上 下
15 / 16

番外編ー後日談3

しおりを挟む
皇子とセックスをした。あの日だけ、一日だけの話。だけどあの一日で、二人の関係はがらりと変わった。

「アルザ、こっちに来い。おまえの好きそうな宝石がある」
「あら、まぁ!本当に美しいわ。エメラルドね」
「それも買おう」
「やめておくわ。わたくしはダイヤを買いに来たの」
「両方買えばいいだろ」
「いいえ、ダメよ。今日はダイヤを愛でる日なの。ダイヤが嫉妬して輝きを失ったらどうするの」
「あはは、浮気者が何か言ってるな」
「あなたに言われたくありませんわ」

一緒にショッピングに行くことだけでも珍しいのに、皇子は楽しそうに笑いながら会話をしている。二人で笑い合うことが多くなった。

「そう拗ねるな。エメラルドも買ってやる」
「いりません」
「輝きを失ったら、また心から愛でればいい。男の下心を手玉に取って弄ぶ、おまえは得意だろう?」

それは私たちの話ですか?それともセックスをお預けされてる嫌み?でも、そこを掘り下げても面白くないから、ニッコリと笑って頷いた。

「嫉妬は女の心を腐らせるだけですわ。もう二度と輝かなくなるのよ」
「……ほ、ほう」
「裏切りの代償は、そう甘くないの」

ガラスケースの上から美しく輝くエメラルドを撫でる。

「愛の石、とも呼ばれているわ。恋愛成就や夫婦愛に似合う石よ。エメラルド婚という由来はそこから、でしょうか?わたくしもあまり詳しくありませんが。愛があるから輝くのよ。女も、宝石も」

裏切り合い、今がある。美しくない関係を築く、私達が持つには相応しくない。きっとどの輝きにも負けてしまう。

「帰りましょう」
「ダイヤは!?」
「もういらないわ。気分じゃなくなったの」
「……先に帰ってろ」

ダイヤとエメラルドを買うつもりだ。余計なことしないでって言ったところで、引かないだろう。こんな気分のときにほしくもないのに、そういう所が鈍感なんだ。性欲に関しては察しがいいのに。

言いたいことはいろいろあるけど、ふぅっとため息をはいて、「失礼します」と言って先に馬車に乗る。やっぱり宝石店に戻っていく皇子の背中を見つめて、「バカな人」と呟いた。

「最近のお嬢様は楽しそうですね」

付き添いのメイドがいきなり声を掛けてくるものだから少し驚いた。でも持っていた扇を開いて顔を隠した。まさか一人言を聞かれるなんて。

「少し前はお辛そうでしたから」
「……まぁ、……変な女がいたから」
「でしたらもう大丈夫です。あの追放の件は有名ですから、誰も皇子を誘惑しようなどと思いません」
「そう、ね」
「次は変な男かもしれません。十分にお気をつけ下さい」

