甘灯の思いつき短編集

甘灯

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14 人工知能にすべて管理される近未来。『拓海』は機械に決められた運命の相手と出会う

自由と手錠 【ep1】ペアリング一世

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 2111年、我が国に『ペアリング』という制度が導入された。

 この国に生まれ落ちた瞬間から全国民は産みの親から引き離されて、等しくふるいにかけられる。
 選別されて、それからの死ぬまでの人生すべてを、超人工知能の【ゼウス】によって管理される。

 『ペアリング』
 それは唯一、当人同士が決められる結婚という『自由』の尊厳を、【ゼウスかれ】に奪われる行為を意味していた。

 それが導入された最初の年『ペアリング1世』として名づけられて生まれた子供たちは『選別』を終えて、個人の識別コードとは別の新たな識別コードを手首の内側に組み込まれる。

 そして結婚が認められる年齢になると、その新たな識別コードー通称『リングコード』はやっとその意味を成すことになる。

 そして今現在『ペアリング1世』はついに結婚の適齢期を迎えようとしていた。




『これ、まるで運命の赤い糸みたいだね』

 クラスメイトの瑠莉るりが、自身の手首の『リングコード』を愛しげに撫でながら言った。

『…運命の赤い糸?』

 行儀悪く机に座った拓海たくみは、その言葉を小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

『【ゼウス】が決めた相手だぞ?元は人間が作った人工知能なのに、今じゃ創造主おれたちが逆に奴の掌で踊らされてる』

 なんと皮肉な話だろうか。道化師のように笑ってないとやってられない。

 毎日推奨された起床時間に起きて、アンドロイドが運んできたプレートに乗った味気ない固形の食事を食べる。不足した栄養素はサプリメントで補わされるし、体重管理は過去の水準データを基に定められていて、その条件を満たさなければ『休息時間』に運動を組み込まれるか、強制的に入院されられる。
進路は決められて、ゼウスが選んだ適性の職業に就き、勤務時間が終われば有無を言わず自宅に送還される。
就寝時間さえ、部屋に設置された検温機器の異変があれば、警告されて寝るしかない。
 
 この国は生活、学業、仕事、いや人生そのものをコンピューターによって決められている。
窮屈であるが、その恩恵でこの国の国民たちの寿命は飛躍的に伸びた。
国内街中まちじゅうの至る所にカメラが配置されていて、犯罪件数も激減していた。 
職業難で仕事にあぶれる人間が居ないように、ゼウスは徹底的に調整している。
 
『未来への不安や心配が一切ない』

 自由の代価と引き換えに、この国は人工知能に全国民の人生を委ねて『理想の国家』を創り上げた。

 まさに敷かれたレールの上を走るだけの人生だ。
いくら綺麗事を並べようとも、所詮しょせんこんなものは家畜と同じだ。
それが血が通った肉親・・や人間ではなく、機械によって決められるのだから尚更笑える。
 
(まぁ、本当の親の顔・・・は知らないけどな)

 拓海は心の中でそう吐き捨てた。

『そうだね…でもそのお陰で私達は争いをすることはなくなったよ。この国の犯罪件数は今10%以下を保っている。他国からしたら脅威の数値だよ。乗り物も完全自動運転だから、人間が居眠り運転とか飲酒運転で事故を起こさなくなった。確かに住みずらいけど…今のままでも幸せなこともあるよ』

 拓海の不満げな顔を見ながら、瑠莉は穏やかに諭す。
拓海はそんな側にいると安らぎを与えてくれる瑠莉の『穏やかさ』が大好きだった。
しかしその思考は、ゼウスが望む『穏やかさ・・・・』でもある。

 だから拓海は瑠莉に対して、たまに辛く当たるような反抗的な態度を取ってしまっていた。

『ねぇ、“これは一体誰に繋がっているのかな…?”』




   ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇




 拓海はかつて瑠莉が言っていた言葉を思い出しつつ、向い合わせでテーブルに座っている女性を見た。
目の前にいるのは瑠莉ではなく、拓海が初めて会った女だった。

(ああ…わかっていたさ。俺と彼女は不釣り合いだからな)

 愛嬌のある瑠莉と、顔は良くっても性格の悪い拓海。

“分かっていた。”

 しかし心の中のどこかで、淡い期待していた自分が居た。
拓海はそんな自分自身をひどく嘲笑あざわらった。

「はじめまして、由羅ゆらです」

 由羅と名乗った女は、ニコリとするわけでもなく淡々と名乗った。
襟のある白いワンピースに、紺色のカーディガンを羽織っている。
癖のまったく無い長い黒髪を背中に流し、縁無しの眼鏡をかけた由羅は、美人だか一切の隙もなく神経質そうに見えた。
拓海が好きな瑠莉と全く正反対の女。

(電脳の癖に、まるで人間のような嫌味のセンスがあるな……)

 拓海は皮肉を込めて、心の中で【ゼウス】に毒づく。

「…俺は拓海だ」

 拓海もまた由羅に素っ気なく挨拶を交わした。

 拓海と由羅は色は違えど、リングコードは全く一致している。
 互いに目の前にいる相手が、ゼウスが導き出した運命の相手だ。

「宜しくお願い致します」
「ああ、宜しく」

 由羅に素っ気なく返すと、拓海はコーヒーに口をつけた。

「拓海さん」
「ん?」
「では、これから同居しましょう」

 由羅からいきなりそう提案されて、拓海は思わずコーヒーを吹きこぼした。
 白いシャツがコーヒーのシミで台無しだ。
しかしアンドロイドに決めさせた服なので、正直どうでもよかった。

「…………同居?」

 むしろ、どうでもよくない話はこっちの方だ。
 意表を突かれた拓海は思考が追い付かずに、由羅の言葉をただ返した。

「ええ。遅かれ早かれ、結婚するのですから…早い方が互いに色々知って都合が良いでしょう?」

 由羅の言葉はもっともだ。
 
 いずれにせよ、選別された時に伴侶はもう決められていた。
 その時期は明確にされていないが、結婚するという前提はくつがえせない。

ーそれが【ゼウス】の意思で、【ゼウス】の管理化にいる者の定めだ。

 
 政府は他国にも【ゼウス】の導入を呼びかけている。
そのため最終形態に移行したこの国と、新人類と銘打つ「ペアリング1世」に世界は注目していた。
しかしこれはあくまで試験的な段階であり、彼らの行動によって世界の命運が変わるとも言われている。





   ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇





 同居を開始して、一日目。
契約したばかりのマンションの一室で、拓海たくみは目の前の光景に驚いた。

「手料理…?」
 
 拓海は驚きながら、由羅ゆらに思わず尋ねた。

「はい。肉じゃがです」

 由羅は眼鏡のブリッジを押し上げながら、勝ち誇ったかのように言った。 

 拓海は今までアンドロイドが出してくる料理しか、口にしたことがなかった。
毎日ほぼ宇宙食のような見た目で味気もない固形物ばかり食べていた。
育ての親も家事で手が荒れたことがなかったほど、料理も何もかもアンドロイドに任せきりだった。

「料理できたのか……」

拓海が失礼なことを言ったが、由羅は気にしない。

「ええ、私は多少の融通が利くので、これくらいは許されているんです」

 由羅は理系のずば抜けた頭脳の持ち主だ。
だからエンジニアの職に就いている。
しかも【ゼウス】のメンテナンスも請け負ってもいた。
といっても【ゼウス】は自分でメンテナンスすることが可能だ。
しかし造った人間がやらないといけないシステムは多々あった。

「料理は好きです。調味料の配合で味の良し悪しが決まります。まるで化学反応のようで好きです。少しの分量の違いで微妙な味の違いが生まれる。それだけではなく、土の質、成長過程での気候や育てられた環境でも違いが出ます。そして、これらすべて同じ条件、収穫が同時期だとしても、一つ一つの野菜の状態はまったく異なる。なので見た目、色艶、食感、味に多少の変化があるのです。ですから全く同じ味を再現することは不可能に近いのです。まさに一期一会と言えます」

「…なるほど」

 機械じみた冷たい女と思っていた由羅が、滔々とうとうと熱く語っている姿が意外過ぎて、拓海は呆気にとられた。

(由羅は、意外と……人間味があるんだな)

 拓海は由羅に少しだけ親近感が湧いた。

「時に…拓海さんは『休息時間』は何をして過ごされているのですか?」

 『休息時間』とは、要は仕事のない休日の事だ。
その時間だけ国民は自分の好きなことをすることが出来た。

「俺…?…そうだな…写真を撮ること、だな」
「どんなものを撮っているのですか?」
「…仕事では人間。趣味では景色だな…特に海を撮るのが好きだ」

 ぶっきらぼうな返答でも、由羅は真剣に聞いていた。

「部屋に……ご自分の撮った写真は飾らないのですか?」

 既に二人の荷物は新居に運び終えている。電化製品や大きな家具も置いている状況だ。
由羅は拓海の部屋に入った時のことを思い出して、写真が一枚もなかったことが気になっていた。

「ああ……いや、端末のフォルダに保存しているから、見たい時に開いて見ている…」

 矢継ぎ早に質問してくる由羅に、拓海はタジタジになる。

「…あ、すみません。色々と聞きすぎましたね」
「別に構わないが…面白い話は何もないぞ」
「そんなことはありません。私はカメラには詳しくないので、拓海さんの話は実に興味深いです」

 そう言って由羅は初めて微笑みを浮かべた。
控えめながら、優しい笑みだ。

 拓海は見てはいけないものでも見たような、居たたまれない気持ちになって視線を落とした。
そしてわざとらしく空咳をすると、味の染みこんだジャガイモを口に入れた。




   ◇ ◇ ◇   ◇ ◇ ◇





 それから3ヶ月が経った。
全国のネットニュースで『ペアリング1世の結婚』の話題が薄れてきた頃だった。

「…拓海さんは【パンドラの箱】を知ってますか?」

 急に由羅がこう尋ねてきた。

「…確か…ゼウスが地上に送った贈り物のことだったな…それで…………」

 風景の写真集を見ていた拓海は、天井を仰きながら答えた。

「正しくは『パンドラ』は人間の女性の名前であって、『箱』の名前ではありません」
「そうなのか…」

 知らなかった拓海は隣りに座った由羅を、思わず見た。

「ええ、ちなみにパンドラという名は『すべての贈り物』と言う意味らしいです。……ゼウスから箱を受け取ってしまったパンドラは好奇心に負けてしまい…言いつけを破って不用意に…その禁忌きんきの箱を開けてしまった」
「………」

 由羅の少し熱が入った言葉に、拓海は静かに聞き入る。

「ーそうして、世界中に大きな災厄がばら撒かれたのです」
「……ゼウスはなんで、その箱をパンドラにあげたんだ?」
「プロメテウスという知恵の神が天界の火を人間に与えたのです。それに対してゼウスは激怒した。鍛冶の神にパンドラを作らせて、プロメテウスの弟の元へ彼女を遣わせたのです」

 ふとした拓海の疑問にも、由羅は淀みなく淡々と答える。
 
「プロメテウスはゼウスから何も・・受け取るなと弟にきつく言い聞かせました。…しかし彼はパンドラ・・・・を受け取ってしまった」
「ああ…!まさか『パンドラ人間を受け取るな』とは思わないよな」
「ええ。そして、おそらくパンドラは“作られた時から”その箱を開けるように脳にインプットされていたのでしょうね」
「…なるほどな。まるで“今の俺達”のようだな」

 拓海はわらう。
その様子に、由羅は少し悲しげな顔をして静かに頷いた。

ー【ゼウス】に管理させて、奴の手の上で踊らされる自分たちは『パンドラ』と同じだ。


「…で、そのパンドラの箱がどうしたんだ?」
「どうだと言うわけではないです。ただ知っているのか知りたかっただけで…」

 由羅のその受け答えに、拓海の中で言いえぬ違和感があった。
今まで由羅は物事を明確にしない、曖昧なことを言ったことはなかった。

ー…何か意図があって聞く

 それが拓海のよく知る由羅なのだ。

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