35 / 68
わたしとアイツとあの子
3話①
しおりを挟む
小学五年生の頃から勇樹君が好きだった。
クラスも学年も関係なく、男子にも女子にも先生にもモテる人気者。年齢に似合わないほどガッチリとした体つき、笑顔も、女子に素っ気ない態度でも実は世話好きな所も、ずっとずっと好きだった。
奇跡的に同じクラスになれていたし、中学に上がっても奇跡の連続で、ずっと同じクラスだった。
女子に冷たいけど、小学生からの腐れ縁の私は別。私だけ【普通】に接してくれていた。
優越感に浸れた。
人気者の勇樹君が、私だけを特別に扱ってくれている。
女子達もそれを認めてくれた。
お似合いのカップルなんて噂も流れていたし、私も手応えを感じていた。
人気者の彼女というポジションは、自然的にクラスや学級の中でも良いポジションにしてくれた。
あの女の話を聞くまでは。
クリスマスの日、中学最後っていう理由でクラスで集まる予定だった。
私服で会うのは初めてで、少しでもかわいいと思われたくて、いつもよりおしゃれをした。告白する予定でもあった。
私服姿の勇樹君もかっこよくて、【いつも通りの腐れ縁】を盾に、ずっと隣に居た。いつもと違う甘い匂いがして、すごくドキドキした。緊張で顔が強ばるのが分かってたけど、【いつも通りの腐れ縁】で接していた。
「……あ、咲希だ」
近くに居たおかげで、私以外の女を呼ぶ小さな声を聞き逃さなかった。
勇樹君はそれから黙ったまま、咲希っていう女を見ては辺りをキョロキョロと見回していた。咲希という女は、認めたくないけど、ものすっごい美人で、一人の男に絡まれていた。不機嫌な顔も美人だから様になる。
服装もおしゃれで、大人のお姉さんって感じで、比べようもなく完敗だった。
「ったく、しょーがねえ」
女のカンってやつが働いて思わず勇樹君の腕を掴むと、コートに突っ込んでた手と小さな箱が外に出た。
「あああ!」
ポトリと地面に落ちた小さな箱を勇樹君が慌てて拾う。私は固まったまま動けない。
「それって……」
「ん? ああ、これね、クリスマスプレゼント」
「いや、でも……それは」
「んなことより、ちょっと抜けるぜ」
また歩き出した勇樹君をただ呆然と見てることしか出来ない。
あの小さな箱には、雑誌やCMにもある有名なブランドの名前が乗っていた。高価な物をクリスマスプレゼントに贈る意味を、贈られる人を……考えたくもない。
ただじっと見つめていた。
勇樹君が女を助けるところも、女の手を引いて本屋に向かうところも、何か口論してるところも、女の手を引いてこっちに向かってるところも、全て。
嘘であってほしかった。
ずっと勇樹君の特別だった、はず。
その人はただの知り合いで、本命は……
「俺、この超絶かわいいお姉さまとデートするんでキャンセルな」
現実は残酷だった。
「同居してる美人なお姉さんが居て、その人の事が大好き。その人しか考えられないから他の女は心底どうでもいいって耳にタコが出来るくらい言ってるし。……お前、知らなかったの?まぁ、友だちじゃねーもんな」
「友だちじゃ……ない?」
「ただのクラスメイトだろ、お前」
同じクラスで同じく腐れ縁である文也からの情報のせいで、失恋が決定したってわけだ。
この噂はまたたく間に広がって、【勇樹君と恋人気取りの勘違い女】のレッテルを貼られた。今まで応援してくれていた女子も手のひらを返したように、私を嘲り笑う。
悔しくて堪らなかった。
友だちとしても見てくれてなかった、ハッキリと言ってくれなかった勇樹君にも腹が立った。
何よりも許せないのは、勇樹君の好きな人が男好きの遊び人だってこと。美人だけど性格は最低最悪。誰とでも寝る女。
そんな女に負けた。
プライドも想いも粉々に砕けた。
だから私も壊してやる。
私の想いを壊したんだ。
このくらいの報復を受けて当然だ。
それなのに……
「喉乾いた」
「……」
「喉乾いたって言ってるでしょ。さっさとお茶を用意しなさい」
何で私がこの女の下僕にならなきゃいけないのよ! 確かに復讐しようとして、勇樹君の家族を巻き込んで迷惑を掛けたけども、これはあまりにも酷すぎる!
