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しおりを挟む前世のご主人様に出会えたけど、その関係が報われることはなかった。
あの日、あの場から逃げた皇子が近衛を連れて戻ってきた。それを予想して逃げたご主人様は現在行方知れず。せっかく出会えたのに、また離れ離れになった。
誰のせいでもない、皇子のせいで。
「俺は見たんだ!コイツが見張りの男と……その、……行為をしていた!」
バカみたいに騒いでくれたせいで、皇帝とその他のお偉いさんに呼び出された。昨日の行為と婚約破棄の件について尋問されている。
「まさかアルザがそんなこと……」
真っ青に嘆く皇帝陛下に思わず笑ってしまいそうだった。私は魔界側の人間だ。魔王の弟の娘。魔王の姪にあたる。
立場は皇子の方が上でも、魔界といざこざを起こしたくない人間界の王族は、基本は私の味方。日ごろの行いも優等生だから悪く言われる覚えもないのだけど。
それに今は、皇子の品性の方が疑われている。婚約者を放置して堂々と浮気。フィジーがそれを許しても王家は許さない。
「本当です、父上……いえ、皇帝陛下!こいつは婚約者の俺をずっと裏切っていたのです!」
自分の裏切りを棚に上げて何を言ってるんだろう。先に裏切ったのは皇子なのに。本当に、心底、腹が立つ男。ちょっと遊んで泣かせてやりましょうか。
「違いますわ、皇帝陛下。皇子の話はすべて作り話です」
「なっ!?」
「婚約者である皇子がいらっしゃるのに、わたくしが……他の男性と……うぅ」
ぐすんぐすんと啜り泣く声を出して、ウソ泣きがばれないように手で顔を隠した。
優等生のアルザが泣いている。しかも浮気者の婚約者に品性を疑われて。おお、何てかわいそうなアルザ……って所かしら。でももう一押しほしいわ。【かわいそうなアルザ】を完成させ、なおかつ皇子に恥をかかせる何かが。
「ウソだっ!おまえは俺の前で行為をしていたじゃないか!」
いいわ、その調子よ、皇子。その素直さがあだとなって、今から私に食べられちゃうのね。覚悟するといいわ。
「行為をしていたとおっしゃいますが、わたくしが何をしていたと!?もっと詳しく説明をすべきです!」
皇帝陛下もその他お偉いさんも「そうだそうだ」と頷いた。こうなると詳しく説明する道しか残されていない。皇子もそれを気づいている。
「説明を求める」
「なっ、ななな」
是非とも今の皇子の様子を見てやりたいところだけど、それはあとでのお楽しみに取っておこう。
「コッ、コイツは!……後ろから男に……その、……それで」
「ほら、そうやってハッキリとおっしゃらない!それが証拠です!皇子の作り話ですわ!」
「違う!俺は見たんだ!コイツはあの男に後ろから入れられて喜んでいた!俺に見せつけながらセックスをしていた!」
皇子の詳しすぎる説明に、シーンと静まり返った。笑い転げたくて仕方なくて、でも笑うわけにもいかず。笑いを耐えて震える体を利用して、また啜り泣いた。
「……ひどすぎますっ、……わたしくっ、……そんな……」
皇帝陛下はわざわざお立ちになり、わああっと泣く私の肩をそっと抱いた。それがどれ程のことか嫌でも理解してる皇子は、自分の最悪な現状に気づいたようで、ようやく静かになった。
「……アルザ、すまない。うちのバカ息子が本当に、……許してくれ。……アルザの尊厳を傷つけてしまった」
「……おとう……さま……」
「こんな愚息を持つ私を……まだ父と呼んでくれるのか」
「……もちろんですわ、お義父様。それにわたくしが悪いのです。……あの子のことを責めてしまったの。皇子が気を悪くするのも当然ですわ。愛する人を悪く言われるのは嫌ですもの」
少し悲しげに微笑んでやったら、お義父様は本当に申し訳なさそうにしていた。
「婚約破棄の件は……」
「ええ、分かってます。これは魔界と人間界のための婚姻ですもの。何が起きても破棄は出来ません」
