。私、DIYが趣味なんですけど、色々と教えくれませんか?」
ダメ元で緒美は黒羽根に頼み込んだ。
「………構いませんが」
黒羽根は戸惑いながら、まんざらでもない顔で答えた。
「とてもお似合いね」
豊子は扉越しに2人の様子を優しい眼差しで眺めていた。
ふと茂の事を思い出し、そっと呟く。
「いい土産話を持っていけそうですよ、あなた」
豊子は小さく微笑んだ。
ー…何処かで猫の鳴き声が聞こえた。
緒美は目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をした。
キュッと思いっきり眉間の皺を寄せて、指先に意識を集中させる。
緒美の緊張した面持ちに、傍らにいた黒猫は固唾を呑む。
(イメージ、イメージ、よし!!)
自分が理想とする形を頭の中で思い浮かべ、カッと目を見開く。
「参ります!」
緒美は気合を込めて「はっ!」と掛け声をすると、握った電熱ペンの先を木の板に押しつけながら、サーっと線を焼き付けていった。
数十分後。
「よし!完成!!」
緒美は静かに電熱ペンをテーブルに置いた。
『enishi』の焼き文字が刻まれた木の板を頭上に掲げる。
不格好な文字だが、緒美はとても誇らしげだ。
「うん、初めてのウッドバーニングにしては上出来ね!」
「ウッドバーニング?」
「焼き絵のことですよ。自分で店の看板を作るのすごく憧れてたんです」
目をキラキラさせて、緒美が嬉しそうに告げた。
「そうか、なかなかのモノではないか」
看板を見上げながら猫神が素直に褒めると、緒美は照れたように笑った。
「あとは猫神様のお手を拝借させてください」
緒美は猫神に頭を下げつつ、まるで何かを恵んで欲しいと言わんばかりに掌を見せるように手を伸ばしてきた。
「おお…ようやく私の出番か?待ちくたびれたぞ」
緒美は猫神の前足にスタンプ用のインクをつけた。
「猫神様、ここに載せてください」
「わ、わかった」
猫神は緊張しているのか、上擦った声で答えた。
そして緒美に言われた場所に肉球をそっと載せる。
「もう少し強く押さないと」
緒美は猫神の前足を木の板にほんの少しだけ押しつけた。
「もう大丈夫かしら」
そっと外すと、看板の文字の隣に猫神の手形が綺麗に写った。
「これで店の看板は完成です!」
「そうか、これでやっとお前の夢が叶うな」
緒美にインクを拭ってもらいながら、猫神はしみじみと言った。
「はい!あと少しです」
緒美は笑顔になった。
「すみません!」
すると扉の方から、声が聞こえた。
「はーい」
緒美は休憩室からホールに顔を出した。
「花を届けに来たのですが、どこに置きましょうか?」
「えっと、そちらに置いて下さい」
「わかりました!」
配達人はワゴン車から大きな胡蝶蘭を店に運んできた。
「では、失礼します!」
「ご苦労様です」
店を出て、車に乗り込む配達人を見送る。
「緒美さん」
その時、懐かしい女性の声がした。
「豊子さん!」
緒美はすぐに豊子の元に駆け寄った。
「身体は…お加減はもういいんですか?」
「ええ、もうすっかり良くなったわ」
豊子はズレたストールをゆっくりかけ直しながら、優しく微笑んだ。
「…こんにちは」
豊子の後ろから黒羽根が控えめに声を掛けてきた。
スーツ姿ではなく、Vネックの黒シャツとジーンズというラフな格好だ。
前髪も下ろしていて、近づきがたい雰囲気が若干柔らいでいる。
「こんにちは、黒羽根さん。今日はお休みですか?」
「はい」
「私が緒美さんに会いに行くって言ったら、一緒に行くと言ってね」
豊子は黒羽根の方を向いて、含み笑いをした。
「え…?いえ…そんなことは言って…」
「それはわざわざすみません。中でお茶でもどうぞ」
「……」
黒羽根は押し黙った。
豊子に誘われて、付いてきただけなのに。
そう訂正しようしたかった。
しかし、緒美のにこやかな顔を見たら、結局は何も言えなかった。
緒美は二人を店の中へ案内した。
「もう店の内装は整っているのね」
街の外観に合わせたお洒落でモダンな外観とは違い、店内は木目調の和ティストでとても心地よい雰囲気だ。
「そうなんです。来月の頭には開店出来そうです」
現在は4月の中旬過ぎで、開店はあと2週間後の予定だ。
「そう、楽しみね。あら、もう花が届いているのね」
「はい!地元の人たちが贈ってくれて…。開店にはまだ先なのに気が早いですよね」
地元の人たちの顔を思い浮かべて、緒美は苦笑した。
「ふふ…緒美さんにはファンが多いのね。先を越されてしまったわ」
そう言う豊子は実に楽しそうだ。
「貴方も、うかうかしてはいられないわね」
豊子は黒羽根に小さく耳打ちした。
「ですから…そういうことは…」
「?」
何やら焦った様子の黒羽根の様子に、緒美は不思議そうに首を傾げた。
その時、ガシャンと大きな物音がした。
「何の音?」
驚いた豊子は、緒美にハッとした。
「あ!」
思い出した緒美は、すぐ音がした厨房に向かった。
暖簾を潜ろうとすると厨房からちょうど黒猫が勢い良く飛び出す。
「あら、猫?」
豊子は目を丸くした。
黒猫はそのまま少し開いたドアから外に逃げていった。
(猫神様ったら…!)
厨房の惨事を目の当たりにした緒美は深くため息をつく。
「すみません!片付けるので少し席を外しますね」
「私も手伝います」
黒羽根はそう言って椅子から立ち上がった。
「い、いえ、大丈夫です!」
厨房に入ろうとする黒羽根を、緒美は軽く手で押しのける。
すると黒羽根の踵に何かが当たった。
黒羽根はそれを拾い上げると「あ!」と緒美は声を上げた。
それは先程、休憩室で猫神と作った店の看板だ。
「なんで、こんなところに…?」
ハテナだらけの緒美が思わず呟く。
「これは手製ですか?」
色んな角度に向きを変えながら、黒羽根は尋ねてきた。
「そ…そうなんです…」
緒美は何だか気恥ずかしくなり、消え入る声で言った。
「なるほど。これはどこに飾る予定ですか?」
「ああ…店の外のドア付近に…」
「そうですか」
そう言って黒羽根は看板を持って店の外に出た。
「工具はありますか?」
「ええ…ありますけど」
「お借りしても?」
黒羽根に言われて、緒美は店内から赤い工具箱を持ってきた。
黒羽根は慣れた手つきで看板を金具で固定する。
「すごい!手際がいいですね」
緒美は両手を合わせて、感嘆の声を上げた。
「ああ…父が建設関係の仕事をしていまして…見様見真似で覚えたんです」
黒羽根の視線は、以前として看板に向けたままだ。
「そうなんですね。私、DIYが趣味なんですけど、色々と教えくれませんか?」
ダメ元で緒美は黒羽根に頼み込んだ。
「………構いませんが」
黒羽根は戸惑いながら、まんざらでもない顔で答えた。
「とてもお似合いね」
豊子は扉越しに2人の様子を優しい眼差しで眺めていた。
ふと茂の事を思い出し、そっと呟く。
「いい土産話を持っていけそうですよ、あなた」
豊子は小さく微笑んだ。
ー…何処かで猫の鳴き声が聞こえた。
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