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第十六話 クラスメイト その二

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 俺はヘルハウンドを駆り、ソレの目の前に着地した。

「…………」

 俺の目の前にあったのは、一台の大型バスだった

 そのロゴには見覚えがある。


 なにせ、
 なにせ、ほんの四日前まで……俺はそのバスに乗っていたのだから。


 そう。俺の目の前にあったのは、俺がクラスメイトと共に乗り込んだあの大型バスだった。

 鬱蒼と生い茂った樹海のど真ん中に、派手な大型バスが停車している光景は、それは異様な情景だった。

「っっ……そうだっ! クラスメイト達はっ!?」

 俺はバスに近寄っていき、後部座席の方にある緊急時の非常用出口のところへと行く。非常用の出口は、開いたままだった。

 非常用の出口から中に入ると、バスの中にはクラスメイト達がいた。

 俺は近くの女子生徒の元に近寄り、彼女の口元に手を当てた。すると、手のひらに熱い吐息がかかる。

「スー……スー……」

「生き……て、る……」

 そのまま他のクラスメイト達も見て回る。他の皆は全員があの時と同じように眠りこけていた。

「っ、そうだ……まずは蘭子先生を起こさないと」

 俺は女子生徒から離れて、蘭子先生の方へ行こうと一歩を踏み出した。その瞬間だった。


 ドクンっ。


「カっ――」

 俺の中で何かが大きく脈打った。

 なん、だ……こ、れ……。

「ぐっ……ぁぁ……」

 苦しい。まるで、胸の奥で熱い血潮が暴れまわっているようだ。

 俺が胸を押さえて蹲っていると、すぐ隣に座っているクラスメイトの女子生徒の体臭がやけに生々しく漂ってきた。

 甘ったるい……この甘い匂いは……処女か。

 彼女だけじゃない。
 バスの中は、締め切られた密閉空間だからか、クラスメイト達の女の子たちの甘い匂いで充満していた。

「なん、だ……これ……」

 鼻を鳴らすと、今度は違う座席に座っている女子生徒の匂いが鼻腔に入ってくる。この子は、処女じゃない。
 あぁ……でもその隣に座っている子は処女だ。

「はぁ、はぁ……クソっ! なんだ、これ……」

 俺は一瞬頭がおかしくなってしまったのかと思った。

 だって、匂いで処女か非処女か判別できるなんて、異常だ。しかも、処女の女の子を見ていると、襲い掛かってその首筋に牙を突き立てたくなる衝動に駆られてしまう。

「ぐぅ、ぁ……ぁ……」

 その衝動はまるで身体の中で、灼熱の溶鉄が暴れまわっているかのようだ。

「……ったく、何だったんだ……今のは……」

 しばらくその場で蹲っていると、その異様な衝動は段々となりを潜めていった。

「ぶはぁっ!!」

 俺は止めていた息を思いっきり吐き出した。

「あぁ、クソ……今のは、本当に何だったんだ……」

 俺は服の袖で顔の脂汗を拭った。顔だけではなく手元も手汗で濡れている。
 こんな感覚は、初めてだ。

 俺はゆっくりと立ち上がると、通路を伝って、大型バスの先頭座席に行くと、そこに座っていた年若い女性の肩を揺すった。

「先生、先生……蘭子先生っ!」

 俺が肩先を揺すると、四日前とは違って、蘭子先生は両眉を顰めて、やがてゆっくりと目を開けた。

「ぅ……ぁ……んっ、黒羽、君……?」

「起きてください、蘭子(らんこ)先生っ! 起きてっ!!」

 そのまま彼女の肩を激しく揺すり続けると、蘭子先生が目元を擦りながら起き上がる。

「あ、れ……私、寝ちゃってた……?」

 蘭子先生は、いつものクールでキビキビとした様子は微塵も感じられない。どうやら彼女は寝起きが悪いみたいだ。

 蘭子先生は、肩先まで伸びるセミロングの黒髪を揺らしながら、ぼうっとした様子で前の座席の背もたれを眺めている。
 その様子はまるで痴呆老人のようだ。

 いつもの怜悧で、恐ろしいまでに冷静沈着な蘭子先生とは思えない。彼女のトレードマークの赤紫色のレディーススーツも皺でくしゃくしゃになっているし。

 蘭子先生が起きたは良いが、これでは頼りにならないな。

「仕方ない。もう腹をくくって全員を叩き起こすか……」

 さっきの突発的な衝動が怖いが、そうも言ってられる状況じゃない。

 俺は息を吸い込むと、大きな声を張り上げながら、まず運転手さん。添乗員さんを起こし、その後にそれぞれの座席に座って眠っているクラスメイト達を順番に叩き起こしていく。