でも、訴えたいけど、それは叶わない。
なぜなら……
「あら、返事が遅いわね。いいの? あなたのお父さまに全てを話してもいいのよ」
スマホをまるでご印籠のように見せつけてきた。そこに表示されている文字は【金子俊治】、私のお父さんの名前だ。
最初にそれをされたとき、まさか知り合いだなんて思わなくて、「どうぞ」とドヤ顔で返事。すぐに電話を掛け、スマホからお父さんの声が聞こえてきた時のあの衝撃は記憶に新しい。
「ええ、偶然にも意気投合しまして。ーーそんな、迷惑だなんて。しばらくお休みなので私から誘ったんです。こちらこそ急に誘って……。ーーいいえ、噂通りの優しい女の子ですね。ーーはい、佳子さんにもよろしくお伝えください」
衝撃で口も開かない私の隣でスラスラと嘘を言ってた。そしてトドメのお母さんとも知り合いという事実。
(お母さんにバレたら殺される……!)
真っ青に震える私を見て女はにったりと笑う。
「どうすべきか、分かるわよね。かわいい私の、い、も、う、と、ちゃん」
こうして私は悪魔の下僕になった。
しかも勇樹君との仲をぶっ壊す覚悟で復讐しに来たってのに、肝心の勇樹君は私がここに居る間は友だちの家に泊まることになっている。
勇樹君が居ないのならここに居る意味もないのに。
どうしてこうなった!
「ねぇ、聞いてるの?」
「へ!?」
「このスマホが目に入らぬか」
「……あ、あっ! す、すぐに用意します!」
現実に戻った私はすぐにキッチンへ。
藤森家にお世話になってまだ一日。たった一日で下僕になってしまった。それを思い出してはお湯のように悔しさが煮えたぎる。
(何で私がこんな目に! ってかあんな悪魔のどこがいいの!? 勇樹君ってば頭湧いてんじゃないの!? それともああいう女が好みなの!? M気質な変態なの!?)
ギリリと奥歯を噛み締めながら急須に茶葉を入れる。
「ああ、それ以上はダメよ!」
勇樹君のお母さんが急須に手を置いた。
「……ああ!? す、すみません!」
急須には溢れんばかりの茶葉が入っていた。あまりの怒りで目に何も入らなかったらしい。
「いいのよ。それよりも、お茶じゃなくてこれを持って行ってくれるかしら」
勇樹君のお母さんは冷蔵庫からポカリを取り出すと私に渡してきた。
「咲希ちゃん、まだお熱があるからこっちの方が飲みやすいと思うわ。このお茶はあとで私達で飲みましょうね」
「っ!」
勇樹君のお母さんの優しさに一礼をし、すぐに悪魔の巣窟へ。
「遅い」と言わんばかりの不機嫌そうな目で睨んできた。それでも様になるんだから美人って得だ。性格は悪魔だけど。
「ありがとう」
悪魔はポカリを受け取ると、一応お礼を言ってそれを飲み始めた。
体調が悪いらしいけど、『ワイン』とか『日本酒』の本をずっと読んでるから仮病なんじゃないかと疑ってる。だって寝込むほど体調の悪いときって嫌でも眠くなる……というか意識が飛ぶように眠ってしまうから。
(まっ、別に悪魔がどうなろうが私の知ったことじゃないけど)
悪魔が許可しない限り部屋から出ることを禁止されてるから、悪魔の居るベッドを背もたれにして床に座る。
「あげる」
悪魔がクッションを投げつけてきた。普通に渡すことも出来ないのかって言いたいけども、言ったら言ったで面倒だから、「どうも」とお礼を言って背中にクッションを当てる。
それからお互い無言で、悪魔は本を読み、私はスマホゲームで遊んでた。
時々悪魔のスマホから長い長ーい着信が鳴ってたけどシカト。それでも続く長ーい着信に、最終的に、「うっさいわね! 勉強してんだから邪魔しないでよ!」と一喝。それ以上スマホが鳴ることはなかった。
「あー、もう! 集中力切れた!」
触らぬ神に祟りなし。
私は知らん顔でゲームをしてた。でも悪魔はわざわざ私の後ろに座り直し、何故かヨシヨシと頭を撫でてきた。怖っ。
「花音ちゃんは大人しくてお利口ねぇ」
お利口にしないと恐ろしい目に遭うって意識するよう仕向けてるくせに、どの口が言うんだろう。
「そういえば花音ちゃんは将来パティシエになりたいのよね」
なんでそれを悪魔が知ってる!?
