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わたしとアイツとあの子

 3話①

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 小学五年生の頃から勇樹君が好きだった。
 クラスも学年も関係なく、男子にも女子にも先生にもモテる人気者。年齢に似合わないほどガッチリとした体つき、笑顔も、女子に素っ気ない態度でも実は世話好きな所も、ずっとずっと好きだった。
 奇跡的に同じクラスになれていたし、中学に上がっても奇跡の連続で、ずっと同じクラスだった。
 女子に冷たいけど、小学生からの腐れ縁の私は別。私だけ【普通】に接してくれていた。
 優越感に浸れた。
 人気者の勇樹君が、私だけを特別に扱ってくれている。
 女子達もそれを認めてくれた。
 お似合いのカップルなんて噂も流れていたし、私も手応えを感じていた。
 人気者の彼女というポジションは、自然的にクラスや学級の中でも良いポジションにしてくれた。
 あの女の話を聞くまでは。
 クリスマスの日、中学最後っていう理由でクラスで集まる予定だった。
 私服で会うのは初めてで、少しでもかわいいと思われたくて、いつもよりおしゃれをした。告白する予定でもあった。
 私服姿の勇樹君もかっこよくて、【いつも通りの腐れ縁】を盾に、ずっと隣に居た。いつもと違う甘い匂いがして、すごくドキドキした。緊張で顔が強ばるのが分かってたけど、【いつも通りの腐れ縁】で接していた。
「……あ、咲希だ」
 近くに居たおかげで、私以外の女を呼ぶ小さな声を聞き逃さなかった。
 勇樹君はそれから黙ったまま、咲希っていう女を見ては辺りをキョロキョロと見回していた。咲希という女は、認めたくないけど、ものすっごい美人で、一人の男に絡まれていた。不機嫌な顔も美人だから様になる。
 服装もおしゃれで、大人のお姉さんって感じで、比べようもなく完敗だった。
「ったく、しょーがねえ」
 女のカンってやつが働いて思わず勇樹君の腕を掴むと、コートに突っ込んでた手と小さな箱が外に出た。
「あああ!」
 ポトリと地面に落ちた小さな箱を勇樹君が慌てて拾う。私は固まったまま動けない。
「それって……」
「ん? ああ、これね、クリスマスプレゼント」
「いや、でも……それは」
「んなことより、ちょっと抜けるぜ」
 また歩き出した勇樹君をただ呆然と見てることしか出来ない。
 あの小さな箱には、雑誌やCMにもある有名なブランドの名前が乗っていた。高価な物をクリスマスプレゼントに贈る意味を、贈られる人を……考えたくもない。
 ただじっと見つめていた。
 勇樹君が女を助けるところも、女の手を引いて本屋に向かうところも、何か口論してるところも、女の手を引いてこっちに向かってるところも、全て。
 嘘であってほしかった。
 ずっと勇樹君の特別だった、はず。
 その人はただの知り合いで、本命は……
「俺、この超絶かわいいお姉さまとデートするんでキャンセルな」
 現実は残酷だった。
「同居してる美人なお姉さんが居て、その人の事が大好き。その人しか考えられないから他の女は心底どうでもいいって耳にタコが出来るくらい言ってるし。……お前、知らなかったの?まぁ、友だちじゃねーもんな」
「友だちじゃ……ない?」
「ただのクラスメイトだろ、お前」
 同じクラスで同じく腐れ縁である文也からの情報のせいで、失恋が決定したってわけだ。
 この噂はまたたく間に広がって、【勇樹君と恋人気取りの勘違い女】のレッテルを貼られた。今まで応援してくれていた女子も手のひらを返したように、私を嘲り笑う。
 悔しくて堪らなかった。
 友だちとしても見てくれてなかった、ハッキリと言ってくれなかった勇樹君にも腹が立った。
 何よりも許せないのは、勇樹君の好きな人が男好きの遊び人だってこと。美人だけど性格は最低最悪。誰とでも寝る女。
 そんな女に負けた。
 プライドも想いも粉々に砕けた。
 だから私も壊してやる。
 私の想いを壊したんだ。
 このくらいの報復を受けて当然だ。
 それなのに……
「喉乾いた」
「……」
「喉乾いたって言ってるでしょ。さっさとお茶を用意しなさい」
 何で私がこの女の下僕にならなきゃいけないのよ! 確かに復讐しようとして、勇樹君の家族を巻き込んで迷惑を掛けたけども、これはあまりにも酷すぎる!
 でも、訴えたいけど、それは叶わない。
 なぜなら……
「あら、返事が遅いわね。いいの? あなたのお父さまに全てを話してもいいのよ」
 スマホをまるでご印籠のように見せつけてきた。そこに表示されている文字は【金子俊治】、私のお父さんの名前だ。
 最初にそれをされたとき、まさか知り合いだなんて思わなくて、「どうぞ」とドヤ顔で返事。すぐに電話を掛け、スマホからお父さんの声が聞こえてきた時のあの衝撃は記憶に新しい。

