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わたしとアイツとアイツ

 10話

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 勇樹が酔っ払って記憶をなくしたことは本当だけども、お尻に関してはウソだ。
 本当は、ヤるだけヤって出しまくってスッキリした勇樹が、今度は「ざぎぃ、しゅぎぃ」と泣きながら甘え出して、ちっとも離れてくれない勇樹にお手上げ状態になり、フロントに電話してアイツを呼び出してもらった。
 その間もお前の前世は蚊か?と疑うレベルで肌を吸ってくる。
 アイツが来ても構わず吸い続け、終いには「これ俺の!」と見せつけるように噛み付き、「もはや呆れを通り越えて笑える」と爆笑するだけしたアイツは、なぜか男性器を模したおもちゃを置いて去って行った。
 なんで大人のおもちゃを持ってんのか、何でそれをここに持ってきたのか、いろんな謎が深まるけども、酔っ払った勇樹の対応にそれどころじゃなくなり、最終的に枕で股間を殴った。ようやく静かになってくれたので、私は安心して眠りについた。
 これがあの夜の真実。
 まぁ、ちょっとした意地悪と二度と酒を飲まないようにするために演技をしたってわけだ。勇樹も酒に懲りたみたいだし、大成功を収めて無事に家に帰った。
 体調が良くなったわけじゃないのもあるけど、透さんのことが一段落して気が抜けたらしく、また風邪を引いてしまった。
 今度はそこまで酷くないけど、ひたすら眠たくて。寝ては起きて起きては寝てを三日三晩続けた。パパが妊娠だ何だと騒いでうるさかったけど、ようやく起きていられるようになった。それでもまだ体が重い。
 二週間は休んでろとマスターに言われていたので、やっぱりここは遠慮なく二週間くらい休んでやろうと思う。怒涛の一カ月と数週間を仕事に費やしたんだもの、当然の権利だ。
 でも、二週間も休めると思うと、何だか寝るのももったいなく感じる。かと言ってすることもなく、朝は勇樹を見送って、お昼は見たかった映画を観て、夕方になればママとご飯の支度をする毎日だ。
「でも暇なのよねぇ」
 夜ご飯のメニューをコロッケにしようと思ってたら、パン粉がないっていう、料理あるあるに陥ったので、スーパーまで買い出しに行くことになった。
 こういう毎日も嫌いじゃないけど暇すぎて苔が生えそう。だからといって何かやりたいことがあるわけでもなく。
(いっそのこと新しいカクテルを……、でもワインの勉強と途中だし……、あー休みは休みだから仕事関係のことはしたくないんだけどなぁ。今まで休みの日って何をしてたんだっけ……あ!)
 あれこれ考えてると、スーパーまでの通り道である駅前の広場で勇樹を見つけた。お友達と一緒みたいで楽しそうに話してる。
 ちょうど勇樹の近くを通るし声を掛けようとしたけど止めて、知らん顔して駅前の広場を突っ切る。でも、いきなり誰かに腕を掴まれて心臓が飛び出そうだった。犯人は言わずもがな。
「びっ、くりさせないでよ!」
「あ、悪りぃ。こんな所で何してんの?」
「買い出しの途中よ」
「俺も一緒に行く」
「お友達は?」
「ちょっと待ってて」
 勇樹はお友達に向かって、「彼女とデートすっから、また明日な」と言って返事も待たずに私の手を繋いできた。
「いいの? お友達が鬼の形相で喚いてるけど」
「いいの、いいの。俺の優先順位は常に咲希が一番だから」
「あら、かわいいこと言っちゃって。今日のご飯多めに作ってあげる」
「ちなみに今日の晩飯は?」
「コロッケ」
「っし! 俺、咲希のコロッケ大好き!」
「コロッケだけぇ?」
「咲希も大好きぃ」
「あーん、かわいい!」
 勇樹の腕に引っ付いて歩き進める。ちらりと勇樹を見上げれば穏やかに笑ってるからそれだけですっっごく幸せ。
「ゆーきっ」
「うん、俺も好きぃ。甘えた咲希が一番かわいい」
 傍から見れば殴りたくなるほどのバカップルだろうけど、そんなこと気にしないで、スーパーに行ってパン粉とその他食材、次いでに勇樹の好きなお菓子とジュースを買った。
 当たり前のように荷物を持ってくれて、でも片手は私のために空けてくれてる。それも嬉しくて、また幸せだと思った。
「……そういえば……」
 デレデレな恋愛モードから我に返ると、ふと気になったことが。本当に今さらというか、そうであることが当たり前過ぎて気にもしなかったけど……
「勇樹って何でそんなに優しいの?」
 ここまで優しい人って存在するのか疑問に思うほど勇樹は優しい。こっちまで心が穏やかになれる優しさを秘めている。
「何でって言われてもなぁ」
「優しい人で居られるコツでもあるの?」
「コツっつーか、あえて言うなら咲希だから、かなぁ。他のやつにはそんなに優しくねーし」
「だからってここまで優しい人はいないよ」
「んー……それは、俺の想いってやつが咲希に伝わってる証拠じゃね?」
「想いが優しさに繋がるの?」
「優しさっつーか幸せだろ」
「んんー?」
