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わたしとアイツと両親

 3話①

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 仕事終わりの親父も合流し焼肉屋へ。親父同士で積もる話があるのか、酔っ払って上機嫌な親父コンビは飲み直すと言って別の店へ。俺とお袋と咲希は家に帰った。
 ここ数日間、毎晩咲希が部屋に来てセックスして一緒に寝るって流れだけども、今日は疲れたらしく「もう寝る」と言って部屋にこもった。
 毎晩セックスするのが癖になってた俺はちょっと物足りない。かといって一人でするのも気が引けるし、明日は今日よりももっと荒れた日になるだろうと覚悟して眠りについた。

 それはすぐにやってきた。

「ふざけんじゃないわよ!」
「ほわあ!?」
 咲希の怒声で飛び起きた。カーテンの隙間から光が差し込んでる。枕元にある目覚まし時計を確認すると、朝の七時。
 朝から事件勃発。元気な女だよ、全く。
「何でいっつも自分勝手なの!?」
 それ咲希も変わんねぇから、間違いなく父親譲りだからってツッコミたいのを堪えて、ギャアギャアと騒がしいリビングへ向かう。
 二日酔いであろう親父も頭を押さえながら部屋から出て来た。「お前の嫁だろ。なんとかしろ」と言わんばかりの目を俺に向けている。
「俺かよ」
「荒れた咲希ちゃん怖いから」
「俺だって怖いんだけど。しかし朝っぱらから荒れるのも珍しいよなぁ」
「歳三さんに聞いたんだろ?」
「歳三?」
「咲希ちゃんの親父さん」
「ああ、としぞーさんって名前ね、はいはい」
「昨晩飲んだときに、娘は連れて帰るって意気揚々と話してたけどさ、咲希ちゃんの仕事先のバーで」
「……マジで? やっちまってんな、あの親父さん」
「でもまさか朝から」
 親父の声は何かが割れる音と重なった。大体の原因はわかったし、急いで階段を駆け下りてリビングの扉を開ける。そこは荒れ果てた部屋になってた。
 ソファーに座る親父さんの周りに、リモコンやらティッシュの箱やら小さな小物やらが散乱。テーブルの上には割れたコップとこぼれ落ちる水滴。
 そして何よりも必死の形相で咲希を羽交い締めにするお袋の姿がある。
「咲希ちゃんダメよ! 気持ちは分かるけどこらえて!」
「だって、連れて帰るって! 職場にまで行って勝手に!」
 咲希の怒りはごもっとも。俺だって親父にそれをされたらキレると思う。普通は職場にまで行って「娘は連れて帰る」とか言わねぇから。それヤバい親だから。
 でも、どんだけやばくても親は親だ。例外はあるけど、切っても切れない縁ってのが親子の縁だと思う。
「うっす、おはよ」
 なるべくいつも通りに挨拶をすると、勢いよく咲希が俺の胸に飛び込んできた。俺の親の前で珍しいっつーか、絶対に抱きついたりしないのに。……ここまでキテるってことか。
「勇樹、勇樹! あいつが!」
「おいおい、親をアイツ呼ばわりは絶対にダメだぜ。はい、言い直して」
「っ!」
 納得いかないって面を俺に見せるが、すぐに小さな声で「お父さん」って言い直してくれた。よしよし、冷静さを取り戻したようで何より。
「お父さんがどした?」
 本当は全部知ってるけど、あえて俺なりに優しく聞いてみる。
「私をうちに連れて帰るって、私の職場にまで行ってそんなことを言ったんだよ! こんなのひどいよ! いっつもそう! 私はお父さんのワガママに振り回されるの!」
 こんな時になんだが、ベソをかく咲希が激かわ過ぎてヤバい。ひどいねぇ可哀想にねぇって言って甘やかしてやりたい。
 その見返りに咲希の体を好き勝手して「もうやだぁ」って半べそかかせてやりたい。
 なにそれ激かわ過ぎん?妄想の中の咲希ですらも天使ですかそうですか。
「ゴホンッ」
「は!」
 お袋の咳払いでこっちの世界に戻ってきた。
「ひどいねぇ、可哀想にねぇ」
 咲希の頭を撫でながら抱き寄せる。結局妄想と同じだ。俺は咲希に甘い。でもそれでいい。咲希のためならえんやこら。
「でもな、咲希。気持ちはすっげぇ分かるけどさ、物を投げたり、コップを割ったりするのはダメだぜ。どんなに腹が立っても暴力行為は絶対にしちゃいけねぇこと。伝わるかどうかは別としても、そのために言葉ってのがあるんだ。そこは咲希が悪いと思うよ」
 ぎゅうぎゅうと俺に抱きついてる腕に力がこもる。そこは反省してくれたようで、返事のかわりに小さく頷く咲希の頭をまた撫でた。
