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第三十五話 吸血鬼VS騎士
しおりを挟む翌朝。
俺は朝日が昇り始めた早朝に目が覚めた。
「すー……すー……」
上体を起こすと隣から静かな寝息が聞こえてきた。そちらに視線を送ると、俺の隣では塩浜さんが全裸のまま眠っていた。
はだけたシーツの隙間からは、彼女の豊満な胸が顔を覗かせている。
一昨日の晩の吸血行為のおかげか、昨日一日は吸血衝動に悩まされることなく過ごすことができた。
そのため、昨日の夜は純粋に塩浜さんとの情事を楽しむ余裕ができた。
「…………」
俺ははだけたシーツを塩浜さんの肩まで掛け直してあげる。と、その際に指先が塩浜さんの胸元に触れた。
その瞬間――、
「――――ッ」
一瞬だけ身体が熱くなり、心臓の鼓動が大きく飛び跳ねた。
この……感覚は……。
「吸血……衝動、か……」
油断していた。
昨日一日はまったく吸血衝動がなかったから、完全に油断していた。
どうやら一度の吸血行為で吸血衝動を抑えることができるのは丸一日が限度みたいだな。
「ったく、本当に……厄介な体質、だ」
俺は起き上がると周囲に散らばっている服を着直して、外に出た。
「おぉ、寒っ」
外に出ると、肌寒い気温が全身に絡みついてくる。俺は腕を擦りながら、日課の朝の鍛錬を始めるための軽いウォーミングアップを始める。
「ふむ、いつも同じ場所で鍛錬するのも面白くないな」
俺は気分転換を兼ねて今日は湖にほど近い場所を鍛錬場所に選んだ。奇しくも、そこは昨日の昼間に宗方さん達が運転手さんと鍛錬をしていた場所だった。
「……んっ?」
その場所に近づいていくと、何かの音が聞こえてくる。この音は……、
聞き慣れない鈍い音に誘われるように俺は音のする方へと向かった。
「フッ!! シッ! はああぁぁぁッ!!!」
茂みを掻き分けると、その先では一人の女子生徒が剣を振るっていた。彼女が剣閃を振るうと、腰元まで伸びる黒い艶やかな髪が風に大きくなびく。
朝露に濡れた白い陽の光に照らされた女子生徒は、幻想的でまるで神話の一節から飛び出して来たかのような美しさだった。
不覚なことに、俺は彼女のあまりの美しさに見惚れてしまっていた。
「……何だ。誰かと思ったら宗方さんじゃないか」
「…………えっ?」
よほど集中していたのだろう。
俺が近づいて話しかけると宗方さんは驚いた表情を浮かべてこちらを見た。
「はぁっ、はぁっ……何だ黒羽君じゃないの。どうしたの? こんな早朝に」
「あぁ、いや……俺はいつもこの時間帯に目を醒ますからな。朝の鍛錬に、と思ってな」
「ふぅん? 黒羽君って……んっ……意外に規則正しい生活を、しているのね。ちょっぴり意外だわ」
おい、意外とは何だ。
宗方さんは肩で息をしながら、失礼な言葉を投げかけてくれやがった。
まあ、俺もこの世界に来る前は不規則な生活スタイルだったが……。
半吸血鬼になってしまってから睡眠時間が明らかに減った。
そのせいで逆に長い時間の睡眠が取れなくなってしまったせいで、規則正しい生活をせざるを得ないというべきか。
この厄介な体質のせいで、今では三、四時間ほどの睡眠で足りるようになってしまった。まあ、その空いた時間を色々なことに使えるから別にそれは良いのだが。
「はぁ……はぁ……ふぅ」
宗方さんは荒い息を吐きながら、剣を腰元の鞘へと納めた。
「何だ。もうやめてしまうのか? 悪いな、邪魔をしたのなら……」
「ううん、今日はちょっと早くに目覚めてしまったから、気分転換がてらに身体を動かしていただけだから。
そう言う黒羽君は? 珍しいじゃない、こんな時間に、こんな場所で合うなんて」
「俺も鍛錬をしようと思ってさ。いつも同じ場所でやっていたんだが、それだと身体が環境に慣れてしまってね。
新しい刺激でも加えようかと思って、今日は場所を変えてみたんだ」
俺の戦闘スタイルは周囲の木々や岩を利用したアクロバティックなものだ。
なので、いつも同じ場所でやっていると同じ形状の障害物に身体が慣れてしまって良くない。
やはり、人間の能力の中で「慣れ」というものが一番怖いからな。
「えっと……鍛錬するのに、場所を変える必要があるの?」