「くっ……う……く、黒羽……?」
「んんっ……ひぅ……黒羽く……ん……?」

 俺にたたき起こされたクラスメイト達は目元を擦りながら、迷惑そうに俺を睨みつけくる。
 そんなクラスメイト達の反応ですら、嬉しくて、涙が出そうになる。

 この四日間、俺は独りだった。

 配下達はいたけれど、配下はあくまでも配下に過ぎない。

 感情を共有できる人間は俺以外にはいなかった。だから、同郷のクラスメイト達が傍にいるだけで泣いてしまいそうになるほどに嬉しかった。

「あッ……ぇ、なん、で……?」
「う、そ……だろ……?」

 眠りから目覚めたクラスメイト達は、窓の外を見てあんぐりと口を開けて絶句している。

 俺はそんなクラスメイト達を尻目に、後部座席に座っているクラスメイト達を叩き起こしていく。
 そして、俺の座席の隣に座っていた金髪ギャルの肩に手を置いた。

「高木(たかぎ)さんっ! 起きろっ! 起きて、高木さん」

 俺が肩先を揺すると、彼女はその鮮やかな金髪を揺らして、むにゅむにゅと口元を動かした。
そして、その切れ長の瞳がゆっくりと見開かれる。

「んっ……ふぁ……ふぇ……? 黒羽、くん……?」

 俺が肩を揺すると高木さんはすぐに起きた。彼女はその金髪ポニーを揺らしながら、とろんっとした瞳で俺のことを見つめてくる。
 けれど、すぐに目を見開いて飛び上がる。

「えっ、あっ……嘘っ!? 黒羽くん……っ!?」

「あぁ、おはよう。
ただあの……口元、拭いておいた方が良いかと。よだれ、出てるから……」

 俺がそう言うとマッハの動作で高木さんは口元を両手で覆い隠してしまった。よくもまあ寝起きでそこまで機敏に動けるものだな。

 俺が感心していると、高木さんは頬を赤らめながら、ちらりと俺の方を見つめてきた。

「……み、見た?」

「見てない。何も、見てないよ。高木さんがだらしなく涎をたらしているところなんて、全然見てないから」

「しっかり見てんじゃんよっ!! 信っっっじられないっ! もう最悪じゃんっ!? 
なんでよりにもよって、黒羽くんに見られちゃうのよぉっ!!」

 高木さんは顔を真っ赤に染め上げると、座席で縮こまってしまった。

 あの……この場合、俺はどう反応すればいいのだろうか。それと涎を垂らしている姿は俺だけじゃなくて、他の誰にだって見られたら不味くないか?

「きゃあああぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 と、その時だった。

 近くの座席に座っていた女子生徒が外を見て甲高い悲鳴をあげた。

 何だ……と思って外を見るが、バスの周りには俺の配下のゴブリン達がいるだけで、他には何もいない。

 何だ、何もいないじゃないかと言いかけて気づいた。

「な、何だこの化け物共はっ!?」

「ヒィィイィイィっ!!」

「あっ…………」

 そうか、クラスメイト達にとっては俺の配下のゴブリン達も、れっきとした見慣れぬ化け物にしか映っていないわけだ。

 よく見れば大型バスは、ハイゴブリンや、トロル達に囲まれている。

 しかも、配下達は俺を心配してか窓に顔をくっつけて、中の様子を伺おうとしている。

 確かにコレは……怖いかもしれない。

「……やっべぇ。やっちまった」

 俺はどうしたものかと逡巡していたが、すぐに後部座席の非常用出口から外に出ると、大声を張り上げた。

「全軍に告ぐっ!」

 俺が指示を出すと、慌てた様子で配下達が俺の前に整列する。

「ご主人様っ!! ご無事でっ!」
「ご主人様……突然単身で向かわれてしまうので心配しました」

 配下の中でゼクトールとハーキュリーの二人が、話しかけてきた。

「あぁ、悪い心配かけた。ただ、あの……今はそのタイミングが悪いというかな」

 俺はごにょごにょと口ごもると、配下全員を見渡した。そして、

「とりあえず、退散っ! ここは良いから全軍で周囲の森を警戒しろ」

「で、ですが……」

 ハーキュリーは心配そうに大型バスを見つめた。
 俺はそんなハーキュリーの肩先を軽く叩いた。

「悪いな。事情は後で説明する。とにかく、今はお前たちがこの近くにいると困るんだ。
 コレは俺にとって危険なものではない。
 今は大人しく命令に従え」

「ハハッ!!」
「……御心のままに」

 俺の命令にゼクトールは勢いよく、ハーキュリーは眉を寄せて不承不承(ふしょうぶしょう)といった様子で頷き、配下のハイゴブリン達を連れて、周囲の森の警戒をしに周囲へと散らばっていった。