「ご両親が言ってたわよ。どこかにいい修行先はないかって。……パティシエかぁ」
悪魔は何気なく呟いただけ、それだけ。でもその呟きが何か猛烈に恥ずかしくて、カアッと全身が熱くなった。
パティシエ。
それは小さな頃の夢。楽しいキラキラした夢だけを描いて、それだけで良かった頃の話。
成長すると分かる。
夢は夢だから、夢のままでいい。
「そんなの昔の話だし」
「そうなの?かっこいいのに」
「かっこいいだけでパティシエになれるわけないじゃん」
「動機としては十分と思うけど」
「ないない」
「じゃあ、今の夢は?」
言葉に詰まる。だって何もないもの。
「修行先だったイタリアのレストランに、けっこう有名なパティシエがいたの。仲良くなって今は友人なんだけど、どう?」
「どうって、何が?」
「パティシエ、やってみない?見習いバイトからでもやってみる価値はあると思うわ」
「やるわけないじゃん」
「何で?」
「何でって、私はもうすぐ高校生。フランスでバイトって意味不明だし、そもそもパティシエは小さな頃の夢であって、現実的じゃないし」
「現実的?」
「普通に考えてなれるわけないじゃん。しょせん夢は夢だし」
「あー……ごめんね、今の話は忘れて。しょうもない根性しか持ち合わせてないあんたには無理な話だったわね」
この悪魔はイチイチ私をバカにしないと気が済まないんだろうか。
「夢は夢でも別の夢になっただけだし」
「たとえば?」
「そこそこの就職先を見つけて、好きな人と結婚して、子どもを産んで、一軒家買って、そこそこ幸せに暮らす夢」
何も間違ってない。ごく普通の、ありふれた家庭を築くことは難しいことだから。でも悪魔は乾いた笑いを私に浴びせた。
「つまんないわね、それ」
これで何度目だろう。カアッと熱くなる体は正直で、これ以上の我慢は無理だと、背中にあるクッションを思い切り悪魔に投げつけた。
「あんたにはつまんなくても私には大切な夢なんだよ! そうやって、人を見下して、バカにして! 押し付けがましいのよ! こんな悪魔を好きだって言う勇樹君の気が知れない! 何でこんな最低な女をっ!」
悪魔にぶつける言葉の意味なんてどうでもいい。
片思い、失恋、叶える気のない夢に叶わない夢、現実。
溜まりに溜まった感情が音量に表れる。
「結局誰でもいいんでしょ!? 誰でもいいから勇樹君以外の男と寝てるんでしょ!? 人を本気で好きになったことがないのよ! あんたなんか勇樹君の優しさに甘えて寄っかかってるだけのクソ女のくせに!」
耳を塞ぎたくなるほどの大きな声の中、悪魔は黙って私の暴力を受け入れていた。
クラスも学年も関係なく、男子にも女子にも先生にもモテる人気者。年齢に似合わないほどガッチリとした体つき、笑顔も、女子に素っ気ない態度でも実は世話好きな所も、ずっとずっと好きだった。
奇跡的に同じクラスになれていたし、中学に上がっても奇跡の連続で、ずっと同じクラスだった。
女子に冷たいけど、小学生からの腐れ縁の私は別。私だけ【普通】に接してくれていた。
優越感に浸れた。
人気者の勇樹君が、私だけを特別に扱ってくれている。
女子達もそれを認めてくれた。
お似合いのカップルなんて噂も流れていたし、私も手応えを感じていた。
人気者の彼女というポジションは、自然的にクラスや学級の中でも良いポジションにしてくれた。
あの女の話を聞くまでは。
クリスマスの日、中学最後っていう理由でクラスで集まる予定だった。
私服で会うのは初めてで、少しでもかわいいと思われたくて、いつもよりおしゃれをした。告白する予定でもあった。
私服姿の勇樹君もかっこよくて、【いつも通りの腐れ縁】を盾に、ずっと隣に居た。いつもと違う甘い匂いがして、すごくドキドキした。緊張で顔が強ばるのが分かってたけど、【いつも通りの腐れ縁】で接していた。
「……あ、咲希だ」
近くに居たおかげで、私以外の女を呼ぶ小さな声を聞き逃さなかった。
勇樹君はそれから黙ったまま、咲希っていう女を見ては辺りをキョロキョロと見回していた。咲希という女は、認めたくないけど、ものすっごい美人で、一人の男に絡まれていた。不機嫌な顔も美人だから様になる。
服装もおしゃれで、大人のお姉さんって感じで、比べようもなく完敗だった。