それって何かの前触れ?って言いそうになった口をニコッと微笑みに変えて、メイドに笑いかけた。

「わたしが襲ってしまいそうです!」

変なことを言い始めたメイドを知らん顔して、馬車の窓から外を見た。

「わたしもバカね」

景色なんて何も写ってない。私が今を見ているのは、【前世】か【現世】か。本格的に分からなくなってきたから、目を閉じていることにした。

ー「言うなっ!」ー

すぐに皇子のアホ面を思い出した。結局そこに戻るのかと自分のバカな答えがわかって、小さな笑いが出た。

「楽しそうだな」
「ええ、何だか胸のつっかえが……」

隣からここに居てはならない人の声が聞こえた、すぐに振り向いた。

「よう」

ご主人様がそこに座っていた。

「何で普通にそこにいるのよ」

すぐに視界を広げると、付き添いのメイドが倒れていた。

「悪いが眠ってもらったぜ」
「だから一体何者なの」
「ヒトではないな」
「そんなの分かってるわ」
「元気にしてたか?」

ビクンと肩が震えた。約束を破って皇子とセックスしたこと、裏切ったこと、やましいことがある。ウソをつくべきか……いいえ、多分お見通し。ウソをつくだけ、溝は深まる。

「皇子とセックスしました」
「……で?」
「もう一度、二人の関係を大切にしていこうと思ったの」
「……で?」
「あなたとは会えないわ」

しっかりとご主人様の顔を見て言った。裏切りの代償が怖い。心臓がドキドキしている。体も少し冷えた。心なしか手が震えている。

「それは、別れるということか?」
「ええ、そうよ」
「……おまえは……」

そのあとの言葉はなかった。ご主人様の手が私に伸びてきて、反射的に目をぎゅっと瞑った。

「……そうか」

大きな手が頭に乗って、ぽんぽんと頭を撫でられた。

「え?」

拍子抜けしてご主人様を見ても、いつもの無表情。でも私をじっと見ながら頭を撫で続けている。

「それ、だけ?」
「何が」
「だってわたしはあなたを裏切ったのよ」
「いや、裏切りも何も、俺よりも先にくそ皇子と婚約していただろ」
「まぁ、そうだけど。でも!」

私は都合のいいようにご主人様を使って復讐をした。皇子に一生見せつけてやろうとも思った。ご主人様もそれを理解してくれたから復讐に乗ってくれた。最後は私が裏切った。でも怒りもせずに、私の裏切りを受け入れた。

「おまえが笑ってくれるんなら、何でもするさ」

その理由に泣きそうになるのは、私のわがままだ。もう終わった、いや、終わっていたんだと思う。【前世】ですべてが終わっていたの。

「何よそれ。わたしはてっきりエグい寝取られお仕置きをされるかと思ってヒヤヒヤしてたのに」
「おいおい、俺だって場をわきまえるぞ」
「それだけのことをしたわ」
「それを罪だと思うのならくそ皇子と幸せになれ。まっ、女心に鈍感そうだから苦労するだろうが」
「でもアレはすごかったわ。あんなの初めて」
「聞き捨てならねーな。やっぱり皇子の目の前で手本ってやつを見せてやろうか、ああ?」

髪の毛を掴んで優しく引っ張るご主人様にクスクスと笑みがこぼれる。

「ついに寝取られたわね、ご主人様」
「やられたよ、まったく。お預けなんかするんじゃなかったぜ」
「次の奴隷に生かさなきゃね」
「次なんてねーよ。おまえ以外を縛るつもりもない。俺のご主人様生活はおまえで終わり」
「そうなの?」

ご主人様は何も言わなかった。何も言わずに、ぐちゃぐちゃになった髪の毛をキレイに整えていく。なんとなくこれが最後だと思った。

キレイに戻せば居なくなると。

言いたいことも聞きたいこともたくさんある。ご主人様が何者かも分からないし、復讐に乗ってくれた理由も、どんな想いを抱いているのかも、私は分からない。一生知るよしもない。

「幸せになれ」

最後に触れた手。大好きだった手。なくなる前に触ろうとしたけど、触れたのは自分の頬だった。

裏切り者の私に泣く資格はない。裏切り者は裏切り者らしく、その罪を抱えて生きていく。

その代償は、【幸せになること】

「それが一番難しいのに」

ポツリと呟いた私の声で、付き添いのメイドが起きた。

「あれ?わたしは……お嬢様!?何で泣いておられるのですか!?」
「泣いてないわ」
「いやいや!めちゃくちゃ涙が出てきてますよ!?」
「ゴミが入っただけよ」
「ゴミ……に、なりたーい!」
「メイドのくせにうるさいわね!罰としてそこに跪いてなさい!」
「あっ、ああっ!ありがたき幸せですぅ!」
「これだからマゾヒストは面倒なのよ。自分の欲望しか見えてないんだもの」

メイドにあてた言葉が自分に返ってきて少し落ち込んだ。でもその通り。自分の欲望しか見えてないワガママが、私。そんな女なんだ、私は。くだらない女。

「あなたも、幸せに」

もう一度目を閉じた。やっぱりそこにはアホ面をした皇子がいて、ブレてない想いに安心しながら、自分の頬にもう一度触れた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

処理中です...