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一章
二話 訪問者
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「緒美さん、明日は定休日だったわよね?」
食事を終えた豊子が緒美に声をかけた。
「はい、そうですが…」
豊子の問いかけに、緒美は引っかかりを感じた。
老夫婦は半年前から店に来てくれている常連客で、定休日を知らないわけがない。
「なら、明日一緒に出かけてくださらない?」
「え?」
「こんな…おばあちゃんと外出なんて嫌かしら?」
豊子はしゅんと目を伏せた。
「いえ!嫌なんてとんでもないです!!明日の予定は特にないので全然大丈夫です!ぜひお供させてください!!」
緒美は慌てて言うと、豊子は微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、明日の午前10時に迎えに行くわね」
そう言い残し豊子は茂と共に店を後にした。
次の日、緒美は姿鏡の前にいた。
「豊子さんはとても上品な人だし…このワンピースがいいかしら」
緒美はシックなデザインのワンピースを身体に合わせる。
膝下丈の薄青色の生地に白い縦縞が入ったシンプルなデザインで、清楚で落ち着いた感じに見える。
緒美は今年33歳になる。
一度も染めたことがない艷やかな黒髪は背中が隠れるほどの長さで、普段から一つに纏めているせいか、髪を下ろしているとどうも落ち着かない。
片田舎だと特にお洒落する必要もなく、美容院に行くのは半年に1度ほど。
化粧は仕事に差し支えないようなナチュラルメイクで、外出する時でも色付きのリップクリームを塗るのがせいぜいだ。
今の緒美はなにより店のことが最優先で、お洒落など二の次だった。
それでも168cmと平均女性よりやや高い身長で、胸元はささやかな膨らみがある程度のすらりとした細身の体型。
さらに目鼻立ちが整っているので、アラサーでも磨けばもっと輝く素質は十分にある。
しかし、なにぶん本人は容姿に対して無頓着だった。
それでも品の良いお得意様と出かけるということで、それなりに身だしなみには気をつけなければいけない。
緒美は姿鏡の前で「オシャレって難しい!」と嘆きながら、いそいそと着替えた。
そして最後に、ワンピースの上にクリーム色のカーディガンを羽織った。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
時間近くになって、玄関先の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
緒美は玄関の扉を開けた。
しかしそこに居たのは豊子ではなく、見知らぬスーツ姿の男だった。
緒美が見上げるほどの高身長の男だ。
糊の利いたワイシャツに、灰色のストライプの入った臙脂色のネクタイ、上品な黒色のスーツを難なく着こなせている。
歳は緒美と同じ30代か、落ち着き払った様子からもっと年上に見える。
黒い髪は1房も乱れることなく、きっちり後ろに撫でつけている。
切れ長の目で端正な顔立ちだが、無表情で光沢のない黒い瞳は冷たい印象を抱かせた。
「忽那緒美様でしょうか?」
深みのある低い美声に緒美はドキマギした。
「そうですが…あの」
「小田沢豊子様の使いで、お迎えにあがりました」
「豊子さんの?」
「はい」
「豊子さんは、一緒ではないんですか?」
男越しに停められた黒塗りの車を見るが、誰も乗ってはいないようだ。
「実は…茂様が昨夜急に倒れまして…」
「!?」
緒美は驚いて、目を見開いた。
昨朝は顔色も良かったし、塩おにぎりを2つも完食していた。
倒れるような前兆は全然見られなかった。
「今病院で豊子様が付き添っておいでです」
「しげさんは、大丈夫なんですか…?」
緒美は震えた声で恐る恐る尋ねた。
「脳梗塞だそうです。しかし手術をして危機は脱したのでご安心ください」
「そうですか…よかった」
緒美は安堵の息をついた。
「それで豊子様から言伝を預かっています」
そう言って男は2つ折りの紙を手渡してきた。
『急に来れなくなってごめんなさい。
実は貴方に見せたいものがあってお誘いしたのだけれど行けそうにないわ
なので迎えに行かせた黒羽根に今日のことは任せました』
「見せたいもの?」
手紙の一文に緒美は首を傾げた。
「…挨拶が遅れました。私、黒羽根友成と申します」
豊子の手紙に書かれていた男、黒羽根は名刺を差し出した。
それを受け取った緒美は驚いた。
「弁護士さん?」
名刺に書かれていた法律事務所を見て、思わず聞き返す。
確かに左胸には金色のバッチをつけていた。
「はい、そうです」
黒羽根はそう答えると、腕時計をちらりと見た。
「時間も押しているのでそろそろ参りましょうか」
黒羽根は玄関から出て、車の後部席のドアを開けた。
緒美に「どうぞ」と乗るように促す。
緒美は戸惑った。例え、弁護士であろうと初対面の男の車に易々と乗れない。
「あ…配慮が足りませんでした。タクシーを呼びましょう」
緒美の態度で察した黒羽根は機嫌を損ねることはなく、ポケットから取り出したスマホの画面を叩いて耳に当てた。
「……あと10分ほどで着くそうです」
黒羽根は通話を切り、緒美に告げた。
「す、すみません!お手数おかけして…」
「いえ。女性なら初対面の男にそのくらいの警戒心を持つべきだと。お気になさらず」
黒羽根は淡々と言った。
それから二人は終始無言だった。
長い長い沈黙の10分が経ち、予定通りタクシーがやって来た。
黒羽根は開いた後部席から運転手に行き先を告げる。
