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一章
四話 胸騒ぎ
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「…失礼」
黒羽根は緒美が断りを入れてから、席を立った。
扉の方に移動しながらスマホで通話を始める。
長引くだろうかと思った緒美は、再び手元の資料に視線を落とした。
「茂様が?」
聞き耳をするつもりは無かったが黒羽根が発した言葉に、緒美は弾かれたように顔を上げた。
嫌な胸騒ぎがした。
「…わかりました。すぐに向かいます」
早々に通話を切り、黒羽根は足早に席に戻ってきた。
その表情は心なしか暗いように見える。
「何かありましたか…?」
黒羽根が口を開ける前より先に、緒美はすぐ尋ねた。
「茂様が入院している病院から連絡がありました。茂様の容体が急変されたと…」
「…え」
緒美は言葉を失った。
「取り敢えず…私はこれから病院の方に向かいます。忽那様には申し訳ないのですが、この話はまた日を改めて伺いさせて下さい」
テーブルに広げた自分の資料を鞄に押し込めながら、黒羽根は早口で言った。
「わ、私も一緒に行きます!」
緒美は思わず椅子から立ち上がり、声を上げた。
驚いたような黒羽根に構わず、緒美は荷物を持って扉に向かう。
「おっと!忽那様…?」
そこにコンビニ袋を下げた白宮と鉢合わせした。
緒美のただならぬ様子に、白宮は怪訝そうだ。
「岳斗、悪いが、話は後日にしてくれ」
「え?」
「悪いが、急用ができた」
「わ、わかりました!」
2人の只事ではない様子に、何かを察した白宮はすぐに道を開けた。
「…こちらです」
黒羽根は緒美を先導し、近くのパーキングエリアの入る。
今は悠長にタクシーを呼んでいる場合ではない。
「すみません。お願いします」
緒美は緊張した面持ちで、後部席に乗る。
黒羽根はバックミラーで軽く頷くと、車を急発進させた。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「豊子さん!」
緒美は豊子の元に駆け寄った。
「緒美さん、どうして…?」
驚いた豊子は後を追ってきた黒羽根を見ると、すぐに察したようだ。
待合室の椅子に豊子は力なく座った。
「ほんとうに…本当に、急に…容態が悪くなって…」
豊子は深く俯いて、膝に載せた両手をきつく握りしめた。
隣に座った緒美は豊子の手に自身の手をそっと包み込むように乗せた。
豊子の話では茂は手足のしびれなどの兆候がなく、突然発症した。
血栓を溶かす薬を注射し経過を見守っていたが、改善がなくカテーテル治療に移行した。
無事に処置を終えて安堵していたが、少し前に急変したという。
今は処置室で治療を受けているところだが、どうやら合併症を引き起こしたらしく、厳しい状況であると担当医師に告げられた。
「お父さん…茂さんがいなくなったら…私はどうしたらいいの」
豊子は震える声で言って、顔を覆った。
悲痛な豊子の様子に緒美は泣きそうになった。
しかし豊子は涙をこられて耐えている姿に、それは出来ない。
緒美は豊子の背中を、ただ擦ってやることしかできなかった。
もどかしく思っていると、急に豊子の身体が緒美の方に大きく傾いた。
「豊子さん?」
寄りかかってくる重みに、緒美は慌てて豊子の身体を支えた。
顔を覗き込むと豊子の顔色は白く、目を固く閉ざしていた。
豊子は意識を失っていた。
緒美は慌てて部屋を見渡した。
黒羽根は茂の親族に電話をかける為に離席している。
「だ、誰か!」
緒美は豊子を支えながら声を上げた。
その時、運良く黒羽根が戻ってきた。
「豊子様!?」
ただならぬ様子に黒羽根は駆け寄った。
「原因不明?」
緒美は医者の言葉を眉をひそめた。
豊子は点滴の管をつけられた状態で、病室のベッドに寝かされている。
「はい。精密検査の結果どこも異常は見られませんでした。おそらく…精神的ショックが原因かと…」
しばらくこのまま様子を見守ることになり、緒美は病室の椅子に腰を下ろした。
じっと豊子の眠っている顔を眺める。
「忽那様…そろそろお帰りになられてはどうですか?」
黒羽根が遠慮がちに声をかけた。
「もう遅い時間ですし、明日の仕事に響くのでは…?」
「もう少しだけ…あの…親族の方はまだ?」
「連絡はしているのですが…」
言いにくそうに黒羽根は答えた。
「茂様は親族の方とは疎遠になっておりまして…もう深夜になりますし、今日は来られないのではないかと…」
「そうですか…」
しばらくの沈黙の後、黒羽根の胸ポケットが振動した。
「どうぞ電話に出てください。豊子さんは私が見てますから」
「…申し訳ありません」
黒羽根はそう言って、そそくさと病室を出ていった。
(このままの豊子さんを放っておけないわ)
目覚めた時に誰もいなかったら豊子は寂しい思いをするだろう。
明日は仕事を休みにしよう。
緒美は面会時間ギリギリまで側にいようと心に決めた。
どのくらいそうしていたか、緒美はうとうとし始めた。
「強い縁は互いを引き寄せるのだ」
どこか懐かしい声に、緒美は重たい瞼をのろのろと押し上げた。
いつの間にか電気が消えている。
締め切ったカーテン越しに、月明かりに照らされて、影絵のように何かのシルエットが映っている。
その声とその影の姿から、緒美はすぐにそれが何なのか分かった。
「…猫神さま?」
「久しいな、緒美」