どうやら宗方さんは俺が鍛錬場所を変えた理由が分からないみたいだ。まあ、それも仕方がないか。
「まあ、俺の戦闘スタイルは少し特殊だからな」
俺は宗方さんから離れると、腰元から剣を抜刀する。そして、鍛錬を開始しようとして……じぃぃ、とこちらを見つめる視線に気づいた。
振り向くと、少し離れた場所で岩に宗方さんが腰を下ろして、こちらを見つめていた。
「? どうしたの? 鍛錬しないの?」
「あ~~~……もしかして、見る気満々だったりする?」
「えっと、ごめんなさい。もしかして、人の鍛錬って見ちゃいけないものなの?」
いや、別にそんなルールは無いが……。
単純に自分が鍛錬している姿を他人に見られるのは恥ずかしい、というだけだ。まあ、見ているのは宗方さん一人だけだし、彼女を置物だと思い込めば良いか。
俺は無言のまま首を横に振ると、宗方さんから視線を外して正面を向いた。
「…………」
そのまま何度か深呼吸をして、集中力を高めていく。
集中力が高まるにつれ、周囲の余計な雑音や物が掻き消えていく。
「――――ッ!」
集中力を極限まで高めると、俺は駆け出した。そして、目の前の仮想敵に向かって剣を振るう。
目の前にいる仮想敵は――ヒュージゴブリンだ。
ゼクトールやハーキュリーを間近で見ている俺だからこそ、ヒュージゴブリンのリアルな強さが分かる。
そのまま剣を振り続けていくと、目の前の仮想敵の攻撃がかなりリアルに感じられるようになってくる。
「シッ!!」
俺は飛び上がると目の前のヒュージゴブリンに向かって剣を振る。そのまま、腕から大量の血液を噴出させて、近くの木に引っ掛けて、その伸縮性を利用して空中へと飛び上がる。
空中へと飛び上がると、頭上からヒュージゴブリンへと襲い掛かり、剣を振るって仮想敵を一刀両断に斬り捨てる。
「ふぅ…………」
仮想敵を仕留めると、俺はゆっくりと息を吐き出しながら剣を鞘へと納めた。
「……凄い」
鞘を納めると、少し離れたところから拍手の音が聞こえてきた。そちらを見ると、宗方さんが驚いたような表情で俺のことを見つめていた。
「以前にも黒羽君が戦っているところを見たことはあったけれど、改めて見るとやっぱり黒羽君は凄いわね」
「そうか? 宗方さんとそう変わらないと思うが?」
俺がそう言うと宗方さんはフルフルと慌てた様子で首を横に振った。
「とんでもないっ! 今の鍛錬を見ていればその差は歴然よ。私はただ剣を振っていただけだけれど、黒羽君のは……まるで、本当に誰かと戦っているかのようだったわ」
それは流石に大袈裟だ。
確かに仮想敵を想定して剣を振るっていたが、仮想は所詮仮想。やはり、実戦に勝るものはないからな。
と、石に座り込んでこちらを見ている宗方さんがウズウズとした様子で太腿を擦り合わせている。
「もし、良かったら手合わせ……してみる?」
俺が尋ねると宗方さんがバッと顔を上げた。
「ホント? 良いのっ!?」
宗方さんは立ち上がると、腰元から剣を抜刀して、俺の前に立った。
「……盾は使わないのか?」
「えっと、これからやるのは剣の鍛錬なんでしょう? 盾は……」
「それは違う。宗方さんは防御型の戦闘スタイルなのだろう? だたら、盾も使って全力で来いよ」
「……分かったわ」
俺の言葉に少し間をおいて、宗方さんは背中から盾を左腕へと装備する。宗方さんは左手に装備した盾でガードをしながら、剣を構える。
「へぇ、様になっているじゃないか」
「おかげさまで、ね。それでスタートはどうするの?」
「この石を今から上に投げつける。それが地面に落ちたら開始の合図でどうだ?」
俺は足元に落ちていた石ころを拾い上げると、指先で摘まんで宗方さんに見せる。
「えぇ、私はそれで構わないわ」
「分かった。それじゃあ……投げるぞ」
俺は手に持っていた石ころを真上に投げつけた。程よいコントロールで投げられた石ころは中空を数秒ほど滞空した後で、真下に落下してくる。
空の上から小さな石ころが、空を切りながら、俺と宗方さんの間の地面へ――落ちた。
「――――ッ!!」
石ころが落ちると同時だった。
宗方さんが何かを叫んだ。その次の瞬間、宗方さんの全身が青色のオーラで包まれていく。
あれは……ガードチャージフィールドのスキルかっ!?