「ええ、偶然にも意気投合しまして。ーーそんな、迷惑だなんて。しばらくお休みなので私から誘ったんです。こちらこそ急に誘って……。ーーいいえ、噂通りの優しい女の子ですね。ーーはい、佳子さんにもよろしくお伝えください」

 衝撃で口も開かない私の隣でスラスラと嘘を言ってた。そしてトドメのお母さんとも知り合いという事実。
(お母さんにバレたら殺される……!)
 真っ青に震える私を見て女はにったりと笑う。
「どうすべきか、分かるわよね。かわいい私の、い、も、う、と、ちゃん」

 こうして私は悪魔の下僕になった。
 しかも勇樹君との仲をぶっ壊す覚悟で復讐しに来たってのに、肝心の勇樹君は私がここに居る間は友だちの家に泊まることになっている。
 勇樹君が居ないのならここに居る意味もないのに。
 どうしてこうなった!
「ねぇ、聞いてるの?」
「へ!?」
「このスマホが目に入らぬか」
「……あ、あっ! す、すぐに用意します!」
 現実に戻った私はすぐにキッチンへ。
 藤森家にお世話になってまだ一日。たった一日で下僕になってしまった。それを思い出してはお湯のように悔しさが煮えたぎる。
(何で私がこんな目に! ってかあんな悪魔のどこがいいの!? 勇樹君ってば頭湧いてんじゃないの!? それともああいう女が好みなの!? M気質な変態なの!?)
 ギリリと奥歯を噛み締めながら急須に茶葉を入れる。
「ああ、それ以上はダメよ!」
 勇樹君のお母さんが急須に手を置いた。
「……ああ!? す、すみません!」
 急須には溢れんばかりの茶葉が入っていた。あまりの怒りで目に何も入らなかったらしい。
「いいのよ。それよりも、お茶じゃなくてこれを持って行ってくれるかしら」
 勇樹君のお母さんは冷蔵庫からポカリを取り出すと私に渡してきた。
「咲希ちゃん、まだお熱があるからこっちの方が飲みやすいと思うわ。このお茶はあとで私達で飲みましょうね」
「っ!」
 勇樹君のお母さんの優しさに一礼をし、すぐに悪魔の巣窟へ。
 「遅い」と言わんばかりの不機嫌そうな目で睨んできた。それでも様になるんだから美人って得だ。性格は悪魔だけど。
「ありがとう」
 悪魔はポカリを受け取ると、一応お礼を言ってそれを飲み始めた。
 体調が悪いらしいけど、『ワイン』とか『日本酒』の本をずっと読んでるから仮病なんじゃないかと疑ってる。だって寝込むほど体調の悪いときって嫌でも眠くなる……というか意識が飛ぶように眠ってしまうから。
(まっ、別に悪魔がどうなろうが私の知ったことじゃないけど)
 悪魔が許可しない限り部屋から出ることを禁止されてるから、悪魔の居るベッドを背もたれにして床に座る。
「あげる」
 悪魔がクッションを投げつけてきた。普通に渡すことも出来ないのかって言いたいけども、言ったら言ったで面倒だから、「どうも」とお礼を言って背中にクッションを当てる。
 それからお互い無言で、悪魔は本を読み、私はスマホゲームで遊んでた。
 時々悪魔のスマホから長い長ーい着信が鳴ってたけどシカト。それでも続く長ーい着信に、最終的に、「うっさいわね! 勉強してんだから邪魔しないでよ!」と一喝。それ以上スマホが鳴ることはなかった。
