【前世の記憶】と【現世の記憶】~元婚約者の前で、前世のご主人様を求めた話

くったん

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番外編ー後日談4

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宮殿に帰って自分の部屋でのんびり過ごしていると、バタバタと走る足音が遠くから聞こえてきた。

ふぅとため息を吐いて、メイドにお茶を用意するよう指示をして扉の前に立つ。すぐに開かれた扉、それを開けた人物に頭を下げた。

「お帰りなさいませ」
「おまえっ!大丈夫か!?」

皇子はすぐに私に詰め寄り、肩に手を置いて前後に揺すり始めた。

「何の話ですか?」
「目にゴミが入って泣いていたとメイドに聞いた!」
「え、ええ」
「くそっ、ゴミめ!アルザの中に勝手に入るとはっ!」

この人浮気したくせにここまで私を溺愛していたの?まぁ、私も同じだから別にいいんだけど。

「どうぞお座りになって。お茶を淹れましたの。ゆっくりしましょう」
「……まぁ、……そうだな」

ソファーに座る皇子、その隣に腰掛けるとメイドが部屋から出て行った。すぐに皇子が手を握ってきた。でもさりげなくその手を払ってカップに手を伸ばした。

「……俺より紅茶かよ」

むくれる皇子がかわいくて口がニヤついてしまう。自覚したから余計かも。これじゃこの先が思いやられるわ。

「お買い物は終わりました?」
「おう!俺が選んだから間違いないぞ!」
「それはそれは不安ですわね。ありがとうございます」
「お礼を言われている気がしない!」
「ちゃんと言いましたわ」
「一言多いんだよ!」
「それはそれは不安ですわね」
「礼が消去されてる!?」
「あら、この紅茶おいしいわ」
「聞いてもない!?」

慣れた会話にため息を吐いた皇子は、カップに手を伸ばして口につけた。

「あの人に会いました」
「ぶふっ!?」

紅茶を噴いた皇子にありえないって思いを込めた視線を送った。

「お下品ですこと」
「タイミング!!」

確かに今のタイミングは悪かったかも。でも汚いものは汚いので、少し横にずれて皇子から距離を取った。

「何で!?」
「何でと聞かれましても、いきなり現れたのよ」
「そっちじゃない!何で俺から離れるんだ!」

どちらかといえばあの人に会ったことの方が重要だと思うのだけど。でも皇子は不安そうにしているから、ピッタリと引っ付いてみた。

「よ、よし!それでいい!」

満足した皇子は私の腰に手を回して、ぐっと引き寄せてきた。

「あいつに会った!?」

今度は自分からソファーの端まで跳び跳ねて行った。もうダメね、この皇子。真性のアホだわ。将来が心配。私がしっかりしないと。

「お別れしましたの」
「……また浮気か……」
「お別れしました」
「……どうせ俺は寝取られ皇子なんだ……」
「別れたわ」
「浮気した俺が悪いが……でもまた浮気ってあんまりだろ。……俺が何をしたっていうんだ……」
「さよならをしたの」
「俺は許すべきか、それとも……」
「……バイバイしたわ」
「……ああっ!俺はっ!俺はっ!」

皇子は私の話を聞かずに、頭を抱えて絶望を身に纏った。話にならないから落ち着くまで待とうと、紅茶を飲んだ。

「愛してる」
「ぶふっ!?」

予想外のことに口に含んでいた紅茶を噴いた。

「下品だな」

冷めた目の皇子の視線に苦笑いで返した。皇子もニッコリと笑顔を向けた。

「仕返しのつもりかしら?」
「まさか!俺は誰かさんのように性根は腐ってないぞ」
「皇子の口から嫌みが飛び出すなんて!嫌みを言える頭があったとは驚きです」
「毎日飽きもせずに言われると嫌でも覚えるんだよ」
「あらあら、毎日お勉強なされるなんて素晴らしいこと」
「したくもない勉強なんだがな」
「そろそろご褒美が必要かしら」
「……あぅ」
「私の勝ちね」
「くそっ!」
「ほら、早く跪きなさい」
「……」

冗談で言ったつもりなのに、皇子は黙って私の前に跪いた。手を取りじっと見上げてくる顔は真剣そのもの。何か言いたいことがある。それが伝わったから私も皇子を見つめていた。

皇子は洋服のポケットから小さな箱を出して、それを開けた。私が目を丸くすると、意を決したように口を開いた。

「……おまえをずっと裏切ってた俺が……、今さらおまえを求める資格が無いのは分かっている」
「……」
「おまえも同じだ。お互いさまなんだ。傷つけ合ったことを、今さら掘り下げるつもりもない」
「……」
「でも……おまえが俺を否定できないとわかった上で、今さら……言わせてほしい」
「……」
「俺と結婚してくれ」

幼少期に決められた婚姻に、何の疑問も抱かずにここにきた。だからプロポーズなんて今さら過ぎるし、何でこのタイミングなのかアホ皇子の理解に苦しむし、話の流れがめちゃくちゃで意味が分からない。

「……これを」

皇子の手に握られたモノを見て、ツンと鼻の奥が痛んだ。皇子はそれを丁寧に持つと、もう片方の手で私の左手を開かせた。

「俺にはおまえだけだ。約束する」

キラリと光るモノに涙が落ちた。

「愛してる」

その言葉に何度も頷きながら、左手の薬指に差し込まれる指輪を受け入れた。

でもやっぱり傷は消えなくて、でもそれもきっとお互い様なんだ。皮肉だけど、傷つけ合ったからこそ、ここにこれた。私たちはそうしないとダメだった。

それだけの話。

だけど、初めて幸せを感じた。

「アルザは泣き虫だな」
「あなたの愛が嬉しいのよ」
「あいつと会ってたくせに」
「あの人と別れたわ」
「……理由を聞いても?」
「ずっと前からあなたを愛してるの」
「そうか、バカだな、俺達は」
「ええ、そうね。お互いバカね」
「特にアルザの方がヤバいな」
「皇子には負けますわ」
「……アルザ」

皇子の手が頬に触れる。あの人が最後に触れたところと同じ。私はその手に自分のを重ねた。皇子の温もりが手のひらから伝わった。

「俺のそばにいてくれて、ありがとう」

でも、そうね、これは、バカな二人がバカなことをして寄り添う、つまらない話だわ。


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