「行くわよっ!!」
掛け声と共に宗方さんがこちらに駆け出してくる。
初手から仕掛けても良かったが、まずは宗方さんの実力を知りたくて、初手はあえて動かずに彼女の出方を待つ。
「シ――ッ!」
宗方さんは鋭い掛け声と共に盾を構えながら、剣を突き出してくる。
俺はその刺突を剣で受け止める。金属同士がぶつかる甲高い音を響かせながら、俺の腕に強い衝撃が伝わってくる。
「……なるほど?」
確か宗方さんの筋力のステータスは10かそこらだった筈だが、実際に剣の一撃を受けてみると意外に重い。
悪くない一撃だ。
ただ、やはり……。
「――軽いな」
「ふぇぇぇっ!? ちょっ……」
俺は膂力に任せて剣を振り抜いた。宗方さんは両足で踏ん張って、拮抗しようとするが、いかんせん俺と彼女では筋力の値が違い過ぎる。
宗方さんはその場に踏みとどまることができずに、弾き飛ばされてしまう。
「くっ……なんて力なのっ!?」
「俺の筋力値は25もあるからな。単純な膂力では敵わないぜ?」
「その……ようね」
宗方さんは体勢を立て直すと、再び向かってきた。
「二連突きッ!!」
「――ッ!!?」
宗方さんは剣を構えると、高速で突き出してきた。俺は咄嗟に操血のスキルで血液を操って迎撃する。
宗方さんの高速の二連突きと、真っ赤な鮮血が激突し、その衝撃が伝わってくる。
「チッ……流石は……攻撃スキルだな」
どうやら宗方さんの二連突きと、俺の操血のスキルでは向こうに分があったらしい。宗方さんの突きは血の防御を真正面から破ってきた。
俺は咄嗟に側面から横合いに叩きつけるように、攻撃を受け流す。
「ふぇぇぇっ!? きゃああぁぁっ!!」
攻撃を受け流された宗方さんはそのまま横合いに吹っ飛んでいき、地面の上を転がっていく。
「くっ……その血液を操るスキルは……厄介ね」
「どうしたっ! その君の力は程度か?」
「くっ……まだ……まだぁっ!!」
俺の挑発に宗方さんは悔しそうに叫ぶと、その次の瞬間に――彼女の姿が掻き消えた。
「っ!? これはっ!!?」
身体強化のスキルかっ!
俺は半吸血鬼としての動体視力で宗方さんの残像を追いかけていく。そして、
「後ろッ……取ったっ!!」
「甘ぇッ!!」
真後ろに移動した宗方さん異向かって回し蹴りを放った。まさか、反撃されるとは思っていなかったのか、俺の蹴りは宗方さんの脇腹に直撃する。
「カッ……ハッ……」
蹴りがクリーンヒットして、宗方さんは地面の上を転がっていく。
「これで……勝負ありだな」
俺は宗方さんが体勢を立て直す前に、彼女の首筋に剣先をあてがった。
「っっ――!!?」
起き上がった宗方さんは自分の首筋にあてがわれた切っ先を目にして、深々とため息を吐いた。
「……参ったわ。私の負けね」
勝敗は決したな。
俺は剣を下げると、腰元の鞘へと仕舞いこむ。
「……負けちゃった」
「まあ、宗方さんも悪くはなかったぞ。少なくとも、俺が思っていた以上に戦えていたしな」
「何よ、その言い方。あんなり嬉しくな――ッ!!?」
宗方さんはそのまま立ち上がろうとして、ガクンっと力が抜けたように前のめりに倒れ込む。
「おっとっ! あっぶねぇな」
俺は倒れ込む宗方さんの身体を抱きとめる。見れば、身体強化の魔法を使ったせいで、彼女の足首は赤く腫れ上がってしまっていた。
「ったく、お前……あのスキルは使うなって」
「だ、だって……せめて一矢だけでも報いたかったんだもん」
宗方さんは珍しく駄々っ子のように口元をへの字に結んで、潤んだ瞳で俺のことを見つめてくる。
と、その時だった。
――――ッ。
俺の中の吸血衝動が大きく脈動した。
こ、れは……不、味い。
密着しているせいで、宗方さんの甘ったるい処女臭が鼻腔の奥の奥まで突き刺さり、そのせいで耐え難い吸血衝動に駆られてしまう。
「っと……ヒールっ!」
俺が吸血衝動に必死に耐えていると、俺の腕の中で宗方さんが自分の身体にヒールの魔法をかける。