「ったく、しょーがねえ」
女のカンってやつが働いて思わず勇樹君の腕を掴むと、コートに突っ込んでた手と小さな箱が外に出た。
「あああ!」
ポトリと地面に落ちた小さな箱を勇樹君が慌てて拾う。私は固まったまま動けない。
「それって……」
「ん? ああ、これね、クリスマスプレゼント」
「いや、でも……それは」
「んなことより、ちょっと抜けるぜ」
また歩き出した勇樹君をただ呆然と見てることしか出来ない。
あの小さな箱には、雑誌やCMにもある有名なブランドの名前が乗っていた。高価な物をクリスマスプレゼントに贈る意味を、贈られる人を……考えたくもない。
ただじっと見つめていた。
勇樹君が女を助けるところも、女の手を引いて本屋に向かうところも、何か口論してるところも、女の手を引いてこっちに向かってるところも、全て。
嘘であってほしかった。
ずっと勇樹君の特別だった、はず。
その人はただの知り合いで、本命は……
「俺、この超絶かわいいお姉さまとデートするんでキャンセルな」
現実は残酷だった。
「同居してる美人なお姉さんが居て、その人の事が大好き。その人しか考えられないから他の女は心底どうでもいいって耳にタコが出来るくらい言ってるし。……お前、知らなかったの?まぁ、友だちじゃねーもんな」
「友だちじゃ……ない?」
「ただのクラスメイトだろ、お前」
同じクラスで同じく腐れ縁である文也からの情報のせいで、失恋が決定したってわけだ。
この噂はまたたく間に広がって、【勇樹君と恋人気取りの勘違い女】のレッテルを貼られた。今まで応援してくれていた女子も手のひらを返したように、私を嘲り笑う。
悔しくて堪らなかった。
友だちとしても見てくれてなかった、ハッキリと言ってくれなかった勇樹君にも腹が立った。
何よりも許せないのは、勇樹君の好きな人が男好きの遊び人だってこと。美人だけど性格は最低最悪。誰とでも寝る女。
そんな女に負けた。
プライドも想いも粉々に砕けた。
だから私も壊してやる。
私の想いを壊したんだ。
このくらいの報復を受けて当然だ。
それなのに……
「喉乾いた」
「……」
「喉乾いたって言ってるでしょ。さっさとお茶を用意しなさい」
何で私がこの女の下僕にならなきゃいけないのよ! 確かに復讐しようとして、勇樹君の家族を巻き込んで迷惑を掛けたけども、これはあまりにも酷すぎる!
でも、訴えたいけど、それは叶わない。
なぜなら……
「あら、返事が遅いわね。いいの? あなたのお父さまに全てを話してもいいのよ」
スマホをまるでご印籠のように見せつけてきた。そこに表示されている文字は【金子俊治】、私のお父さんの名前だ。
最初にそれをされたとき、まさか知り合いだなんて思わなくて、「どうぞ」とドヤ顔で返事。すぐに電話を掛け、スマホからお父さんの声が聞こえてきた時のあの衝撃は記憶に新しい。
「ええ、偶然にも意気投合しまして。ーーそんな、迷惑だなんて。しばらくお休みなので私から誘ったんです。こちらこそ急に誘って……。ーーいいえ、噂通りの優しい女の子ですね。ーーはい、佳子さんにもよろしくお伝えください」
衝撃で口も開かない私の隣でスラスラと嘘を言ってた。そしてトドメのお母さんとも知り合いという事実。
(お母さんにバレたら殺される……!)
真っ青に震える私を見て女はにったりと笑う。
「どうすべきか、分かるわよね。かわいい私の、い、も、う、と、ちゃん」
こうして私は悪魔の下僕になった。
しかも勇樹君との仲をぶっ壊す覚悟で復讐しに来たってのに、肝心の勇樹君は私がここに居る間は友だちの家に泊まることになっている。
勇樹君が居ないのならここに居る意味もないのに。
どうしてこうなった!
「ねぇ、聞いてるの?」
「へ!?」
「このスマホが目に入らぬか」
「……あ、あっ! す、すぐに用意します!」
現実に戻った私はすぐにキッチンへ。
藤森家にお世話になってまだ一日。たった一日で下僕になってしまった。それを思い出してはお湯のように悔しさが煮えたぎる。
(何で私がこんな目に! ってかあんな悪魔のどこがいいの!? 勇樹君ってば頭湧いてんじゃないの!? それともああいう女が好みなの!? M気質な変態なの!?)