「あー、もう! 集中力切れた!」
 触らぬ神に祟りなし。
 私は知らん顔でゲームをしてた。でも悪魔はわざわざ私の後ろに座り直し、何故かヨシヨシと頭を撫でてきた。怖っ。
「花音ちゃんは大人しくてお利口ねぇ」
 お利口にしないと恐ろしい目に遭うって意識するよう仕向けてるくせに、どの口が言うんだろう。
「そういえば花音ちゃんは将来パティシエになりたいのよね」
 なんでそれを悪魔が知ってる!?
「ご両親が言ってたわよ。どこかにいい修行先はないかって。……パティシエかぁ」
 悪魔は何気なく呟いただけ、それだけ。でもその呟きが何か猛烈に恥ずかしくて、カアッと全身が熱くなった。
 パティシエ。
 それは小さな頃の夢。楽しいキラキラした夢だけを描いて、それだけで良かった頃の話。
 成長すると分かる。
 夢は夢だから、夢のままでいい。
「そんなの昔の話だし」
「そうなの?かっこいいのに」
「かっこいいだけでパティシエになれるわけないじゃん」
「動機としては十分と思うけど」
「ないない」
「じゃあ、今の夢は?」
 言葉に詰まる。だって何もないもの。
「修行先だったイタリアのレストランに、けっこう有名なパティシエがいたの。仲良くなって今は友人なんだけど、どう?」
「どうって、何が?」
「パティシエ、やってみない?見習いバイトからでもやってみる価値はあると思うわ」
「やるわけないじゃん」
「何で?」
「何でって、私はもうすぐ高校生。フランスでバイトって意味不明だし、そもそもパティシエは小さな頃の夢であって、現実的じゃないし」
「現実的?」
「普通に考えてなれるわけないじゃん。しょせん夢は夢だし」
「あー……ごめんね、今の話は忘れて。しょうもない根性しか持ち合わせてないあんたには無理な話だったわね」
 この悪魔はイチイチ私をバカにしないと気が済まないんだろうか。
「夢は夢でも別の夢になっただけだし」
「たとえば?」
「そこそこの就職先を見つけて、好きな人と結婚して、子どもを産んで、一軒家買って、そこそこ幸せに暮らす夢」
 何も間違ってない。ごく普通の、ありふれた家庭を築くことは難しいことだから。でも悪魔は乾いた笑いを私に浴びせた。
「つまんないわね、それ」
 これで何度目だろう。カアッと熱くなる体は正直で、これ以上の我慢は無理だと、背中にあるクッションを思い切り悪魔に投げつけた。
「あんたにはつまんなくても私には大切な夢なんだよ! そうやって、人を見下して、バカにして! 押し付けがましいのよ! こんな悪魔を好きだって言う勇樹君の気が知れない! 何でこんな最低な女をっ!」
 悪魔にぶつける言葉の意味なんてどうでもいい。
 片思い、失恋、叶える気のない夢に叶わない夢、現実。
 溜まりに溜まった感情が音量に表れる。
「結局誰でもいいんでしょ!? 誰でもいいから勇樹君以外の男と寝てるんでしょ!? 人を本気で好きになったことがないのよ! あんたなんか勇樹君の優しさに甘えて寄っかかってるだけのクソ女のくせに!」
 耳を塞ぎたくなるほどの大きな声の中、悪魔は黙って私の暴力を受け入れていた。


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