「……私も、今回の件についてご内密に済ませたいと思っている。もう少し時間はかかるが……愚息を止めれない私を最低だと思ってくれていい。本当にすまない」
「気を悪くしないで、お義父様。お義父様がいれば寂しくなんかないの。だってパパのように……ごめんなさい、皇帝陛下。わたしったら失礼を……」
「っっ!!アルザっ!かわいい私のアルザーーッ!」
「お義父様!」
涙を流しながらお義父様と抱きしめ合うという茶番劇を披露したあと、改めて皇帝陛下とその他お偉いさんの話し合いが始まった。
「この件があちらにバレるとまずい」
「これをネタに関税をーって言ってくるかもしれませんな」
「魔界との繋がりを保つためにも、スキャンダルだけは避けたい。……やむ終えんか」
政治の話やら何やらしているが、女の私には関係のない話。もちろん愚息と呼ばれた皇子にも。
「失礼いたします」
どちらの件も不問となったので、みなさまにご挨拶をして大広間から出た。
昨日の疲れもあるし、体を休めたいから早く自分の宮殿に帰りたいけど、皇子が腕を掴んできた。
「話がある!」
それはそれは大変なお怒り具合で。昨日のことを追及するのか、それとも昨日のことを思い出して興奮しているのか。
絵に描いた茹でタコのような色を見て、私はペロリと唇を舐めた。
ーーーーー
「なぜウソをついた!何なんだあの男は!いつから裏切っていた!」
「そんなことより、いいの?あなたの評判だだ下がりよ。裏切り者の婚約者が男に犯されるのを見せつけた、バカ正直に言うんだもの。笑い転げるかと思ったわ」
さっきを思い出してクスクス笑った。皇子はそれが気に入らなかったらしく、私の腕を掴んで引っ張ってきた。
「あらあら、ご機嫌ななめね」
「うるさいっ!!」
皇子は寝室へと向かった。私をベッドへ乱暴に投げ飛ばし、あろうことか上にまたがってきた。
本当コイツは絵に描いたアホ皇子だ。でもそのおかげで【これから】を少しだけ楽しめそう。やれ刺繍だ、やれダンスだって毎日退屈なんだもの。
こういうことがないと女は暇で死んじゃうって、お義父様のお姉様が言ってた。まったくその通りだと思う。【前世の記憶】が戻って本当に良かった。
「どういうことだと聞いてるんだ!」
「何が?」
「きっ、昨日のあれは!」
「ええ、とても情熱的な夜だったわね」
クスクス笑いながら皇子を見ると、これでもかいうほど真っ赤にしていた。
「あなたも見ていたでしょう。私のあられもない姿を。ヨダレを垂らして、肩を震わせ、焦点の合わない目であなたを見つめていた。……今と同じ」
じっと目を合わせると皇子の方から目をそらした。ペロリと自分の唇を舐めた。
「初めて見られたわ」
手を伸ばして皇子の髪の毛に触れた。体を起こし、その手を後頭部に回し、ぐっと引き寄せた。嫌なら拒否すればいいものを、皇子はされるがまま、私の首に顔を埋めた。
「ねぇ、……どうだった?」
「……っ」
私は皇子の耳の穴に音を入れた。ちいさく囁くように、ねっとりと。脳みそを掻き乱すよう。
「地下牢に響く私の声は?……吐息は?風通しが悪いから匂ってたでしょう?ねぇ、私の匂いはどうだった?快楽に堕ちた私を見てどう思ったの?ーー興奮、した?」
皇子の肩が小さく揺れた。図星のサインに思わず自分の唇を舐めた。その舌がチロリと皇子の耳に当たった。ものすごい勢いで飛び退いた。
「あっ、その!これは!」
手に耳を当てて必死になっているが、別のトコロも必死に布を張ってたから、それをクスクス笑って見ていた。そのことに気づいた皇子は、ポーーッと湯気が出そうなほど熱くなり大声を出した。
「俺はフィジーが好きなんだ!!」
まるで自分に言い聞かせるかのような、その言葉に、私は悪い笑みを浮かべた。
「私はあなたが大好きよ」
これからは退屈と無縁でいられそうだ。
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