 考えてもみなかったことを言われて首を傾げると勇樹が教えてくれた。
「小さい頃にじぃちゃん死んでさ、ばあちゃんが棺にいるじぃちゃん見ながら「もっと、ねぇ」って言ったんだよ。小さな声でさ。もっと想いを伝えたかったのか、もっと想いを伝えてほしかったのか。子供なりに考えて出た結論が、どっちも大事。だから想いを伝えていこうって、そしたら相手も返してくれるんじゃねーかなぁって。ポジティブな想いっつーか言葉って言われても嫌になんないじゃん。そんで言葉って相手の心にも宿るから、だからポジティブな言葉って幸せを呼ぶってことにも繋がるし、幸せを宿すこともできるだと思うわけよ」
 それが優しさに繋がるのか分かんないけど勇樹の言わんことは分かる。勇樹の想いが私の心に宿る、だからこんなにも愛されてる実感が湧くし、幸せを感じる。
 だから私も想いを伝えたくて、優しくしようって……
「……あっ、そういうこと」
 ようやく優しさの源が分かった。勇樹の優しさってそういう成分で出来てるのか。
「好きだよ、勇樹」
 私も正直に想いを口にすると、勇樹はやっぱり優しく笑いながら、「俺って幸せ者」って言ってくれた。
 好き。
 ポジティブな言葉。
 こんなにも幸せで、優しくなれる。
「幸せの連鎖だね」
「おっ、いい言葉っすねぇ」
「しかし素敵なお祖母様ね。お祖父様が素敵な人だったからそう思ったのよ。夫婦仲が良かったのね。パパもママも優しい人だし、優しさって遺伝するのかもしれないわね」
「あー……」
 勇樹が「悪い」と呟く。まさか作り話じゃないわよねと睨みを効かせるとバツが悪そうに言った。
「後日談があってさ、俺なりの幸せについての持論をばあちゃんに言ったらさ、「あれはあれだよ、もっと保険金を掛けてりゃよかったねぇって意味だよ。しっかしロマンチストな孫だねぇ」って笑われてさ。しかもそれが親父とお袋に伝わり感動したとか何とかで夫婦仲を見直されて……」
 それでパパとママの夫婦仲が最高の状態を維持されている、ということらしい。どのみちイイ話に違いないから、繋いでた手を離してスマホに入ってるアプリを起動、ガックシと肩を落とす勇樹の肩をポンポンと叩いた。
「どうせなら次も弟がいいわ」
「やめて、マジでやめて」
「妹もいいわよね。かわいいお洋服を着せて遊ぶの」
「ほんとやめて、マジで洒落にならん」
「洒落も何も計画してるわよ。子育ても一段落ついて、デート生活も満喫したし、そろそろ二人目って……知らないの?」
「……マジ?」
「マジ」
「くっ、クソジジイとクソババアめ!」
 夕日に向かって悔しそうに嘆いた。でもすぐにハッと我に返り「今のは内緒なぁ?」と言ってきた。
「荷物、重くない?」
「ぜ、ぜーんぜん!」
「さすがね、いい男!」
「やった、咲希が褒めてくれた! ご機嫌な咲希も大好き!」
「褒めてやったんだからお礼を言いなさい」
「あっはっは、ご機嫌どころか今日も絶賛生意気で何よりっすねぇ」
「お礼を言いなさい」
「ダメだぜ、咲希。ネガティブな言葉からは幸せは生まれねぇんだ。生まれるのは不幸だけなんだぜ」
「そうね、そうかもね。ネガティブな言葉に良い事なんてないわよね」
 起動していたアプリを操作して、勇樹に聞かせてあげた。「クソジジイとクソババアめ!」をリピートさせたら、真っ青な顔で首を横に振り出した。
「よかった、キレイに音声入ってて」
「あ、あああ」
「本当に、ネガティブな言葉からは不幸しか生まれないのね」
「この悪魔あああ!!」
「あら、最上級の褒め言葉、ありがとう」
 ニッコリと笑ってそそくさと歩みを進めると、何が何でも音声を消したい勇樹があれやこれと交渉を始めた。
 最終的に、
「何でも言うことを聞くのでどうかそれを消してください!お願いします」
 と、私の聞きたかった言葉を口にしてくれたので、もう一度それを録音して、例の音声を消去。これで良し。
「誰だよ、こんな悪魔に育てたの」
「あら、私の性格は……」
 何だかんだしてたらもう家に着いてしまった。今からご飯の準備で忙しくなるから、家に入る前に勇樹にお願い事を呟いた。
「何でも言うことを聞いてくれるんでしょ?」
「もちろんですとも!」
「お仕事に復帰するまで、毎日セックスしようね」
 そう伝えて玄関に入る。勇樹は顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしてたから、べっと舌を出して玄関の扉を閉めた。
(ああ、ネガティブな言葉は時に幸せをも生むのか!幸せ! 俺って幸せ! つーか脅さなくても喜んでやるっつーの!)
 そんなことを想いながら悶てるって知らない私は、めちゃめちゃイイ気分だから作るのが面倒なコロッケのついでに、勇樹の大好きな唐揚げも作ってあげようと思った。
 気づいてくれるか分かんないけど、きっとこれが、生意気な私なりの、私に出来る感謝の伝え方なのかもしれない。


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