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わたしとアイツと友だち

 1話②

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 あとで行くから部屋に戻ってろと勇樹に言われた。混乱していたクソガキを勇樹に任せて、ベッドに腰掛けて勇樹が来るのを待つ。
 部屋のドアノブが動いたのは、三十分後だった。
「うっす。お待たせ」
「お疲れさま」
 ベッドを背もたれにしてラグに座り直すと勇樹も隣に腰掛けた。
「あの子は?」
「泣き疲れて寝た」
「聞いていい?」
「あいつさ、虐待っつーの?育児放棄されてるみたいで」
「ご両親は?」
「母親が一人」
「……で、何で居候することになったの?」
「十五になったから出て行けって言われたらしい。高校も金がもったいないから入るなって言われたって」
「父親は?」
「父親も親族とも連絡が取れないって。母親がヤバい性格だから親族一同見捨てた……ってことだろうな」
「その、うちに居候ってのは、あんたの提案なの?」
「うん」
 これ以上のことをどう切りこもう。勇樹なりに考えた事なんだろうけど、これは私たちの手に余る問題なんだ。
「ママとパパに事情は話したの?」
「事情は話してねえ。春休みの間だけって約束で……」
「それが正解ね。あんたの手にも余る問題よ」
「でも春休みの間に仕事を見つけるっつってたし」
「高校に行かないのなら中学校が働き先を紹介するもんだけど」
「それは……その」
「あの精神状態じゃ無理よね。怒鳴られることだってあるだろうし、その度にああなられても困るもの」
「実は……それが原因で。クビにはなってないけど周りの空気が伝わるみたいで、すぐに辞めたって……」
「んで、働き先を探してるわけね」
「なぁ、咲希の知り合いに誰か雇ってくれるやつ居ない!?」
「精神疾患を抱えてる中卒を雇うなら、高校生のアルバイトを雇った方がマシでしょ。それに私の立場もあるのよ。知らない人をおいそれと紹介できないわよ」
「おい、言い方ってもんがあるだろ」
 勇樹の怒りはごもっとも。言い方が悪いと思うけど、これが現実でもある。だからこそ手に余る問題なのだ。
「友だちを救いたい気持ちも分かるわよ」
「咲希には分からねぇだろ。咲希って友だち居ねーし」
「うっさいわね。私の場合はいらないから作らないのよ。女の付き合いなんて面倒の一言なんだから。寝取られた、クソビッチだ、私が美人だからって何でも私のせいにするクソ人間と友だちになんてなりたくないの。土下座して頼むのなら考えてあげるけどね」
「そういう性格が、友だちができない原因の一つでもあるんすけどね」
「こんな私にだって分かるわよ。大切な人が傷つく姿を見たくないって、そういうことでしょ」
「男心をもてあそぶだけもてあそんですぐに捨てるお姉さまが言っても説得力が全くねえ」
「私の大切な人のカテゴリーは、両親と親族一同、藤森のママとパパ、マスター、マイク、そして勇樹だけなの。あとは知らないわよ」
「何でそこにマイクが居るんだよ!」
「……そんなことよりもさ、あの子は……相談所に連絡した方がいいと思うよ」
「俺もそうしろって言ったけど、あいつが嫌がるんだよ。やっぱり母親のことを悪く言えないみたいでさ」
「虐待してる母親を庇う、か。ニュースでよく聞く話ね。でも、どうすんの? あれも嫌これも嫌って言ってる状況じゃないでしょ」
「俺もどうしたらいいのか分かんなくてさ。でも、一番のダチを見捨てるとか絶対に出来ねーし」
「じゃあ、相談所に連絡してあげなさい。大人に相談して、それからどうすべきか道を示してもらうべきよ」
「だーかーらー、大人である咲希に相談してんじゃん」
「バカ言わないでよ。何で私が知らない子の人生に関わらなきゃいけないわけ? そういう子に関わりたくないし、迷惑なんだけど」
「ひ、ひでえ! マジで腐ってやがる! 見損なったぜ!」
「あのね、私は責任が取れないって」
 隣の部屋からバタンと大きい音がした。
「は?」
「うん?」
 勇樹と目を合わせてる間も、忙しく階段を駆け下りる音、またバタンと扉が閉まる音がして、家の中が静かになった。
 確認をしに勇樹が部屋から出て行くと、すぐに、「咲希のせいで出て行っちまった!」と大きな声がして、頭を抱えずにいられない。
「これだからガキは嫌いなのよ」
 明日は朝の新幹線で山梨に出張だ。今日も朝一の新幹線だった。イタリアから慢性的な寝不足と過労が取れず、片頭痛すらしてきた今日この頃。
 できることなら今すぐ寝たいと訴える体にムチをうち、コートを羽織り部屋を出た。ジト目の勇樹と目が合ったけど、知らん顔して玄関へ。
「何だよ、関わりたくないんだろ。中途半端な偽善なら手を出すなよ」
「それ、そのままあんたに返すわ」
「俺は本気で冬馬を心配してんの!」
「そうね、勇樹が優しい男ってことくらい私が一番分かってるわよ。どうしたら救えるのか悩んでたのも想像つくわ」
「……咲希」
「誰でもない勇樹のために、できることがあれば私なりに協力するつもりよ。あの子にこれからの人生を歩む覚悟があればの話だけどね」
「んなら大丈夫だろ! 冬馬って懐デカイし強いし!」
「あれは小さかったけどね」
「そーいう話はやめようぜ」
「でも……大丈夫かな」
「何が」
「あの子が登場するたびに『ふた周り以上も小さいおちんちん』って思うでしょ。感動的なことが起きても『ふた周り以上も小さいおちんちん』でかき消されると思うの」