ギリリと奥歯を噛み締めながら急須に茶葉を入れる。
「ああ、それ以上はダメよ!」
勇樹君のお母さんが急須に手を置いた。
「……ああ!? す、すみません!」
急須には溢れんばかりの茶葉が入っていた。あまりの怒りで目に何も入らなかったらしい。
「いいのよ。それよりも、お茶じゃなくてこれを持って行ってくれるかしら」
勇樹君のお母さんは冷蔵庫からポカリを取り出すと私に渡してきた。
「咲希ちゃん、まだお熱があるからこっちの方が飲みやすいと思うわ。このお茶はあとで私達で飲みましょうね」
「っ!」
勇樹君のお母さんの優しさに一礼をし、すぐに悪魔の巣窟へ。
「遅い」と言わんばかりの不機嫌そうな目で睨んできた。それでも様になるんだから美人って得だ。性格は悪魔だけど。
「ありがとう」
悪魔はポカリを受け取ると、一応お礼を言ってそれを飲み始めた。
体調が悪いらしいけど、『ワイン』とか『日本酒』の本をずっと読んでるから仮病なんじゃないかと疑ってる。だって寝込むほど体調の悪いときって嫌でも眠くなる……というか意識が飛ぶように眠ってしまうから。
(まっ、別に悪魔がどうなろうが私の知ったことじゃないけど)
悪魔が許可しない限り部屋から出ることを禁止されてるから、悪魔の居るベッドを背もたれにして床に座る。
「あげる」
悪魔がクッションを投げつけてきた。普通に渡すことも出来ないのかって言いたいけども、言ったら言ったで面倒だから、「どうも」とお礼を言って背中にクッションを当てる。
それからお互い無言で、悪魔は本を読み、私はスマホゲームで遊んでた。
時々悪魔のスマホから長い長ーい着信が鳴ってたけどシカト。それでも続く長ーい着信に、最終的に、「うっさいわね! 勉強してんだから邪魔しないでよ!」と一喝。それ以上スマホが鳴ることはなかった。
「あー、もう! 集中力切れた!」
触らぬ神に祟りなし。
私は知らん顔でゲームをしてた。でも悪魔はわざわざ私の後ろに座り直し、何故かヨシヨシと頭を撫でてきた。怖っ。
「花音ちゃんは大人しくてお利口ねぇ」
お利口にしないと恐ろしい目に遭うって意識するよう仕向けてるくせに、どの口が言うんだろう。
「そういえば花音ちゃんは将来パティシエになりたいのよね」
なんでそれを悪魔が知ってる!?
「ご両親が言ってたわよ。どこかにいい修行先はないかって。……パティシエかぁ」
悪魔は何気なく呟いただけ、それだけ。でもその呟きが何か猛烈に恥ずかしくて、カアッと全身が熱くなった。
パティシエ。
それは小さな頃の夢。楽しいキラキラした夢だけを描いて、それだけで良かった頃の話。
成長すると分かる。
夢は夢だから、夢のままでいい。
「そんなの昔の話だし」
「そうなの?かっこいいのに」
「かっこいいだけでパティシエになれるわけないじゃん」
「動機としては十分と思うけど」
「ないない」
「じゃあ、今の夢は?」
言葉に詰まる。だって何もないもの。
「修行先だったイタリアのレストランに、けっこう有名なパティシエがいたの。仲良くなって今は友人なんだけど、どう?」
「どうって、何が?」
「パティシエ、やってみない?見習いバイトからでもやってみる価値はあると思うわ」
「やるわけないじゃん」
「何で?」
「何でって、私はもうすぐ高校生。フランスでバイトって意味不明だし、そもそもパティシエは小さな頃の夢であって、現実的じゃないし」
「現実的?」
「普通に考えてなれるわけないじゃん。しょせん夢は夢だし」
「あー……ごめんね、今の話は忘れて。しょうもない根性しか持ち合わせてないあんたには無理な話だったわね」
この悪魔はイチイチ私をバカにしないと気が済まないんだろうか。
「夢は夢でも別の夢になっただけだし」
「たとえば?」
「そこそこの就職先を見つけて、好きな人と結婚して、子どもを産んで、一軒家買って、そこそこ幸せに暮らす夢」
何も間違ってない。ごく普通の、ありふれた家庭を築くことは難しいことだから。でも悪魔は乾いた笑いを私に浴びせた。
「つまんないわね、それ」
これで何度目だろう。カアッと熱くなる体は正直で、これ以上の我慢は無理だと、背中にあるクッションを思い切り悪魔に投げつけた。
「あんたにはつまんなくても私には大切な夢なんだよ! そうやって、人を見下して、バカにして! 押し付けがましいのよ! こんな悪魔を好きだって言う勇樹君の気が知れない! 何でこんな最低な女をっ!」
悪魔にぶつける言葉の意味なんてどうでもいい。
片思い、失恋、叶える気のない夢に叶わない夢、現実。
溜まりに溜まった感情が音量に表れる。
「結局誰でもいいんでしょ!? 誰でもいいから勇樹君以外の男と寝てるんでしょ!? 人を本気で好きになったことがないのよ! あんたなんか勇樹君の優しさに甘えて寄っかかってるだけのクソ女のくせに!」
耳を塞ぎたくなるほどの大きな声の中、悪魔は黙って私の暴力を受け入れていた。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
子どもを授かったので、幼馴染から逃げ出すことにしました