「どうしたいのかちゃんと伝えた?」
 咲希の頭が横に振られた。
「じゃあさ、伝えてみようぜ。大丈夫、咲希の親父さんなら咲希の想いを分かってくれる。だって血を分けた親子だぜ。頭ごなしに否定だなんて、そんなおとなげないことはしねぇよ。俺よりもずっと咲希の幸せを考えてくれてる。だからさ、咲希が一番幸せだと思うこれからの未来を伝えようぜ」
「な!」
 親父さんと目が合い、俺はニヤリと笑った。これで完璧に親父さんの負けだ。もしこれ以上親父さんがわがままを突き通すなら、咲希からの信頼もとい愛情は無へと還る。もはや引く道しか残されていない。
「……お父さんに、……言うの?」
「そう。咲希はどうしたい?」
「……私は……」
 ポンポンと頭を撫でてやると、泣きながらも想いを口にしてくれた。
「……帰りたくない。パパとママ、勇樹とずっといっしょにいたいよ」
 これほど嬉しい言葉ってこの世にあったかよ。ほんとかわいいやつ。って思ったら口が緩んじまうぜぇ。
 ああ、幸せ。
「親父とお袋は?」
 お袋と親父は穏やかに頷いてた。しかもお袋に至っては涙ぐんでる。その気持ちすっげぇ分かる。
「んじゃ、藤森家も咲希と同じ気持ちってことで」
「勇樹、勇樹!」
 咲希が力いっぱい抱きついてくる。猫みてーにスリスリってしながら。そのかわいさったらこの世のものじゃねーっつーか、次元が違うっつーか、……もう……もう、全力で俺が守ってやる! あああ、好きだあああ!!
「お、お、親の前だぞ! やめないか!」
 もはや負け戦だっつーのに、突っかかってくる親父さん。いや、親父さんの気持ちも分かるんだ。俺に娘がいたら間違いなくそうなる。目の前で抱擁シーンを見せつけられたらブチギレして、その辺に落ちてる破片を投げつけて大惨事確定。それをしないんだから親父さんは咲希が思ってる以上に優しい親父さんだ。だからこそ、咲希の幸せを一番に考えてる。
「咲希、ちょっとごめんな」
 引っ付いてる咲希をベリッと剥がして、改めてソファーに座る親父さんの前で正座をした。そして深々と頭を下げて言った。
「咲希との交際を認めてください」
 これ以上の言葉が出てこなかった。プロポーズもまだで、結婚なんてもっと先の話。まだ学生の俺が、今、咲希のために出来ること。コレが精一杯。
「お父さんっ、私からもっ」
 あの咲希が隣に正座した。そして頭を下げた。
「認めてくださいっ」
 それを見て惚れ直した俺の愛ってやっぱり腐ってる?
 だってあの咲希が、俺のために……俺達の未来のために頭を下げてる。
 これっぽっちも俺のことを見てくれなくて、ようやく見てくれたと思えば性道具扱い、俺ってよりも体にハマって、でもほんとに少しづつ俺を見てくれるようになった。
 今じゃ、俺達の未来のために一緒に頭を下げてくれる。
 これを愛と言わず、何を愛というんだ。
「お願いします!」
「お願いします!」
 二人の声が重なる。それすらも俺の愛に響くんだから、咲希だけは一生手放さないと改めて心に誓った。
 親父さんからの返事はない。咲希がここまでしたっつーのに、さすがにシカトはないだろうと思ってると、すぅと風が頬を撫でた。それと一緒に香水の匂いと嗅いだことない匂いもしたから思わず顔を上げる。
 親父さんは目を閉じてそっぽ向いてた。匂いのする方へ視線をやると、ロングコートを羽織ったすっげえ美人が葉巻を吸いながら立っている。
 すぐに咲希のお袋さんだって気づいた。咲希に似て(咲希が似た)美人よ美人。でも雰囲気がヤバい。映画でみるマフィアのボスかっていうくらい威圧的というか、葉巻が似合いすぎてというか、……え、死ぬの、俺。
「ひっ」
 親父さんもお袋さんの存在に気づいたらしく小さな悲鳴を漏らした。「ぷっ」と小さな笑いが聞こえてようやく俺は理解した。
 咲希はお袋さんがここに来ることを知っていた。知っていたからこそ頭を下げた。全ては親父さんを陥れる為に。
 咲希に目をやると頭は下げたまま口元をニヤつかせていた。我、勝った!みたいな横顔もかわいくて何より。それよりこれはどうしたもんかと頭をかいたあと、俺も改めて頭を下げた。
(これも作戦かよ)
(まぁ見てて)
 とうとう目で会話が出来るようになったことよりも、ずっと無言で葉巻を吸うお袋さんが気がかりだ。咲希は興奮した面持ちで聞き耳立ててるし。

 これから一体何が始まるというんだ。



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