彼女の身体が緑色の魔法光に包まれていき、足元の怪我がみるみる治っていく。
「ふぅ……あぁ、痛かった。ごめんなさい、黒羽君。貴男に迷惑を……」
宗方さんはそこで俺の顔を見上げて、そこでビクっと硬直した。
近い。
俺と宗方さんはかなりの至近距離で見つめ合っていた。あと数ミリでも近づけばお互いの肌が触れ合ってしまうかのような距離だった。
「ぇ、ぁ……あ、あああ、あの……」
至近距離で見る宗方さんは、美しかった。
クールな美貌を持つクラス委員長の、そのわずかにツンとツリ上がった瞳も、シャープに整えられた切れ長の両眉も。
すっと通った鼻筋も、白くて艶やかな処女雪のような肌も。
その美しいあらゆる全てを滅茶苦茶にして、犯し尽して、俺のモノにしてしまいたい。
俺の中の吸血衝動が、性的衝動へと変わり、それが目の前のメスを自分の女にしたいという生物的な本能へと変わっていく。
「あの、ちょっ、ちょっとち、近……」
目の前で宗方さんが顔を朱色に染めて何かを言っていたが、もう何も聞こえない。
俺は自らの吸血衝動に従うままに彼女の美貌に顔を近づけていく。
「く、黒羽……く……」
俺は宗方さんを見つめながら、彼女の美しいサーモンピンクの唇にキスをしようとした。お互いの唇と唇がゆっくりと近づいて行き、触れ合おうとしたその瞬間。
「ダ、ダメッ!!」
宗方さんは俺の胸元を突き飛ばして、離れて行った。
「ぁ……」
宗方さんが離れて行ったことで、強烈な理性を溶かす処女臭が薄れていき、わずかに理性が戻って来る。
「…………」
俺を拒絶した宗方さんは、顔を紅く火照らせながら、自分の唇に触れた。
「そ、そういうことは……こ、恋人同士じゃないとじゃないと……ダ、ダメなのっ!!
そ、そりゃ黒羽君はカッコイイし、その……どちらかと言えば好き、だけど。あ、あの……まだそういうのは早いというか……」
俺から離れた宗方さんは顔を朱色に染め上げながら、早口でまくし立てている。けれど、俺は彼女の言葉をまったく聞いていなかった。
自分の中の吸血衝動を抑え込むことで必死だった。
どれくらい、そうしていただろうか。
俺は大きく息を吸い込んで……一気に吐き出した。
吐息を吐き出すと、霊性が一気にゆり戻って来た。
危なかった。
あのまま吸血衝動に流されていたら、間違いなくこの場で宗方さんを襲っていた。嫌がる彼女を押し倒して、無理やりにレイプするところだった。
「……黒羽君?」
俺が呼吸を整えていると、いつの間にか目の前に宗方さんが立っていた。不安そうに両眉を寄せながら下から覗き込むような彼女と視線が合う。
「……っ、な……何?」
宗方さんの顔を見た瞬間、先ほどまで治まりかけていた吸血衝動が再び鎌首をもたげる。俺はそれを宗方さんに悟られたくなくて、少し早口でまくし立てる。
「えっと、苦しそうにしていたから……その、心配で」
「大、丈夫……」
俺は彼女を心配させないために無理やりに笑みを作り、さりげなく宗方さんから距離を取る。
ヤバいな。
まだ、心臓がドクンっ、ドクンっと大きく脈打っている。
「あ~~、悪い。やっぱ少し体調が悪いかも。俺はそろそろ失礼、させてもらう」
このままこの場にいたら本当に宗方さんを襲ってしまいかねない。なので、鍛錬は早々に切り上げることにした。
剣を鞘に収めると、俺は足早にこの場を立ち去ろうとする。
「ぁ……ちょ、ちょっと待ってッ!!」
だというのに、背後から宗方さんに呼び止められてしまった。振り向くと、そこには制服のスカートを握りしめて、何かを言いたげにもじもじとしている委員長がいた。
「えっと、何……?」
「う、うん……あ、あのね……」
宗方さんは少し緊張した面持ちで、すっ……と息を吸い込んだ。そして、勢いよく顔を上げた。
「やっぱり私を……実戦に連れて行って欲しいの」
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