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第二十九話 塩浜葉子 その一
しおりを挟む「ふぅ……あぁ、疲れた」
その夜、もろもろの仕事を終えた俺は湖のほとりに一人座り込んだ。
すでに陽は完全に沈み、周囲は暗闇に包まれている。
今夜の夕食は、運転手さんが切り分けてくれた岩盤竜の肉と、そこらの木の樹上に生えていた果実という質素な夕食だった。
とても満足のいく食事ではなかったけれど、まあこんな状況だ。飯が食えるだけ幸せな方だろう。
「……固い」
岩盤竜の肉は、やけに硬くて筋張っていて、おせじにも美味しいとは言えない味だった。
「お隣、よろしいかしら?」
「んぁ?」
とつぜん、声をかけられてそちらの方を見ると、宗方さんが立っていた。
「なんだ、宗方さんか。別に好きに座ればいいんじゃないか」
「何よ、つれない言い方ね。
ふふっ、でも……そうね。その方が黒羽君らしいかも」
なんだよ、俺らしいって。引っかかる言い方をする。
宗方さんは俺の隣に座ると、笹に似た木の葉に包まれた自分の分の食事を食べ始める。
「この世界が地球じゃないなんて……いまだに、信じられないわね」
無言で肉を食べていると、隣に座った宗方さんがぽつりと呟いた。
ここがどこかは分からないが、少なくとも地球ではないことは確かだ。それはゴブリンやトロルなどのモンスターが跋扈していることや、スキルがあることで確定している。
宗方さんを初めとしたクラスメイトたちも最初こそ戸惑っていたが、今ではようやく冷静に自分たちが置かれている状況を呑み込み始めたようだ。
まあ、中にはいまだにこの環境に適応できずに叫んでいる奴もいるが。
でも、それも仕方がないのかもしれない。
俺にとっては、この世界に来てから四回目の夜だが。クラスメイト達にとっては、今日が初めての夜になる。
昼間はあれほど無邪気にはしゃいでいたクラスメイト達も、夜が近づき、周囲が暗くなっていくにつれて不安げな表情ですっかりと大人しくなってしまった。
その様子を見ていると昼間のはしゃぎ様とのギャップで、少し笑ってしまった。
ただ、暢気に笑ってもいられない。
彼らの危惧する通りにこの森は夜になると危険度が格段に上昇する。
実は昼間の内にクラスメイトの一人が湖のすぐ近くに洞窟を発見した。
蘭子先生の考えで、クラスメイトたちは全員がその洞窟の中で寝泊まりをするということに決まった。
ちなみにクラスメイト達が寝泊まりしている洞窟の近辺には、ハーキュリー率いるヒュージゴブリン七体を配置してある。
配置したヒュージゴブリン共には、クラスメイトの護衛をさせるつもりだ。
配置した七体に対しては、クラスメイトの女子連中には決して手を出すなと厳命してある。
破れば、俺の手で直々に処分する。
まあ、当の率いているハーキュリー自身がメスだから、要らぬ心配だとは思うが。
「でも……少し安心したわ」
俺が考え事をしていると、隣で肉を食べていた宗方さんがぽつりと呟いた。そちらを見ると、宗方さんは湖のほとりに集まって食事しているクラスメイト達を見つめている。
「こんな世界に迷い込んでしまったのは不幸なことだけれど、皆が一緒で良かった」
「……ずいぶんと、クラスメイトのことを信頼しているんだな」
俺は、二歳も年上なせいかクラスの連中にはあまり馴染めていない。だからなのかもしれないが、クラスメイト達に多少の親近感は感じても、安心感は感じない。
「……なんで、そんな悲しいことを、言うの?」
俺の呟きに対して、宗方さんは悲しげに目を伏せた。
「この一年間、ずっと皆で頑張って来たじゃない。体育祭も、文化祭も、皆で協力して団結して、絆を深め合ってきたはずなのに」
絆……ね。
どうやら宗方さんはクラスメイト達のことをよほど信頼しているようだな。だが、果たしてその信頼にどれほどの信用があるというのか。
俺は無言のまま湖のほとりの方を見つめた。そこには一人の女子生徒が座り込んで、ぼうっとした様子で湖を見つめている。
他のクラスメイト達と比べて、彼女の顔の表情は暗い。いや、暗いというよりは顔面が蒼白になっている。
今にも自殺してしまいそうだが、それもその筈だ。なぜなら、
彼女には職業(ジョブ)がないのだから。
蘭子先生の職業(ジョブ)を見て危機感を覚えた俺は、すぐにクラス全体の為に仕事をしている風を装ってクラスメイト達全員の職業(ジョブ)を確認した。