窓辺から静かに床に降り立った黒猫は、黄金色の瞳に緒美の姿を映し、懐かしむように言った。
黒羽根は緒美が断りを入れてから、席を立った。
扉の方に移動しながらスマホで通話を始める。
長引くだろうかと思った緒美は、再び手元の資料に視線を落とした。
「茂様が?」
聞き耳をするつもりは無かったが黒羽根が発した言葉に、緒美は弾かれたように顔を上げた。
嫌な胸騒ぎがした。
「…わかりました。すぐに向かいます」
早々に通話を切り、黒羽根は足早に席に戻ってきた。
その表情は心なしか暗いように見える。
「何かありましたか…?」
黒羽根が口を開ける前より先に、緒美はすぐ尋ねた。
「茂様が入院している病院から連絡がありました。茂様の容体が急変されたと…」
「…え」
緒美は言葉を失った。
「取り敢えず…私はこれから病院の方に向かいます。忽那様には申し訳ないのですが、この話はまた日を改めて伺いさせて下さい」
テーブルに広げた自分の資料を鞄に押し込めながら、黒羽根は早口で言った。
「わ、私も一緒に行きます!」
緒美は思わず椅子から立ち上がり、声を上げた。
驚いたような黒羽根に構わず、緒美は荷物を持って扉に向かう。
「おっと!忽那様…?」
そこにコンビニ袋を下げた白宮と鉢合わせした。
緒美のただならぬ様子に、白宮は怪訝そうだ。
「岳斗、悪いが、話は後日にしてくれ」
「え?」
「悪いが、急用ができた」
「わ、わかりました!」
2人の只事ではない様子に、何かを察した白宮はすぐに道を開けた。
「…こちらです」
黒羽根は緒美を先導し、近くのパーキングエリアの入る。
今は悠長にタクシーを呼んでいる場合ではない。
「すみません。お願いします」
緒美は緊張した面持ちで、後部席に乗る。
黒羽根はバックミラーで軽く頷くと、車を急発進させた。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「豊子さん!」
緒美は豊子の元に駆け寄った。
「緒美さん、どうして…?」
驚いた豊子は後を追ってきた黒羽根を見ると、すぐに察したようだ。
待合室の椅子に豊子は力なく座った。
「ほんとうに…本当に、急に…容態が悪くなって…」
豊子は深く俯いて、膝に載せた両手をきつく握りしめた。
隣に座った緒美は豊子の手に自身の手をそっと包み込むように乗せた。
豊子の話では茂は手足のしびれなどの兆候がなく、突然発症した。
血栓を溶かす薬を注射し経過を見守っていたが、改善がなくカテーテル治療に移行した。
無事に処置を終えて安堵していたが、少し前に急変したという。
今は処置室で治療を受けているところだが、どうやら合併症を引き起こしたらしく、厳しい状況であると担当医師に告げられた。
「お父さん…茂さんがいなくなったら…私はどうしたらいいの」
豊子は震える声で言って、顔を覆った。
悲痛な豊子の様子に緒美は泣きそうになった。
しかし豊子は涙をこられて耐えている姿に、それは出来ない。
緒美は豊子の背中を、ただ擦ってやることしかできなかった。
もどかしく思っていると、急に豊子の身体が緒美の方に大きく傾いた。
「豊子さん?」
寄りかかってくる重みに、緒美は慌てて豊子の身体を支えた。
顔を覗き込むと豊子の顔色は白く、目を固く閉ざしていた。
豊子は意識を失っていた。
緒美は慌てて部屋を見渡した。
黒羽根は茂の親族に電話をかける為に離席している。
「だ、誰か!」
緒美は豊子を支えながら声を上げた。
その時、運良く黒羽根が戻ってきた。
「豊子様!?」
ただならぬ様子に黒羽根は駆け寄った。
「原因不明?」
緒美は医者の言葉を眉をひそめた。
豊子は点滴の管をつけられた状態で、病室のベッドに寝かされている。
「はい。精密検査の結果どこも異常は見られませんでした。おそらく…精神的ショックが原因かと…」
しばらくこのまま様子を見守ることになり、緒美は病室の椅子に腰を下ろした。
じっと豊子の眠っている顔を眺める。
「忽那様…そろそろお帰りになられてはどうですか?」
黒羽根が遠慮がちに声をかけた。
「もう遅い時間ですし、明日の仕事に響くのでは…?」
「もう少しだけ…あの…親族の方はまだ?」
「連絡はしているのですが…」
言いにくそうに黒羽根は答えた。
「茂様は親族の方とは疎遠になっておりまして…もう深夜になりますし、今日は来られないのではないかと…」
「そうですか…」
しばらくの沈黙の後、黒羽根の胸ポケットが振動した。
「どうぞ電話に出てください。豊子さんは私が見てますから」
「…申し訳ありません」
黒羽根はそう言って、そそくさと病室を出ていった。
(このままの豊子さんを放っておけないわ)
目覚めた時に誰もいなかったら豊子は寂しい思いをするだろう。
明日は仕事を休みにしよう。
緒美は面会時間ギリギリまで側にいようと心に決めた。
どのくらいそうしていたか、緒美はうとうとし始めた。
「強い縁は互いを引き寄せるのだ」
どこか懐かしい声に、緒美は重たい瞼をのろのろと押し上げた。
いつの間にか電気が消えている。
締め切ったカーテン越しに、月明かりに照らされて、影絵のように何かのシルエットが映っている。
その声とその影の姿から、緒美はすぐにそれが何なのか分かった。
「…猫神さま?」
「久しいな、緒美」
窓辺から静かに床に降り立った黒猫は、黄金色の瞳に緒美の姿を映し、懐かしむように言った。
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