「いや、うん、もうすでに男としての何かがかき消されてるんじゃねーかな。マジでやめてあげて、そーいうの」
「私を変態クソババア扱いしたからよ。自業自得でしょ」
「あーあ、言わんこっちゃねえ」
「うーん、寒いね」
 春といえど夜はまだ寒い。ストールを持ってくれば良かったと後悔しながら、ふた周り以上も小さいおちんちんを探す。
 行く宛がないガキが行きそうなところと言えば公園なんだけど、さすがに寒いからスーパーじゃない?とか、そんならゲーセンかもよ?とか、勇樹と話し合いながらいろいろな店を見て回った。
 結果的に、ふた周り以上も小さいおちんちんは、公園のベンチにうなだれるように座っていた。
「うなだれるほどもないのに……」
「やめろって、マジで」
 冗談はここまでにして、冬馬は本当にうなだれてる。しかもコートも羽織らず、薄着で。私が原因で傷ついてる……と思うし、勇樹を見てるように制して、自販機でホットココアを買って冬馬の隣に座った。
「探したよ」
「うるせえ! 俺に構うな!」
「ひどいことを言ってごめんね」
「黙れ変態クソババア!」
 何でこの子は警戒心むき出しですぐに噛み付くんだろ。まるで引き取ったばかりの野良ネコみたいだ。黙ってればイケメンなのに。環境がそうしたって言えばそれまでなんだけど、もったいない。自分を変えられるのは、自分だけなのに。
「うちに帰るよ」
「迷惑なんだろ! 放っておけよ!」
「あんたこれからどうすんの? 保護してくれる人でも居るの?」
「一人で何とか出来るし!」
「警察のお世話になって藤森家に迷惑かけるつもり? それともまだ母親が何とかしてくれると思ってんの?」
「それは……」
「あんたもう十五歳でしょ。何をしたら誰に迷惑が掛かるとか、やっちゃいけないこととか、さすがに判断出来るわよね」
「うるせーよ!」
「それが出来ないのなら、児童相談所に連絡しなさい。施設に入った方が身のためよ。その精神年齢で一人立ちなんて絶対に無理だから」
「っ! 何でどいつもこいつも! 俺を!」
「何で俺を捨てるんだーとか言わないでよ。あんたには勇樹がいるでしょ。それに愚痴とか言われても私はあんたに共感出来ないから、そういうのが言いたいのなら児童相談所の人に言って」
「な、何なんだよ! お前は! 何しに来たんだよ!」
「私はあんたの覚悟を聞いてるの。一人立ちしたいの、したくないの?」
 冬馬は何も言わずにうつむいたまま。虐待された子に対して、私の言葉は厳しいものだと思う。
 でも、親が育児を放棄したのなら、この子は一人で立ち上がって進むしかない。誰よりも険しく厳しい道のりでも、這いずり回って進むしか残ってない。
 普通なら温かいものに守られて、幸せに包まれながらぬくぬくと育っていくのに。
 子は親を選べない。
「ったく、難儀なもんよねぇ」
 立ち上がって冬馬の前にしゃがんだ。足の上で組まれてる手にそっと触れる。冷たい。とっても。人の温もりすら知らないように感じる。
「ほら、勇樹みたいにあったかいでしょ? よかったわね、こんなときに一人ぼっちじゃなくて」
 さっき買ったホットココアを握らせた。冬馬は何も言わずなされるがまま。落ちてくる水滴で手が冷えないように、何度も指で拭ってあげた。
「もう大丈夫。心配事がいっぱいあっても、死ぬほどつらいことがあっても、あんたには勇樹っていう世界一優しい親友が居るんだから。だからね、何とかなる。何とかなるもんなのよ」
「っ」
「覚悟を決めたらしゃんとしなさい。それまで待っててあげるから」
 この決断をする難しさは、私なんかじゃ計り知れない。たった十五歳で親から捨てられ、何をどうしたらいいのかも、社会も知らない子どもが、一人で生きる道を迫られる。
 本来なら児童相談所に連絡をして、今の状況を訴えるべきだ。でもそれをしたところで、この子は母親にされた事を絶対に言わないだろう。
 きっとまだ、この子の中で……親の愛情を信じているんだと思う。
 また愛してくれる、いつか愛してくれると。
 そんなこと、ありえないのに。
「おれっ」
「んー?」
「施設には行かねえ。一人で、生きる」
 冬馬の目はキリッとしていて、背筋もしゃんとしてる。
「世間の目は厳しいわよ。腹が立つことだってあるし、理不尽に怒鳴られることもあるわ。誰よりも厳しい人生を歩むのよ」
「分かってる」
「なら、泣きべそは禁止ね」
 多分もう大丈夫だろう。
 覚悟さえ決まれば、あとは自分との戦いだ。
「とうまあああ!!」
 ずっと見守っていてくれた勇樹が冬馬に抱きついた。
「俺はずっとお前の味方だからなあ!」
「やめろよ、うざってえ!」
「一緒に頑張ろうなああ!」
「ああもう! 引っ付くな!」
 親からは無理だったけど、違う人から温もりをもらえる。本当なら親からの愛情が一番なんだろう。
 でも、偽物の愛情よりも、本物の情。何も知らないよりマシだと思う。
 それに、、
「やーん、私も冬馬を抱きしめちゃう」
「すんません。勘弁して下さい」
「何でよ!」
「タイプが違うんで」
「はあああ!?」
「でも、ありがとう。あんたに……ほんのすこしだけ救われた」
「よしよし、素直で何よりだわ」
 人に優しく出来るのなら、いつか必ず、愛する人にも出会えるだろう。



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