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライト様にて、日間総合1位、週間総合1位、月間総合2位をいただいた完結作品になります。
※現在、ムーンライト様では後日談先行投稿、アルファポリス様では各章終了後のsideウィリアム★を先行投稿。
※最終第37話は、ムーンライト版の最終話とウィリアムとイザベラの選んだ将来が異なります。
伯爵家の嫡男ウィリアムに拾われ、屋敷で使用人として働くイザベラ。互いに惹かれ合う二人だが、ウィリアムに侯爵令嬢アイリーンとの縁談話が上がる。
すれ違ったウィリアムとイザベラ。彼は彼女を無理に手籠めにしてしまう。たった一夜の過ちだったが、ウィリアムの子を妊娠してしまったイザベラ。ちょうどその頃、ウィリアムとアイリーン嬢の婚約が成立してしまう。
我が子を産み育てる決意を固めたイザベラは、ウィリアムには妊娠したことを告げずに伯爵家を出ることにして――。
※R18に※
【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
「え、じゃあ結婚します!」
メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。
というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。
そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。
彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。
しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。
そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。
そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。
男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。
二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。
◆hotランキング 10位ありがとうございます……!
――
◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ
【R18】幼馴染な陛下は、わたくしのおっぱいお好きですか?💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に告白したら、両思いだと分かったので、甘々な毎日になりました。
でも陛下、本当にわたくしに御不満はございませんか?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
奥手なメイドは美貌の腹黒公爵様に狩られました
灰兎
恋愛
「レイチェルは僕のこと好き?
僕はレイチェルのこと大好きだよ。」
没落貴族出身のレイチェルは、13才でシーモア公爵のお屋敷に奉公に出される。
それ以来4年間、勤勉で平穏な毎日を送って来た。
けれどそんな日々は、優しかった公爵夫妻が隠居して、嫡男で7つ年上のオズワルドが即位してから、急激に変化していく。
なぜかエメラルドの瞳にのぞきこまれると、落ち着かない。
あのハスキーで甘い声を聞くと頭と心がしびれたように蕩けてしまう。
奥手なレイチェルが美しくも腹黒い公爵様にどろどろに溺愛されるお話です。
孤独なメイドは、夜ごと元国王陛下に愛される 〜治験と言う名の淫らなヒメゴト〜
当麻月菜
恋愛
「さっそくだけれど、ここに座ってスカートをめくりあげて」
「はい!?」
諸般の事情で寄る辺の無い身の上になったファルナは、街で見かけた求人広告を頼りに面接を受け、とある医師のメイドになった。
ただこの医者──グリジットは、顔は良いけれど夜のお薬を開発するいかがわしい医者だった。しかも元国王陛下だった。
ファルナに与えられたお仕事は、昼はメイド(でもお仕事はほとんどナシ)で夜は治験(こっちがメイン)。
治験と言う名の大義名分の下、淫らなアレコレをしちゃう元国王陛下とメイドの、すれ違ったり、じれじれしたりする一線を越えるか超えないか微妙な夜のおはなし。
※ 2021/04/08 タイトル変更しました。
※ ただただ私(作者)がえっちい話を書きたかっただけなので、設定はふわっふわです。お許しください。
※ R18シーンには☆があります。ご注意ください。
副社長と出張旅行~好きな人にマーキングされた日~【R18】
日下奈緒
恋愛
福住里佳子は、大手企業の副社長の秘書をしている。
いつも紳士の副社長・新田疾風(ハヤテ)の元、好きな気持ちを育てる里佳子だが。
ある日、出張旅行の同行を求められ、ドキドキ。
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる