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第三十八話 高木麗奈 その一

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 ゴブリンを仕留めた宗方さんは、青ざめた表情を浮かべていた。流石は位階3のハイゴブリンというべきか、一匹を仕留めただけで宗方さんはレベルアップした。

「ごめんなさい。ちょっと……一人にさせて、ちょうだい」

 そう言って宗方さんは森の奥へと消えていった。
 それが、少し前の話だ。

「……宗方さん、大丈夫かな」
「さあな」

 丁度良いので、宗方さんが戻ってくるまで、俺達は小休憩を取ることにした。

 俺と高木さんの二人は肩を並べて、大きな木のすぐ真下に座っていた。

周囲を見渡せば、運転手さんが俺達から少し離れた岩のところに座り込んで、剣の手入れをしている。

 ゼクトールはここにはいない。
 休めと命じたのだが、「じっとしているのは性に合いません。主の御為に、周囲の偵察をして参ります」と、そう言い残して森の奥へと消えていってしまった。

 同じように、天宝院と柿崎さんの二人も戦闘が終了するやどこかへ行ってしまった。

 なので、今ここにいるのは俺と高木さんと運転手さんの三人だけだ。

 高木さんは俺の隣でニコニコしている。
 そんな高木さんに、今までずっと感じていた疑問をぶつけてみた。

「……なあ、何で高木さんは俺の隣に居たがるんだ」

 気が付けば、ずっと俺の近くには高木さんがいたような気がする。 

 それは何もこの世界に来てからの話ではない。思えば、彼女は入学式の当日からやけに親しげに話しかけてきたような気がする。

「んっ……」

 俺の言葉に高木さんは珍しく居心地悪そうに視線を逸らした。

 俺が高校の入学式から一週間ぐらい経った時なんて、嫌がる俺を無理やり引きずって他校に通うギャルやチャラ男が沢山いる面子でカラオケをやらされたこともある。

 まあ、話してみれば全員が気の良い連中で、気が付くと俺もあいつらとLINEを交換するぐらいの仲になってしまっていたのだけれど。

 そういえば、あいつらも最初から俺に対する好感度が異様に高かったような気がする。確か、あいつらは全員が高木さんと同じ中学の出身で……。

 俺が記憶を反芻していると、高木さんがゆっくりと口を開いた。

「ねえ……ちょっと尋ねたいんだけどさ。
 黒羽君って……記憶喪失、なんだよね」

「あぁ、俺も良くは知らないが、不審者にナイフで腹を刺されたって話だ。三日三晩生死の境を彷徨って、心臓が何度か止まったらしい」

「うん……知ってる」

 高木さんがゆっくりと頷いた。
 
 まあ……俺の事件は当時、全国紙で大々的にニュースになったらしいからな。高木さんが俺のことを知っていてもおかしくはない。

 それに、相原たちの話を聞く限り、俺がその当人だということは新しく転入した今の高校でも入学当初から広まってしまっていたみたいだし。

 確かに、今でこそ普通に接してくれているが、クラスメイト達も最初はぎこちない感じで俺に接していたような気がする。

「そうじゃなくて、さ……」

 高木さんは、悲しげに目を伏せると、言い難そうに口を開いた。

「あたし……さ……。
 中学の時に、暴漢に襲われたことがあるんだよね」

 高木さんは体育座りをして、自分の太ももに顎先を埋めるようにして、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

 何でも中学生の高木さんはずっと執拗に付きまとっていたストーカーのような男がいたらしい。

 きっかけはほんの些細なことだった。

 ただ近所に住んでいて、ゴミ出しの日とかに会う時に挨拶をして、軽く話しただけ。彼女がしたことはたったのそれだけ。

 まさか彼女もそんな大人しい男がストーカーに豹変するなんて、露ほどにも思っていなかったそうだ。

「今だったら、激しく罵倒してボコって二度と近づかないようにしてやるんだけど。
ほら、中学の時のあたしってピュアで純情だったから、そういうことができなかったんだよね」

 ストーカーの男は高木さんが大人しくしていると段々と行為をエスカレートさせていったらしい。
 そして、ある日の夜、事件は起こった。

「その日は塾の帰りでさ、もうすっかり遅い時間で電車の時間が迫っていたから、いつも通っている道じゃなくて人気のない公園を突っ切っていこうとしたんだよね。
 あははっ、馬鹿だよね」

 人気のない夜の公園に入った高木さんは、待ち伏せしていたストーカーの男に襲われたらしい。

「公園で押さえつけられて、レイプされそうになったんだ、だから必死で抵抗して男の股間を蹴り上げて、近くに落ちていた木の枝を相手の股間に突き刺してやったの」

「それは……中々、勇猛なことだな」

 同じ男であるがゆえに、そのストーカー男が受けたダメージは容易に想像がつく。

 股間に枝を突き刺されて男が怯んだ隙に高木さんは逃げ出した。そして、通りに出ると、近くを通りがかった人に助けを求めた。

「その人はなんていうか優しそうな人だったんだ。
見慣れない高校の制服を着ていてさ、あたしが助けを求めるとその人、ビックリしていたけどすぐにスマホで警察に電話してくれたの」

 そこで事件が起こった。
 
 通りがかった男子高校生が高木さんに事情を尋ねている最中に、高木さんを追ってストーカー男が通りに転がり出てきた。
男は手にナイフを持ち、逆上したように高木さんを睨み付けて、口汚くののしった。

「あたし、さ……ストーカー男がナイフを持っているのを見て、恐怖で足が竦んで動けなくなっちゃったんだ。
 そうしたら、あたしの隣にいた高校生の男の人があたしを庇う様に前に出て、さ。
 ストーカー男に、お腹を刺されちゃったんだ……」

 その後、ストーカー男は、さらに高木さんも襲うとした。そのタイミングで、たまたま近くを警邏していた警察官が駆けつけ、ストーカー男は現行犯逮捕されたらしい。

「あたしは警察に保護されて、その助けてくれた高校生の人は救急車で運ばれていったの……。
 でね、警察でその高校生の人の話を聞いたんだ」

 その高校生は地元では有名な人間だったらしい。

 温厚で、人のために自分をなげうってまで人助けをする。現金の入った財布を拾っても、決して自分の物にせず交番にきちんと届けるような誠実な男の子だったらしい。

「へぇ……それは凄いな。
 俺だったら黙って懐に入れるけどな」

「……うん、かも……しれないね」

 俺は他人の為に率先して何かをすることなんてない。それが自分の利益の為であるのなら、平気で他人も傷つけるし、嘘も吐く。

 そんな俺と比べたら、高木さんを助けた高校生はまるで聖人だな。まあ、聖人すぎてそいつの行動原理には共感がまったくできないが。

 それにしても、通りがかった中学生の女の子をストーカーから守って、刺された高校生ね……うん?

 って、ちょっと待て。
 いや、それって……もしかして……?

「奇遇だな。俺も、中学生の女の子を守って腹を刺された経験があるよ」
「うん……知ってる」

 いや、待て。
待って欲しい。

 俺が助けたという女子中学生が高木さんとは限らない。もしかしたら、同じ時期に似たような事件が起こっていただけかもしれない。

 それに、話に聞いているとその刺されたという高校生と俺の人物像が一致しない。

 俺は常に自分のことを考えて、自分の安全を第一に考える。その何某(なにがし)のように無償で他人を助けるなんてあり得ない。

「でね、その男の人の話を聞いてるうちにね……あたし、泣いちゃったんだ。そんな良い人をあたしは巻き起こんじゃったんだって」

「ふぅん? で……そのナイフで刺された奴は死んだのか?」

 俺の言葉に高木さんは首を振った。

「命は、助かったって聞いたよ。でも、その助けてくれた高校生の人も家族も、街から引っ越しちゃってさ。
 あたし、ちゃんとその人にお礼も言えてなかったんだ……」

「へぇ……それは……なんというか」

 まあ、高木さんを助けた恩人が生きていたことは喜ばしいことじゃないか。

ただ、異世界に転移してしまったせいで、高木さんがその命の恩人の高校生とやらにお礼を言う機会は永遠に失われてしまったわけだが。

「……やっぱり……思い出しては……くれない、んだね」

 と、そこで隣に座っていた高木さんが、ぽつりと呟いた。ただ、あまりにも小さな呟きだったせいで何を言ったのかまでは聞き取れなかった。

「ん……何か言ったか? すまん、よく聞き取れなかった」

「ううん。別に何でもない」

 正直に言って、高木さんを助けた命の恩人が俺かどうかなんてどうでも良い。

 俺にとって大事なのは今だ。

 もし、仮に高木さんを助けた高校生とやらが過去の俺であっても、それは変わらない。

 失われた過去はどうあがいても戻らない。いや、むしろ戻らない方がいい。

 俺はこの半年間、自分と言う存在について悩み続け、苦しんできた。

 目覚めたら、全ての記憶が真っ白になっていた人間の気持ちが分かるか? 

絶望だ。今までの人間関係も、人生も、家族との思いですら全てを失った。

 それは筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたい苦しみだ。

 でも、俺はその苦しみをなんとか生き抜いて今ここに居る。


 俺は……俺だ。
 他の誰でもない。


 今さら、過去の自分の記憶が戻って今までの半年の人生をなかったことにされることが、怖い。
 だったら、過去の記憶なんて戻らなくてもいい。

「…………」

 そんな俺を、高木さんが複雑そうな表情で見つめていた。高木さんは悲しげに目を伏せて、やがて重苦しい雰囲気の中で口を開こうとした。

 その時だった。

 近くの茂みが動いた。

 茂みの向こうからやって来たのはゼクトールだった。

「我が主……ご報告したいことが」

「何だ。何か見つけたのか?」

 俺が尋ねるとゼクトールが跪きながら報告してくる。

「ここよりさらに少し進んだ場所に大きな洞窟を発見しました。どうやら、そこにもゴブリン共がいるようです」

「ゴブリンが? それは……」

 是非とも制圧しておきたいな。

 宗方さん達のレベリングにもつながるし、何よりここは転移ポータルを置いてある拠点にほど近い。
 できれば、拠点の近くのモンスターは可能な限り殲滅しておきたい。

 ゼクトールの話ではその巣にはゴブリンに飼いならされたブラックドッグの姿も確認できたらしい。

「ふむ……」

 ブラックドッグを使役している、ということはそれなりの規模の巣だな。果たして現状の戦力で制圧することができるか。

 と、ちょうどそのタイミングで宗方、天宝院、柿崎さんの三人が戻って来た。
 
 戻って来た宗方さんは少しスッキリとした表情で、死人のようだった顔色もいくばくか回復しているようだ。

「……まずは、その巣とやらを見てみるか。
 全員、移動の準備だ。ゼクトールその場所に案内してくれ」

「ハッ!」

「よし、休憩は終わりだ。皆、準備は良いか?」

 俺の言葉に高木さんを除いた全員が頷いた。高木さんだけは俯いたまま、ぎゅっとスカートの裾を握ったまま、突っ立っている。
 俺はそんな高木さんのお尻を思いっきり全力でひっぱたいた。

「ひゃぁんっ!!? ちょっ、ななな、何すんのよっ!」

「お前が返事をしないからだろうがっ! おら、とっとと移動するぞ」

「もぉっ!? く、口で言えば良いでしょうっ! べ、べべ、別にお尻を叩かなくても……」

 高木さんは顔を真っ赤にさせて俺をジッと睨むと、ぶつぶつと言いながら歩き始めた。

 そんな様子を後ろから見つめて、俺は溜息と共に肩を竦めた。そして、

「さあ、行こうっ!」

 俺の号令と共に、皆が移動を開始した。
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