俺は今までずっと、この世界に召喚された時点で、すべての人間に等しく職業(ジョブ)の力が与えられたのだと思っていた。
けれど、クラスメイト達のステータスをのぞき見して、それが間違いであることに気づいた。
確かに、ほとんどの生徒たちは最低でも一つの職業(ジョブ)を持っていた。
けれど、中には彼女のようにまったく職業(ジョブ)を持っていない生徒もいたんだ。
スキルの力は職業(ジョブ)に依存する。
職業(ジョブ)を保有していないってことは、それはつまり一切のスキルも保有していない、ということを意味する。
「…………」
俺は湖の傍で座り込んでいる女子生徒から視線を外すと、少し離れた場所で固まっているクラスメイト達を見つめた。
「なあ、悪い。こっちにもたき火を作りたいから、お前のスキルでここを撃ってくれよ」
「おうよ」
クラスメイトの男子生徒が、組まれた枝木に向かって手を翳した。その次の瞬間、男子生徒の手のひらから小さな火の玉が射出される。
火の玉によって、一瞬で枝木が燃え上がり、たき火ができあがる。
「悪い、サンキュー」
「ははっ、お前……なんだ、ソレ。昼間に散々自慢しといてその程度の威力なのかよ。雑魚いな」
「アァ? お前、ふざけんな。
今のはあえて手加減しただけだろうが。俺の火炎弾のスキルを本気で撃っていたら、このあたり全てが吹き飛んでるわ」
「はぁ? なにそれ、自分は強い奴です、って主張したいわけぇ?
アンタの【炎術師(フレイマー)】の職業なんて、私の【精霊術師(エレメンタリー・マジシャン)】の足元にも及ばないじゃん」
「おいおい、何だぁ。強さ自慢か?
だったら俺も混ぜろよ。俺の【蛮族(バーバリアン)】の職業は凄いぜ?」
たき火の近くに集まっていたクラスメイト達は、自分たちの職業自慢大会をし始めた。その様子を、湖のほとりに座っていた女子生徒が遠巻きに見つめている。
「――――ッ」
やがて、いたたまれなくなったのか、女子生徒はその場から逃げるように立ち去っていった。
女子生徒がいなくなっても、たき火のところに集まっている連中は職業(ジョブ)やスキルの話で盛り上がっている。
というより、まさか思いもしないのだろうな。
まさか職業(ジョブ)を一つも保有していない人間がいるなんて、な。
「…………」
「なあ……あの状況を見ても、まだ同じことが言えるか?」
「え……?」
どうやら宗方さんは食事に集中していたせいで今の一連の光景を見逃していたみたいだった。
それによく考えれば、鑑定のスキルを持っていない宗方さんは、他の生徒がどんな職業を保有しているのか知らない。
「……いや、悪い。なんでもない」
俺は首を横に振った。
確かに、職業とスキルの力を持たない人間の数はそう多くない。けれど、職業(ジョブ)を持っている人間と、持っていない人間との間では必ず不和が生じる。
この世界では力が全てだ。身を守るにしても、食料を得るにしても、まず身を護る力がなければ何も始まらない。
その点から言えば、職業を持っていない人間はできる仕事がかなり少なくなる。
それは、職業(ジョブ)を持っている人間からしたら怠惰に、あるいはサボっているように映るだろう。
最初は小さなひずみかも知れない。
でも、持っている者と、持たざる者との間の不和はどんどん大きくなっていく。そして、いずれは両者の間の溝は決定的なものになってしまうだろう。
「……面倒なことだな」
そう遠くないうちに起こるであろういざこざのことを考えると、今から億劫(おっくう)になってくる。
俺は首を横に振ると、静かに立ち上がった。
「黒羽君……?」
俺が立ちあがったのを見て、宗方さんも立ち上がろうとする。俺は、そんな彼女を片手で制した。
「大丈夫。ちょっと風に当たってくるだけだから」
宗方さんは「持っている」側の人間だ。
何せ、彼女はその身に三つもの職業を宿している。その強さは蘭子先生と並んで、クラスの中でも文句なしにトップクラス。
でも、いくら多くの職業を持っていても、まだ実戦経験がゼロな彼女が夜の森を一人で出歩くには危険過ぎる。
だから、宗方さんには湖の近辺から離れるなと言い残してきた。
「…………」
そのまま湖の方から離れて行き、俺のログハウスがある場所の近くで一人で休んでいた。
岩に座り込んで、木の隙間を抜けてくる夜風に身を任せていると、背後の方で枯れ草を踏みしめる音が聞こえてきた。
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