「私は自分の車で向かいますので、後ほど」
緒美をタクシーへ乗せると、黒羽根は自身の車へ乗り込んだ。
食事を終えた豊子が緒美に声をかけた。
「はい、そうですが…」
豊子の問いかけに、緒美は引っかかりを感じた。
老夫婦は半年前から店に来てくれている常連客で、定休日を知らないわけがない。
「なら、明日一緒に出かけてくださらない?」
「え?」
「こんな…おばあちゃんと外出なんて嫌かしら?」
豊子はしゅんと目を伏せた。
「いえ!嫌なんてとんでもないです!!明日の予定は特にないので全然大丈夫です!ぜひお供させてください!!」
緒美は慌てて言うと、豊子は微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、明日の午前10時に迎えに行くわね」
そう言い残し豊子は茂と共に店を後にした。
次の日、緒美は姿鏡の前にいた。
「豊子さんはとても上品な人だし…このワンピースがいいかしら」
緒美はシックなデザインのワンピースを身体に合わせる。
膝下丈の薄青色の生地に白い縦縞が入ったシンプルなデザインで、清楚で落ち着いた感じに見える。
緒美は今年33歳になる。
一度も染めたことがない艷やかな黒髪は背中が隠れるほどの長さで、普段から一つに纏めているせいか、髪を下ろしているとどうも落ち着かない。
片田舎だと特にお洒落する必要もなく、美容院に行くのは半年に1度ほど。
化粧は仕事に差し支えないようなナチュラルメイクで、外出する時でも色付きのリップクリームを塗るのがせいぜいだ。
今の緒美はなにより店のことが最優先で、お洒落など二の次だった。
それでも168cmと平均女性よりやや高い身長で、胸元はささやかな膨らみがある程度のすらりとした細身の体型。
さらに目鼻立ちが整っているので、アラサーでも磨けばもっと輝く素質は十分にある。
しかし、なにぶん本人は容姿に対して無頓着だった。
それでも品の良いお得意様と出かけるということで、それなりに身だしなみには気をつけなければいけない。
緒美は姿鏡の前で「オシャレって難しい!」と嘆きながら、いそいそと着替えた。
そして最後に、ワンピースの上にクリーム色のカーディガンを羽織った。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
時間近くになって、玄関先の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
緒美は玄関の扉を開けた。
しかしそこに居たのは豊子ではなく、見知らぬスーツ姿の男だった。
緒美が見上げるほどの高身長の男だ。
糊の利いたワイシャツに、灰色のストライプの入った臙脂色のネクタイ、上品な黒色のスーツを難なく着こなせている。
歳は緒美と同じ30代か、落ち着き払った様子からもっと年上に見える。
黒い髪は1房も乱れることなく、きっちり後ろに撫でつけている。
切れ長の目で端正な顔立ちだが、無表情で光沢のない黒い瞳は冷たい印象を抱かせた。
「忽那緒美様でしょうか?」
深みのある低い美声に緒美はドキマギした。
「そうですが…あの」
「小田沢豊子様の使いで、お迎えにあがりました」
「豊子さんの?」
「はい」
「豊子さんは、一緒ではないんですか?」
男越しに停められた黒塗りの車を見るが、誰も乗ってはいないようだ。
「実は…茂様が昨夜急に倒れまして…」
「!?」
緒美は驚いて、目を見開いた。
昨朝は顔色も良かったし、塩おにぎりを2つも完食していた。
倒れるような前兆は全然見られなかった。
「今病院で豊子様が付き添っておいでです」
「しげさんは、大丈夫なんですか…?」
緒美は震えた声で恐る恐る尋ねた。
「脳梗塞だそうです。しかし手術をして危機は脱したのでご安心ください」
「そうですか…よかった」
緒美は安堵の息をついた。
「それで豊子様から言伝を預かっています」
そう言って男は2つ折りの紙を手渡してきた。
『急に来れなくなってごめんなさい。
実は貴方に見せたいものがあってお誘いしたのだけれど行けそうにないわ
なので迎えに行かせた黒羽根に今日のことは任せました』
「見せたいもの?」
手紙の一文に緒美は首を傾げた。
「…挨拶が遅れました。私、黒羽根友成と申します」
豊子の手紙に書かれていた男、黒羽根は名刺を差し出した。
それを受け取った緒美は驚いた。
「弁護士さん?」
名刺に書かれていた法律事務所を見て、思わず聞き返す。
確かに左胸には金色のバッチをつけていた。
「はい、そうです」
黒羽根はそう答えると、腕時計をちらりと見た。
「時間も押しているのでそろそろ参りましょうか」
黒羽根は玄関から出て、車の後部席のドアを開けた。
緒美に「どうぞ」と乗るように促す。
緒美は戸惑った。例え、弁護士であろうと初対面の男の車に易々と乗れない。
「あ…配慮が足りませんでした。タクシーを呼びましょう」
緒美の態度で察した黒羽根は機嫌を損ねることはなく、ポケットから取り出したスマホの画面を叩いて耳に当てた。
「……あと10分ほどで着くそうです」
黒羽根は通話を切り、緒美に告げた。
「す、すみません!お手数おかけして…」
「いえ。女性なら初対面の男にそのくらいの警戒心を持つべきだと。お気になさらず」
黒羽根は淡々と言った。
それから二人は終始無言だった。
長い長い沈黙の10分が経ち、予定通りタクシーがやって来た。
黒羽根は開いた後部席から運転手に行き先を告げる。
「私は自分の車で向かいますので、後ほど」
緒美をタクシーへ乗せると、黒羽根は自身の車へ乗り込んだ。
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