 同じようにメロウもダークゴブリンを率いて、グンダもトロルを率いて周囲の森の警戒に移らせる。

 後はヘルハウンド達だが、まあコイツらは別にここで待機させておいても良いか。

「お前たちっ! お座りっ!!」

 俺が命令すると、ヘルハウンド達は犬のように舌を出しながら、ビシっと五匹全員が綺麗に整列する。

「すまんが、しばらくそのままで」

 俺はそう言い残すと再びバスの中に戻る。

「…………」

 バスの中は、静寂に包まれていた。

 さっきまで恐怖で騒いでいたクラスメイトの全員が唖然とした表情で俺のことを見つめてくる。
 まあ、そりゃそうなるよな。

「く、黒羽……くん……?」
「黒羽……お前……」

 クラスメイト達の視線が全身に突き刺さる中、どう説明しようか迷っていると、すぐ隣から唸り声が聞こえてきた。

 そちらを見ると、高木さんが頭を抱えたまま自己嫌悪に陥っていた。

 どうやら、自己嫌悪に陥るあまり、今さっきの騒動すら気づいていないみたいだ。俺はそんな高木さんの肩先を叩いた。

「あの、さ……自己嫌悪に陥るのは構わないけれど、とりあえず外の景色を見てみ」

「うーー……うーー…………そ、外ぉ?」

 俺に指摘されて高木さんが、外の景色を眺めて……驚愕にその瞳を見開いた。

「ぇ……あ、あれ……嘘、なんでっ!? 
 なんであたしたち森のなかにいるわけっ!?」

「……それが分かれば苦労はしない」

 俺は起きた高木さんを座席に残すと、蘭子先生のところへと歩いていく。クラスメイト達の横を通り過ぎると、彼ら、彼女らの視線が全身に突き刺さる。

 こちらに向けられる視線には明らかに恐怖の感情が混じっている。

 やれやれ、だ。
 まあ、クラスメイトはスキルやステータスのことを知らないのだから当然の反応といえばそうなのだが。

「蘭子先生」

「うっ……黒羽、君……あなた……何が、あったの……?」

 蘭子先生は額に手を当てて、まだ本調子ではなさそうな様子だが、普段のクールな雰囲気が少しは戻ってきているようだ。

 蘭子先生も先ほどの騒動は見ていたようで、疑心と警戒の色が籠った目で俺を見つめてくる。

「すみません、事情はすぐにお話しします。とりあえず、外に出ましょう」

「そ、外って……ほ、本気なの?」

 蘭子先生は怯えたような瞳で外を見つめ、逡巡するようなそぶりを見せる。俺はそんな彼女を尻目に、運転手さんのところへと行く。

「すみません、運転手さん。ドアを開けてくれますか」

「は、はぁ……い、いえ、ですが……」

「大丈夫ですよ。外に危険はないので」

 俺がそう言うが、運転手さんは逡巡した様子で一向にドアを開けてくれそうにない。

「……分かりました。じゃあ、このドア――ぶっ壊して外に出ますね」

 俺は手のひらをドアの方に向けると、闇(ダーク)の弾(ショット)のスキルを発動させようとした。

 俺の雰囲気を見て何かを感じ取ったのか、運転手さんが慌てて、俺を制してきた。

「待ちなさい。いま、開けますから……」

 運転手さんは慌てた様子でバスのエンジンをかける。すると、バス全体が低い駆動音と共に小刻みに振動し始める。

 この人、勘が鋭いな。

 まだ、スキルを発動させていないのに……この人、勘が鋭いな。あるいは俺の雰囲気や言動から剣呑な何かを感じ取ったのかもしれない。

 運転手さんの反応があと数秒遅かったら、俺は躊躇なくバスのドアを吹き飛ばしていたからな。

 運転手さんが開けてくれたドアを通り、俺は外に出た。けれど、運転手さんはもとより、クラスメイト達の誰もがバスから降りようとしない。

 その代わりに開いたドアから蘭子先生が、恐る恐るといった感じで外に出てくる。

「く、黒羽君? さっきの化け物たちは……?」

 蘭子先生は怯えた様子で周囲を見渡しながら、そう尋ねてくる。

「大丈夫ですよ。アイツらは今は周囲の森を警戒してます。アイツらは俺の命令には絶対順守なので、皆を害することはありません」

「黒羽、君……あなた、一体どうしちゃったの……?
 それに……よく見れば、瞳が……薄紅色に輝いて……」

 蘭子先生は混乱した様子で問いかけてくる。

 まあ、そりゃそうか。

 蘭子先生やクラスメイト達にとっては、この世界で目覚めたばかりだ。

 彼女たちからすれば、目覚めたら見知らぬ森の中にいて、しかもクラスメイトの一人が良く分からない化け物たちと親しくしているようにしか映っていないものな。

 その光景はさぞ奇妙で不気味なものだろうな。
 少なくとも俺がこの世界で目覚めた時にそんな状況に遭遇したら、ソイツには決して近寄らない。

 難儀なことだ。

 俺からしたら、この世界で目覚めてからもう既に四日も日数が経過しているというのに、彼女たちにとっては目覚めて数分しか経っていないなんてな。

 俺はそのことを踏まえて、蘭子先生に今までのことを話し始めた。
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